おすすめレビュー 3週間前

Surface Pro 8 レビュー:最先端で最安定なWindows 11 PC

11月1日に発売されたSurface Pro 8を発売日に購入しました。 20211101_165112  Surfaceシリーズ、自分の利用するメイン端末としては、Pro 2→Pro 4→Pro 5→Laptop 2→Pro 7と来て、5代目。  Pro 7がまだまだ現役であるにも関わらず、半ば勢いで買ってしまったわけですが、Surface Pro シリーズの7年ぶりのフルモデルチェンジとあって、様々な進化を感じられる1台でした。  何が変わったのかを網羅的に書くような記事は大手メディアにたくさん上がっていると思うので、個人的に思う良い点をとにかく書いていきたいと思います。

外観・インターフェース

さらに大きく、美しくなったディスプレイ

 今回の最大のアップデートと言っても良いのが、ディスプレイサイズの変更。  12.3インチ→13インチに拡大したことは、数字以上のインパクトがあります。画面サイズ的にはSurface LaptopやBookの13.5インチに近くなりました。 20211106_022158 (2)  Pro 7も別にベゼルが特段太いと感じることはありませんでしたが、こうして並べてみるとPro 8の方が明らかに無駄がなくて良いですね。  Surfaceシリーズは元々3:2ディスプレイなので、縦方向の情報量だけで見るとMacBook Pro 14インチにも匹敵するほど。だからといってノッチを付けてまで縦方向のベゼルを減らしに行かないのも正しい判断。  あくまで印象ですが、ディスプレイの発色もさらに良くなっているように感じますし、120Hzリフレッシュレートも、ウェブページなどを高速にスクロールした際の動きがより滑らかになっています。  ハード全体で見ると縦幅は少しだけ長くなっていますが、横幅は少し短くなっています。厚みも少しだけ増していますが、トータルとしてはどちらも1cm未満なので誤差の範疇。  重量は約100g増加。両手で持ち比べると確かに重さの違いは感じますが、単体で持ち運ぶ際に気づくほどの変化ではありません。  どちらにしてもこの性能と画面サイズで1kg切っているPCは貴重です。

Type-Cポートが2つになり、USB-AとMicro SDカードスロットが廃止

 今回のPro 8では、Type Cポートが2つになり、USB-Aが廃止されました。 20211106_011548  USB Aポートについては、7年前であればともかくさすがに今となっては不要なポートでしょう。Pro Xと違ってType Cポートが2つあるのも嬉しい。  USB Type-CはThunderbolt 4準拠になっています。外付けのGPUをSurfaceに繋ぐことがどれほどあるのかは疑問ですが、いざという時の選択肢にはなるでしょうし、MacBookを含む他のPCと仕様が揃ったことの恩恵は少なくないはずです。  唯一Pro 7から明確に退化した点として、キックスタンド裏のMicroSDカードスロットが廃止されました。手軽にストレージを拡張できるのは良い点でしたが、このあたりはクラウドストレージを使ってほしいということかもしれません。スマートフォンも徐々にSDカードスロット不採用が増えてきているので、時代の流れでしょうか。  個人的にも、音楽をサブスクリプションでしか聴かなくなってからは、MicroSDの恩恵を感じることは減っていました。結局、読み書きが遅くて一番容量を食うアプリ・ゲームやクラウド同期しているファイルは置けないので、使い道が意外と限られるんですよね。

Surface Connectは互換性を維持

 専用の充電ポートであるSurface Connectは互換性も含めて続投。  MacBook Pro (2021) の先祖返りでもまさに証明されましたが、軽量で持ち運びやすいUSB Type-Cと、磁石で簡単に着脱できるSurface Connectポートのどちらでも充電できることは控えめに言って最高です。家では専用充電器、カフェなどの外出先ではUSB-C充電、と使い分けられます。  しかもこのSurface Connectポートは、別売のSurfaceドックを購入することで映像出力・通信・有線LAN接続を1つにまとめることができるのが本当に便利。  Surfaceドックは3万円を超えるかなり高い周辺機器なので、互換が維持されたのは本当にありがたいです。

丸みを帯びた暖かいデザイン、ボタン配置も地味にアップデート

 上のポートの写真でもわかる通り、Pro 8はこれまでのSurfaceと比べて角がより丸みを帯びた形状になりました。持ちやすくなったとともに、ディスプレイを正面から見た時の印象も少しだけ柔らかくなっています。 20211107_033135 (2)  本体の素材もマグネシウムからアルミニウムに変更。写真だと違いはわかりにくいですが、実物だとPro 8の方が光の反射が強く、触り心地もPro 7より少しだけつるつるしています。また、同じ部屋に置いておいた時により冷えやすく感じました。個人的にはPro 8の方が好きな触り心地です。  側面の変化としては、端子以外にボタン配置も変更。これまでは上側面に並んで配置されていたのが、電源ボタンは右側面、音量ボタンは左側面に移動しました。  音量ボタンが天面にあると、どちらが音量を上げるボタンか直感的にわかりにくい(しかもSwitchと左右逆)という問題があったので、左側面に来たのは改善と言ってよいでしょう。といっても、音量はキー操作や画面から変えることがほとんどだと思いますが。

性能面・OS

スペックの向上、4Kモニターを2画面表示しても重くならない

 PCを買い替える際に一番大事なのはやっぱりスペックの向上だと思います。さすがにスペックが同じPCヲ  CPUはIntel Core、Pro 7の第10世代から第11世代プロセッサに刷新されました。M1チップに変わったMacBookのような劇的な変化はありませんが、パフォーマンスと互換性の安定感は折り紙付きです。  スペックはCPUだけで40%、GPUは74%向上。  ベンチマークテストなどは大手サイトのレビューを参照して頂ければと思うのですが、個人的に少し使っただけではっきり感じたのは、2画面表示時の安定性。  私は普段、4Kモニターと接続して2画面で作業をしているのですが、Pro 7だとi7・RAM 16GBのモデルであっても、4Kモニターを表示しているだけでファンがうるさくなり、全体的な動作も重くなってしまうので、仕方なくモニターの解像度を少し下げたりしていました。  その点、Pro 8では、同じi7・RAM 16GBモデルであっても、4Kモニターをそのままの解像度で表示させ、YouTubeを再生しながらメイン画面で作業していても全然重くなりません。買ったばかりなのでその差も多少あるとは思いますが、グラフィック性能強化の恩恵はかなり大きいと思われます。  もちろん強化されたとはいえあくまでラップトップなので、ゲーミングPCのようなグラフィック性能はありません。Xbox Game Passの1ヶ月体験がついてくるので、クラウドゲームか、あまりグラフィック性能を要求しないゲームを遊ぶのが良いと思います。ドラクエ11くらいなら全然遊べます。

重量と引き換えにバッテリーの持ちが大幅に改善

 重量と引き換えにバッテリー容量は 43,200 mWhから51,280 mWhと、約1.2倍に。  公式サイトではPro 7の最大10.5時間に対して、Pro 8は最大16時間となっていますが、Surface(というかWindows 10)のバッテリーは、ブラウジングなどをしているだけでも全然持ちません。公称の3分の1くらいのイメージです。  ただ、少なくとも物理的な容量の増加によって、Pro 7比で大幅に改善されているのは事実で、ブラウザとVSCodeを開いて開発作業を行っていても、1時間で15%くらいの減りでした。リフレッシュレート120HzやBluetooth・Wi-Fiなどは全てオンです。  バッテリー駆動で5~6時間くらい使えるのであれば、カフェでちょっとした作業をしたり、学生が授業中に使ったりするのに十分ではないかと思います。それ以上の長時間作業であれば、最初からコンセントがある場所を選びましょう。

Windows 11は「UIが超洗練されただけのWindows 10」

 搭載OSがWindows ...

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ひとりごと 4週間前

進化を続ける

11月になりましたね。  本格的に寒くなってきましたが、冬の夜の街の感じは意外と嫌いでもないな、ということを最近考えています。イルミネーションとかが好きなのかもしれない。  一人暮らしを始めてそろそろ1年半というところで、最近作る料理がどんどんマンネリ化しているのが悩みです。鍋とか作るようにしたいけど、実家にいたときに鍋を美味しいと思ったことほとんどないからなかなか腰が上がらない……。 --------------------

 3人体制のライブアルバム、全然欲しくないしたぶん定額制配信もされるだろうと思うけど、アクリルスタンド目当てに予約しました。あとTシャツ。  11/4はwowakaさんの誕生日でもありました。あっという間。自分でも引くくらい今でも毎日ずっとヒトリエ聴いてますね。YouTubeでおすすめに上がってくるからというのはありますが。 --------------------  しくじり先生の特別授業。  Abemaでフルで観れますが、最後の結論が「出演者同士で番組前後のコミュニケーションをもっと取りましょう」というところに着地したのがなんというか刺さりました。  結局、それを今までやってなかったのって若林さんがそういうのを苦手としていたからで、それが番組の座長というポジションになって、その責任、「メンバーから疎まれるかもしれないけど番組のために良いと思われることはやっていく」という決断でもあるはずなので。  いや、全然スケールの違う話ですけど、今の会社で、自分がエンジニアとしてまあまあの古株というかフロントエンドとしては一番先輩になっていて、この1~2年でフルリモートワークになってから入ってきた後輩(年上)がたくさんいて、一度も雑談とかしたことがない人がたくさんいて、という中で、  本当は私が「月イチくらいでオンライン食事会やりましょうよ」って言わなきゃいけないんですよ。きっと。改まった会議以外のちょっとした雑談から、お互いの信頼感が増したり、新しいアイデアが浮かんできたり、ということが起きるはずなので。  でも言えない。それは、自分が会社に入ってきたばかりだったら、「強制的な食事会とか気持ち悪い、パワハラじゃん」って思うんじゃないかなという。自由参加って口で言ったとしてもやっぱり断りにくいんじゃないかな、とか、逆に自由参加にした結果2~3人しか来なかったらキツいな、とか、そういう余計な心配をしてしまって。  だから若林さんがそういう嫌われるかもしれないというリスクを超えてコミュニケーション取りましょうっていう、若い頃の自分が否定してきたようなことをやると決めるのが素晴らしい。きっと他にも、例えば『ひなあい』で日向坂の子に話しかけるとか、そういうのも含めてですが。責任を自覚するってそういうことなんだろうなあ……。と、頭でわかっていても難しい。 --------------------  ダウ90000、あの超変則体制で準々決勝行くのエグい! 準決勝まで進めばテレビの敗者復活確定だし、準決勝落ちたとしても去年と同じシステムならGyao!のワイルドカード枠争いがあるので、どちらにしても見つかりそう。  どうせなら準決勝まで行ってテレビに出てほしいなーと思いつつ、あの若さで(特に女性メンバーが)変にテレビで売れちゃってラランドみたいなキャラ付けされるのも心配してしまうw まあ芸人ではないのでそういう消費のされ方はないと思いますが。  とにかくこの前の『旅館じゃないんだから』が面白すぎたので応援し続けます。第3回本公演が来年1月らしい。配信があってほしいけど、最悪どうしても配信がなかったらチケット取ってでも行くかもしれない。  2019年まではそういうライブとかちょくちょく1人で行ってたはずなんですけどね、すっかり腰が重くなってしまった。都内に住んでるから昔よりもよっぽど楽に行けるのにw  ラランドも準々決勝。M-1 2019の敗者復活で初めて見て衝撃を受けたの懐かしい。  ニシダはラジオとYouTubeでは明らかに面白いし実力あるので、あのツッコミを地上波でも出せればってファンはみんな思ってるんですけど、それこそアルピー酒井とかさらば東ブクロと同じで、無理な人は一生無理なんだろうなとも思うんですよねw  芸人だからといってテレビという大舞台で笑いを取るところまで腹を括らなければならないという義務はないので、それも1つの本人の選択というか。ファンからしたらもどかしい部分はありますが。ニシダもそういうラジオスター的な立ち位置になっていくのかもしれない。今はYouTubeという場があるからそれでも全然やっていけるし。  ニシダは明らかにツッコミの人で、実は頭いいし、というか大学中退とは言っても上智受かってる時点でそのへんの芸人よりよっぽど勉強できるはずなんですけど、遅刻とか借金とかそういう側面が先行している中でそれをテレビでうまく説明できるかというと、やっぱり説得力がついてこないんだろうなあ……。  ヒコロヒーとみなみかわ、3回戦のネタが良かったです。ヴィーガン弄りというテーマは攻めてるけど、別にヴィーガンという価値観を真っ向から否定しているわけではないのがちゃんと時代を掴めているというか、ここを履き違えている芸人は一気に時代遅れに見えてしまう絶妙なライン。それこそKOCの記事でも書きましたが。  あとはもちろんアルコ&ピースとハライチのベテラン組も楽しみ。予選の動画を見た感じ、アルピーが決勝に残ってる画は正直あんまり見えないけど、何か隠し玉があったら嬉しいし、ハライチはストレートに実力しかないので決勝行ってほしい。  アルピー酒井と矢端アナの結婚報告夫婦イチャイチャラジオとなった『チョコナナ』も聞きましたがなんかもういろいろ凄すぎました。ベランダバイバイ、マッチングラジオ、あたりはまだしも、「ピロートークで『さっきの話ラジオに持っていけば?』と打ち合わせをした」という生々しすぎるエピソードw なんかこうこれを機にイカレたキャラが浸透すると良いですねみたいな感じ。 --------------------  Surface Pro 8を買いました。結局。 [amazon_link asins='B09FL85S8H' template='Original']  詳しいレビューは別で明日あたりに上げるつもりなのですが、満足度は高いです。なんというかこう全体的にPro 7に不満はなかったけど乗り換えてみるとまだまだ進化の余地があったんだなあと思わされる感じ。少なくともこれまでのSurfaceの「あんまり見た目の変化はないけどスペック上がってるから最高!」みたいな感じからのプラスアルファは大きめ。  無理に買い替える必要は感じませんが、Windows PCを買うなら一択という度合いはどんどん上がってきました。  さすがにSurface Pro 7を買ってから2年で買い替えてるのどうなのという気持ちはあるのですが、2年しか経っていないおかげで中古でもそこそこの値段で売れそうなのが後押しになりました。なので今年中にどうにかします。ギリギリ保証も残ってるので。  それにしても、MacBook Proの新しいやつがTouch Bar廃止してMagsafe充電とSDカードスロットとHDMIポートと全部復活させてきたの笑っちゃったな。他はともかくHDMIに関してはさすがにもう全員変換コネクタ買ったはずなのに……。  Magsafeが復活したことでSurface Connectを続投させ続けるMicrosoft の正しさが証明され、しかもこのSurface ConnectはSurfaceドックと組み合わせることで有線LAN接続も複数ディスプレイ接続も充電もできるという上位互換。  あとはSurface Laptopシリーズが5で狭ベゼル化と高解像度化を果たせばいよいよMacBookキラーとして完成しそう。Laptop 5、来年あたりに出たら会社の支給PCの申請を出すかもしれない。  とりあえず年内は節約しながら生活しようと思います。年が明けたらボーナスがあるのでまた無駄遣いをしていると思います。 --------------------  先週は土日に出かける用事があったり、合間に祝日があったこともあってなんか慌ただしく過ぎていきました。  先々週まではTOEICだったりその勉強だったりがずっとあったので、この土日は久々に何の予定もない休日で逆に不思議な感じ。やっといろいろ落ち着いてきたのでまたブログだったり趣味の開発だったり巻き返していきたいと思います。年内にやりたいことたくさんある。ダイパリメイクもやりたい。いろいろがんばります。 ...

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ひとりごと 1か月前

改めて

この前10月になったと思ったらこんな時期に。あまりにも寒すぎますね。  先々週まで冷房を付けていたはずが気づいたら暖房を付け始めました。だいたい春と秋に1ヶ月くらいはエアコン使わない期間を設けていたはずなのですが……。  やっぱり夏と冬だと夏の方が好きだなと思います。ただでさえ朝起きるのが苦手なのにさらに布団から出たくなくなるのが一番の理由ですが、一人暮らしを始めてからは洗濯物が乾きにくいのもデメリットに加わりました。あー、でも作った料理を1日くらい放置しても腐りにくいのはメリットかもしれない。そのくらいかな……。 --------------------  スタバ。11月からホリデーシーズン。ジンジャーブレッドラテ! もう既に今から楽しみにしているくらい楽しみです。  10月の焼き芋フラペチーノはあんまり好きな味ではありませんでしたが、地味に嬉しかったのが「ほうじ茶 & クラシックティー ラテ」の販売継続&全サイズ展開。  今年の夏にひっそり登場したこのドリンク、クリームとシロップが入って結構な甘さがありつつ飲みやすくて結構お気に入りなんですけど、最初はTall限定だったんですよね。それが10月から全サイズ展開になりました。  私の場合、テイクアウトだったら基本的にVenti一択(量に対する価格はサイズが大きいほど安いし、持ち帰る分には飲み切れない心配もない)なので、Ventiが加わったのは嬉しい。  2年くらい前から「スタバはアイスのミルクティーを提供してほしい」ってずっと思ってたんですけど、その期待にようやく応えてくれました。アイスチャイティーラテよりも癖がなくて飲みやすい、スタンダードなミルクティー。というか他店のいわゆるロイヤルミルクティーより全然美味しい。  どうかこのままレギュラーメニュー入りしてほしい……と思って最近は頻度高めに買っています。カスタムでミルクを豆乳に変えたりできるのですが、これの場合は元々のクリームが美味しいのであんまり変更しなくて良いと思います。結構甘いのでシロップ少なめにするのはアリ。 --------------------  ラジオスペシャルウィーク。『霜降りANN』×有村昆、期待通りに面白かった。『三四郎ANN0』×きんに君 も何だかんだで爆笑してしまった。  『オードリーANN』×コットンも良かったんですけど、その前の週のオードリーのラジオは……こう……別にあの回が特にヤバいとかつまらなかったとかではなくて、別にこれからもほどほどに面白い感じで長く続くし私自身も聴き続けると思うんですけど、  たぶんもう新規はあんまり入ってこなくて、若い芸人のファンから「オードリーのラジオ早く終わって枠空けてほしい」って言われるようになるんだろうな、と思ってしまいました。それこそ今でいうナインティナインとかおぎやはぎのような……別に好きな人は好きなままだし、それだけで一定数を掴み終えているので、それで永遠に続けられる位置ではあるんですけど……。  とりあえずいろいろ考えて若林さんのnote購読を一度解約しました。月1000円、1年前はその価値があると当然思える熱量がありましたが今はそこまででもないかなあ、という……。また機会があれば考えます。  『YOASOBIのANNX』×Creepy Nutsは面白かったけど安眠ラジオではなくなっていました。というかR指定はともかくDJ松永がテレビの経験値を積みすぎてYOASOBIのラジオの半分素人みたいな良さは完全に消してました。  あと昨日の『沈黙の金曜日』言うまでもなく最高でしたね。弓木さんのバランス感覚が良すぎる。でもそれこそアルピー単独で生放送の2時間ラジオが続いていたらどれほど……とは思ってしまいますよね……。まあともかくDCGは楽しみではあります。空気階段みたいに緊急生放送してくれないかな、と思ったけど同じ日にチョコナナがあるから物理的に無理なのか……。 --------------------  ブログの更新が途絶えてました。すみません。 1.Nuxt 3がリリースされた 2.TOEICの試験があった 3.寒暖差で体調を崩した 4.仕事が馬鹿みたいに忙しかった  という事情が重なった結果でした。  先週の日曜日がTOEICの試験当日だったのですが、1週間前の日曜に模擬試験を自分で時間計って解いてみたところ、全然時間が足りなくて「これは完全に体力勝負だ…」と気づかされました。  45分ぶっ続けのリスニング(各1回しか読まれない)はちょっと油断してボーっとしてると1問聞き逃したりするし、75分のリーディングも長文読解の問題数があまりに多すぎて、一息ついたりしてると普通に間に合わない。2時間集中し続けてやっとギリギリ解き終わる時間設定。  そんな状態で体調を崩したので、「これはまず勉強とかより体調を戻さないと何もできない」と思い、コンディションを整える方を優先して、むしろ最後の1週間はあんまり勉強してませんでした。  TOEIC、一応スタディサプリENGLISHに1ヶ月だけ入会して、あれも結構効果はあったと思うんですが、ある程度の英語力があるなら時間計って解いてみるのが一番優先順位高そうに思いました。あの時間配分のシビアさは体験してみないとわからない……。  まあだからといって1問X分とか決めるほどの準備はしていなかったのですが、「なるべく急ぐ」というのを意識した結果、リーディングもギリギリ全問解き終わったしリスニングも集中途切れたりはしなかったので、とりあえず現状の実力の最大値は出せたのではと思います。あとは祈るだけ。  それにしてもたった1ヶ月とはいえ英語の勉強から解放されたので気分的に楽です。一応この1ヶ月、ランチでお店に入って注文してから届くまでの時間で単語の勉強したりしてたので。 --------------------  そんなこともしつつ、そもそも体調を崩した原因は寒暖差もありますがNuxt 3 の public betaがリリースされたことだったりしました。  Nuxt 3での開発が楽しすぎて、先々週の土日はブログ更新の時間も惜しんでずっとコード書いてたし、それからも止め時を見失って平日毎日深夜3時とか4時まで開発してた結果、寝不足で普通に体調を崩していました。  くしゃみが止まらなかったりして割としんどかったです。 Nuxt 3 - The Hybrid Vue Framework  この項目はもう完全な独り言として書きますけど、Nuxtというのはウェブサイトを作る時に必要ないろいろな設定を全部面倒見てくれる凄いフレームワークで、その最新バージョンが、度重なる延期を経てついにリリースされたのです。  正直ここ数ヶ月は仕事以外であんまり開発はしていなかったんですけど、その最大の要因がNuxt 3がなかなか来なかったからで、Vue 3 + ViteとNuxt 2のどっちで開発するか難しかったんですよね。  せっかくだから新しいVue 3で開発したいけどNuxtの便 利さは捨てがたいし、Nuxt 3が来た時に移行しやすいのはNuxt 2だけどNuxt 3がいつまで経って来ないし……という。だからこそこのブログをReactベースのNext.jsで作り直してみたりしていたわけですが。  で、Nuxt 3がついに来たので、とりあえずこのブログをNuxtに動かしてみようと思って触っているのですが、まあとにかく楽しい! 楽しいのでガンガン開発しています。  やっぱりVueはNuxtあってこそだよなーと改めて思いました。Nuxtの存在がVueのReactに対する優位点になっている。ルーティング、SSR、JSXといった足回りが現状でかなり整っているので、とにかく価値の提供に集中できるのがとても嬉しいです。  Nuxtとか、あとRuby on Railsとかがたぶんそうなんですけど、自分は「設定より規約」のツールが好きだなと改めて思いました。  ReactとかNextで試行錯誤しながら設定していくのも、「ゼロから全てを作り上げた感」はあって、それはそれでエンジニアリングとしては楽しいんですけど、やっぱりプログラミングというのはあくまで道具であって目的ではない。チュートリアルが嫌いなのと同様、最終的なアウトプットのために飛ばせるものは飛ばしてしまえる方が良いと思っています。まあそのせいで情報基礎的な知識が欠けているのは自分の弱点なんですが……。  ここに書いて誰かが参考になるのか知らないですけど、もしWeb系のエンジニアになりたいという人がいたら、とりあえずフロントエンド、Nuxt.jsで作ってみるのは良い選択だと思っています。  最初から正しい設計思想とかデータ構造とかそういう原理主義的に学びたいのであればReactの方が向いているかもしれませんが、そういうのは適切な会社に入れば後からでも学べるので。とりあえず何かを作ってその楽しさを味わわないことには何のモチベーションも湧かないでしょうし、そういう楽しさを実感できるのはNuxtとかRailsだと思います。  ちなみにブログのNuxt3移行は……首尾よく進められたら11月中に行けると思うんですけど、NuxtがBeta版ということもあって、そもそもブログの要件を満たす機能が提供できるかどうか怪しいので、まあ確実ではない感じです。まあ、そもそも今のNextもとても速いのであんまり変わらないと思いますが……。 --------------------  というのが先週までの理由で、本当は今週の月曜あたりに更新したかったんですけど、今週はひたすら仕事をしていました。  なんかこう、別に納期ギリギリで詰められてるとかタスクが大量にあったとかではなくて、終わりのない大規模リファクタをひたすら進めている感じで、自分のやりたいこととして進めていたので別に嫌でもなかったんですけど本当に終わりが見えなかった……。他人の書いたコードを構造からリファクタするのほんとに大変だった……けど1週間かけてようやくいろいろ片付いたので良かった。  来週からはまたNuxt3の趣味の開発とかを再開できそうです。 --------------------  ちょっと本当はもっといろいろ書きたいことがあった気がするんですが、さすがに3週間も空いてしまうといろいろ取りこぼしてしまいますね。  結局9月も10月も2回しか更新できなかったので、11月は毎週更新ペースに戻したいと思っています。  と言いつつ、単なるアフィ系レビュー記事が上がるだけの週があるかもしれませんが……。このブログの稼ぎ頭であるSurfaceグッズ記事もそろそろアップデートしたいところ。  そうこうしているうちになんともうすぐ年末ですが、今年は例年通りの記事はあんまり上がらないかもしれないです。映画とか本とかゲームとかもう本当に何も書くことないし。配信イベントとかテレビラジオとかはまとめても良いかもなあ……。  音楽に関して言うと、2010年からやってきたベストソング記事は今年はなしにしようかなと思っています。  いや、現時点のラインナップで大まかに考えた時に、1~3位まではまあ選べるとしても、それ以降、例年なら20位くらいだろうなみたいな曲を無理やり繰り上げるしかないのが、消去法すぎて自分で嫌になってくるというか。  ヒトリエも赤い公園もブクガもCY8ERもないランキング、あまりにも虚無すぎる。米津さんもシングル1枚しか出していないし。  まあただ好きな曲自体はいろいろあるので、ちょっと別のアプローチで紹介することを考えています。いろいろ時間がないので、間に合えば、という感じですが……。  とりあえず2021年も残り2ヶ月、引き続き仕事を優先しながら走っていく毎日だと思います。頑張ります。 ...

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ひとりごと 2か月前

人間味

10月になりました。  先週の土日は台風が去って適度に涼しくてすごく良い天気でした。今週は暑すぎますね。  先週途中まで書きかけで、書き終わらなかったので更新しなかったんですが話題が溜まりすぎてやっぱり先週の土日にちゃんと終わらせればよかった……と後悔しています。 --------------------  『キングオブコント2021』TVerで観ました。  ネタも審査員も完璧……。好みの差はあったものの全然笑えないネタはなかったのでレベルの高い大会だったと思うし、審査の点数もコメントも的確。特に飯塚さんの「このネタの何が斬新なのか」を一瞬で言語化する能力が高すぎる。  大会がここ2~3年で失った信頼を取り戻した感じがしますし、ここ数年のM-1というお手本と、それを目指そうとして破綻したR-1という反面教師がいたおかげで、良い感じに昇華されたようにも。  ネタは優勝した空気階段の1本目が一番好きでしたが、決勝行けなかった中ではそいつどいつが良かったです。パックで遊ぶだけのネタかと思ったら不穏な展開に持ち込まれるところ、普通に先が読めない展開で引き込まれました。でも、だからこそオチが予想を超えてこなかったのも確かにという感じで、飯塚さんのコメントが腑に落ちすぎたので違和感もないです。  逆に個人的にハマらなかったのはジェラードンとニューヨーク。今回の大会、特に決勝に残った3組のファーストラウンドが顕著でしたが、「変な人を馬鹿にしない」「異質な人を異質なままに認める」という価値観のアップデートが図られている傾向にあって、この2組は「現実にいてもおかしくないラインの変な人を馬鹿にする」ネタだったのでちょっと古く感じてしまいました。  ただ、逆に去年までの審査員だったらこういう傾向のネタが評価されていた可能性もあるので、大会としては結果論的でアンフェアな感じはなくもないですがw  一方でこういうアップデート的な話で考えなきゃいけないのは、あれって別に多様性を認めるみたいな話ではないんですよね。  ザ・マミィの「変なおじさんと普通に会話する若者」のネタって、本当に異質な他者を当たり前のように受け入れられている社会だとしたら笑えるポイント1つもないはずで。「ああいうおじさんには話しかけちゃいけない」という大前提が共有されているからこそ、その裏切りで笑ってる。  そして、芸人の方がそういうネタを増やしているのも、別に価値観のアップデートとかではなく、単純にそういう笑いがウケなくなったことへの対応というマーケティングの成果でしかないと思うんですけど、  だからそこを大きく褒めすぎるのも違うんだろうなと思いつつ、とはいえああいうステレオタイプに対して正面から傷つける表現は笑えない、という世間の空気になっているのは、時代が少しずつ前に進んでいる感じはします。  そしてその点でも、空気階段は割とそういう価値観の肯定を意識的にやっている感じもして、離婚だったり借金だったりといった本人たちの性質があるからこそ、そこに説得力も生まれているというか。その差が優勝に繋がった気もします。  本当に、『空気階段の踊り場』も今週の回は聞いたんですけど、かたまりがあの雰囲気で意外と人間味あるのがいいなと。 --------------------  『水曜日のダウンタウン』おぼん・こぼんヒストリー。面白かったー! もうギャラクシー賞内定と言っていいクオリティ。  1つの事件をきっかけに修復不可能なくらいに関係性が悪化してしまうまでの軌跡。  元々コンビを組むくらい性格も合うしその1つの事件さえなければ全然うまくやれるはずなのに、というのは、傍から見たらそうなんでしょうけど、やっぱりそう簡単に割り切れない、どうしても許せない一線を越えた相手に対して「それにさえ目を瞑ればやっていけるのに」みたいな話ではないんですよね。それこそ雨上がりもそうだったのだと思いますが。  何らかのキッカケで拗れた関係って、ぬるっとなかったことにして元には戻れないというか。それに対して謝ったところで表面的なものにしか見えなくて、本音の部分、本性の部分は落ち着いた時の謝罪ではなくて、気を遣っていない、ヒートアップした時の攻撃性にあるのではないかという気持ちを消せない。  何でしょうね。それも本当は違うというか、例えば芸能人の失言とかもそうですけど、普通に生きてきたことの積み重ねが1回の失敗で吹き飛ぶのは正しくないと思うんですけど、でもやっぱりそういう失言って本当に思っていないと出てこないだろうというのもわかるし。  そういう部分で失った信頼をどう取り戻すかって、許す側がどこで折り合いをつけるかになってくるし、でもそれは当事者にはどうしようもない。そのお膳立てをするのって今回の番組スタッフだったり結婚する娘だったり、やっぱり第三者が必要なんだろうなという……。  それこそうちの両親もどこかのタイミングで適切に第三者が入れば修復できた可能性もなくはなかったんだろうなと思うんですよ。本当に全く性格が合わなかったら結婚してないはずだし。もう既にそういう段階ではないんですけど。  なんか夫婦にしろ恋人にしろ友人にしろあらゆる人間関係がそういう感じなんだろうなという……。親戚ですらあるかもしれませんが、何かが起きた人たちが絶縁するのではなく、たまたまそういう致命的な何かが起きなかった人たちだけが関係性を維持し続けているというか……。いろいろ気をつけようと思いました。 --------------------  Aマッソの結婚のニュースも。さらばとの絡みで爆笑しましたが、それ以上に思うのは意外と結婚って隠し通せるものだなーという。有吉×夏目さんの交際のニュースでも思いましたが。  友達の苗字が実は変わってたとしても言われなければ絶対気づかないというか、人との関係って情報化されているようで信用で成り立ってる部分意外と多いよなという。未成年と関係持っちゃう芸能人とかもそうだし。  これも以前から思ってることなので前にも書いたような気もするんですが、たとえば一緒に住んでる家族の誰かであっても、急にある日帰ってこなくなったとして、携帯番号変えられたらもう一生会えなくてもおかしくないよなという。もちろん警察とかが頑張って見つけたりとか、いろいろハードルはあると思うんですけど。成人してたらそういうのも関係ないですしね。  それと同じ文脈で相手が実は浮気してたり既婚者だったりしても気づきようがないよなーという、シャニマスのいま話題の件とかがその最悪の例ですけど。  基本的に私はあらゆるアイドルとか芸能人のスキャンダルに対して、犯罪でなければ一切責められる理由はないと思ってるし、今回の件も別に仕事をサボったとかそういう話ではないので、プライベートで何してても別にいいじゃんと思ってしまうんですけど、  しかし表に出た内容が生々しすぎるのと、アイマスというキャラと声優が実質的に結びついてる状態でこういうことが起きてしまうとキャラのイメージに対する影響が大きすぎるので、怒ってる人の気持ちもわかるしどうするのか難しそうだなと思いました。  これがアイマスじゃない原作付きアニメの話だったら(それこそLiSAさんの件のように)声優交代で良かった気がするし、逆にVTuberでこういう騒動が出たらキャラごと引退して終わりだと思うんですけど、でもアイマスでこれを理由にキャラごと卒業させるのは意味わからないしそういう形態だと思われてないよなー……という。  坂道グループとか見てると、やっぱりアイドルである前に人間だから普通に仕事辞めたくなることもあるだろうし常にパブリックな自分を優先して生き続けたくない人はいるだろうし、そこに対して卒業っていう区切りが用意されてるので、ファンも遅かれ早かれそれを前提に見ているわけですけど、  アイマスとか声優アイドルって暗黙的にそのキャラと声優を一生応援し続けられる、推し続けられると思われている節がありそうで、それがちょっとずつ歪みとして出てくるのかなあという気がしています。  シャニマスはともかくミリオンライブに関しては始まって8年くらい経ってると思いますけど、ダンスとか歌の練習を全員やらなきゃいけないという意味ではアイドルプロジェクトに近くて、そこに39人メンバーいて8年間誰も卒業してないって異常ですよ。奇跡と言ってもいいかもしれませんが。  他の仕事もあって完全に縛られてるわけではないとはいえ、そろそろ辞めたいって思ってる人いるんじゃないかなと。それこそコロナ禍が明けたタイミングで、気持ちを戻せるかどうか……というのはたぶん声優に限らずアイドル全般的に起きる動きかもしれませんが。坂道で言えばオンラインのミーグリから過酷な個別握手会に戻った時に耐えられるかどうか、みたいな……。 --------------------  M-1の予選動画、たまにオススメに流れてくるので時々観ているのですが、ダウ90000の漫才が最高すぎて衝撃を受けました。  5人という変則的なスタイルなのに全然飛び道具的ではなくて、漫才コントですらない会話の連続で、間違いなく漫才として成立している。それでいて5人いるからこその空間の使い方だったり、凄い。もうこのパートだけ何十回も観てます。  ……一昨年はラランド、去年はシンクロニシティをM-1の予選で発見して好きになったんですが、今年はダウ90000、とにかくアマチュア男女漫才が好きなだけかもしれないです。厳しいとは思いますがどうにか準決勝まで残って敗者復活で注目されてほしいなー。  で、そういえばダウ90000ってついこの前、佐久間Pがラジオで名前出してたような? と思って調べてみたら、ベースは劇団だそうで。  YouTubeに上がっているコントの動画をいくつか観て、どんどんハマっていきました。  こういうウィットに富んだセリフの応酬が面白い会話劇、すごく好きなタイプの笑い。  ある意味『ハルヒ』『化物語』『青ブタ』みたいなセリフ主体のラノベに近い空気感かもしれません。  で、佐久間PとM-1と、別々の流れで2回興味を持ったらこれはもう買っちゃって良いかと思って、アーカイブを購入しました。

 で、実際とても面白かったです。別に感動的な展開があるとか練られたストーリーがあるとかではなくて、それこそ上のコントのような空気感そのままで長編の会話劇という感じなのですが、全然舞台が動かないのに90分近くずっと観てられて飽きない。  じわじわ面白い空間を楽しみたいという方はぜひ買って観てほしいです。2000円と安いので損はしないと思います。10/17まで。  ……というのが建前の話で、いやまあ実際ダウ90000の配信面白かったしたぶん次回以降の公演も買うかなと思ってるんですけど、  M-1動画観てからここまで気になった理由として、  最初のM-1の動画に出てた左から2番目の子の顔が好きなタイプだったという要素を否定できないなという自覚があります。  道上珠妃さん。好きすぎる。  たぶん好きな理由はリリスクのhinakoさんと似てるからなんですよね。  なのでもう完全にこういう系統の顔が好きなんだなーと思いました。わかりやすすぎる。 --------------------  お笑いとアイドルの話だけでそこそこな文字数になったのでこのまま切り上げます。あとはなんだろうな。スペシャルウィークの霜降りが楽しみです。  時間が経つのがひたすら速い。Surface Pro 8どうしようかなーと思っている間に発売されそうで怖い。あと2週間でTOEIC本番なのもヤバい。冬になると洗濯物が乾かないのも辛い。  まあでも総合的には楽しみなことの方が多いので、楽しみにしながら生きています。もう本当に、周りの人とか見てると生きてて楽しいことが多いだけでも幸せだよなと思います。 ...

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ひとりごと 2か月前

待望

毎週更新と言っておきながら2週連続で更新をサボってしまいました。すみません。  理由としては本当に書きたいことが1つもなかったからです。  逆に7~8月はよく何だかんだ毎週更新するネタがあったなという感じなのですが……どう書いていたかを忘れてしまいました。  とはいえさすがに先週はいろいろあったのでリハビリも兼ねて書いていきます。 --------------------  Surface新製品の発表会がありました!!  新機軸の2 in 1であるSurface Laptop Studio、折り畳み2画面スマホのSurface Duo 2、正統スペックアップなSurface Go 3などありましたが、  一番の目玉……というか私が買う可能性があるのはなんと言ってもSurface Pro 8  何が凄いのかをしょうもないYouTuberみたいに1つの記事にしようかと思って書いてみたのですが、書き終わって自分の中で満足したのと、もし買ってレビュー記事書くことになった時に内容が被りそうだったので止めました。  ざっくりまとめると、狭額縁で13インチに画面拡大、120Hzリフレッシュレート、Surfaceペンのワイヤレス充電&触覚フィードバック、バッテリー容量増加、Type Cポートが2つになったことなどが主な進化ポイント。  まあいろいろありますが、個人的には画面拡大とCPU世代更新のスペックアップだけでも十分に買い。Pro 4以来のモデルチェンジですからね。ほぼ同じ外観のSurfaceを3台買ってると思うと恐ろしい(1台は会社支給でしたが)。  あとはバッテリーが増えたのもかなり嬉しいけど、画面が大きくなった分で意外と変わらないかもという危惧はあります。  逆に残念だったのはMicroSDカードスロットが廃止されたことと、重量が100g上がったこと。  まあ100g上がったくらいでは体感そんなに変わらないと思うし、というか会社に出勤する時はそれよりも500g以上重いSurface Bookを持ち歩いているし、あとiPadとか鞄に入れたら変わらないので別に問題ないと思いますが。  あ、あとそろそろOffice同梱やめてほしかったなあ……もう今更ではあるし熱心なSurfaceファンほど諦めてはいるのですが。Microsoft 365もいい加減普及してきているはずなんですけどね……。 [amazon_link asins='B09FL8X2YN' template='Original'] [amazon_link asins='B09FL85S8H' template='Original']  買うかどうかは本当に悩み中。  実際キーボードとかペンとかもろもろ合わせて25万ってなると、別に困っているわけでもないし絶対に無駄遣いだよな……iPad Airも買ったしな……という躊躇もありつつ、  正直ここ半年くらいPro 8を買うっていうところに人生の楽しみのかなりのウェイトに置いていた部分があるので、せっかくだし買っちゃおうかなーという気持ちも。  まあでも何だかんだ買う気がします。あ、たださすがにRAM 32GBはちょっと厳しいです。32万は……さすがに……いや21万も高いんですけど……。メモリ32GBでストレージ256GBのモデルがあったら買っていた可能性はありますが、現状の32GBモデルは趣味で買うものではなさそう。……だからこそ半年くらい待つとAmazonのタイムセールとかで25%オフになっている可能性も若干あるのですが……。 --------------------  Amazonタイムセール祭り。今回は特に買うものはなかったので日用品だけちょっと買いました。Surface Pro 8という大きな出費が見えていると何となく無駄遣いを避けたくなる心理。焼け石に水ですけど。 [amazon_link asins='B08N41Y4Q2' template='Original']  Kindle Paperwhiteの新モデル。USB Type C充電、シグネチャーモデル限定でワイヤレス充電と自動明るさ調整機能も。春に買ったばっかりなので悔しい……。  まあそもそもKindleって充電するの1ヶ月に1回あるかないかだし、そもそも使う機会も少ないのでそこまで困ってないですが。  iPadが防水だったらなーって思うことはよくあります。  Googleストアも15%オフのアニバーサリーセールがありましたがスルー。 Google Nest Hub(第 2 世代) - Google ストア  Nest Hub 第2世代、自動で睡眠測定してくれるのめっちゃ良さそう! と思って買いかけるけど「睡眠の質がわかったからと言ってそれを改善する気はあるのか?」と自問したところ別になかったので止める、というのをセールのたびに繰り返してます。  というかGoogle Nest MiniがうちのWi-Fiと相性悪いのか2~3日に1回Wi-Fi接続が切れてイライラするので電源抜いたままにしてるんですよ。「OK google」ってわざわざ話しかけたのに「Wi-Fiに接続されていません」という返事が返ってきたときの恥ずかしさ。意を決して友人を遊びに誘ったのに普通に用事あって断られた時と同じくらいのダメージ。  なのでNest Hubでこの現象が治るなら買い換えても良いんですけど、この現象が治るという確証も別にないので、治らなかった場合マジで1万円をドブに捨てただけになるので手が出せない。 [amazon_link asins='B09G9JG4V5' template='Original']  iPad miniの新型はさすがに買わないです!iPad Airを買ったばかりなので!!  Air買ってなかったら即決……だったかは難しいですね。小型タブレットとして見た時にiPad mini 5で困ってることも言うほどないので。Type-C充電がいいなーと思うくらい。mini 5持ってなかったら買ってたかもしれませんが。  iPad mini、数年試していて気づいたのは、メモ帳をデジタル化するのは意外と難しいということと、紙のメモ帳を使う習慣のない人間がiPad miniを買ってもメモする習慣はつかないということです。  ただそれはそれとしてiPad miniの取り回しの良さは最高なのでオススメです。 --------------------  Nintendo Direct。Splatoon 3早くやりたすぎる……。2021年の前半に出てほしい。  いつも通り曲と見せ方のセンスが完璧。  そしてキンメダイ美術館が懐かしすぎる……。1のステージもはや何であっても思い出に刺さるのでどんどん帰ってきてほしい。  割とマジメにSplatoon 3が刺さらなかったら趣味の欄からゲームを消すことになりそう。というか2014~2015年あたりもそんな感じだったのをSplatoon初代に救ってもらったのですが……。  他に嬉しい情報はなかったかな。64も別に。ドンキー新作が来てほしかったけどカービィ3Dが出た時点でないんだろうなと察しました。  ちなみに新型SwitchはAmazonに朝から張りついていたのですが当然のように買えませんでした。割と販売開始後1分以内に見たはずなんですが……。とりあえず各種通販サイトで抽選頑張ります。  せっかく大画面モデルを買うので、来年には今よりもう少し気軽に、友達と会ってファミレスでSwitchくらいはできるようになっててほしいですね。 --------------------  ワクチンパスポートの話が現実的に出ていて、「ワクチン接種した人限定で旅行OKに」みたいなニュースを見て思ったんですけど別に今って旅行を制限されているわけではないので何の意味があるんでしょう。  GoToトラベル的な割引を復活させるということなのかもしれませんが、うーん……今の状況で割引まで入れちゃうと、単純に旅行を推奨するだけのメッセージなのでちょっとリスクがある気も。  なのでどっちかというと ...

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ひとりごと 3か月前

ポジショントーク

9月になりました。急に寒くなってきましたね。  今年の夏、確かに暑かったけど意外と暑かった時期が短かったような気もしつつ、自分の体感での時間の流れが速くなってるだけかもしれない。結局出かけたりといった用事もあんまりなかったですしね。 --------------------  9月になったのでスタバの秋の新商品。パンプキンスパイスラテ。  割と美味しいです。ものすごく気に入ったというわけでもないけど、たぶん売ってる限りは優先的に頼んじゃうなーという感じ。チョコレートソースを無料で追加するのが結構よかったです。  夏の期間限定ドリンクはだいたいフラペチーノになっちゃうから日常的に飲みづらいんですよね。甘さ的にもボリューム的にも値段的にも。その点、これとか冬のジンジャーブレッドラテとかはずっと飲み続けられるので本当は1年中置いてほしい。  スタバでいえばフラペチーノのプラスチックストロー完全廃止のニュースも。まあもちろん嬉しくはないです。すぐふやけるし。  本当はマイカップとマイストロー持って行っても良いんですけど、モバイルオーダーできないのが困るんですよねー。マイカップをお店に預けておいてモバイルオーダーで入れておいてほしいです笑 --------------------  『うっせぇわ』を初めて聞いた時に、若い世代の主観的な視野の狭さだったり、違う世代の言語を理解できない社会の分断みたいなものを表現するためにあえてああいう言葉選びをしたのかなと思ってたのですが、  同じsyudouさん作詞作曲で、マヂカルラブリーをオマージュしたとされる『爆笑』が、比喩とダブルミーニングとか何もなくてただ単にマヂラブのM-1獲るまでの流れをただ並べて曲を付けただけのオリジナリティゼロの歌詞だったのを見て、あーこの人は言いたいことをお洒落に言い換えたりできない人なんだなと腑に落ちました。 --------------------  お盆休みあたりに思い立ってWindows 11 Insider Previewを入れてみました。  今のところ快適です。というか、設定メニュー、アクションセンターなど、中身はほぼWindows 10でUIが洗練されている感じ。ところどころ日本語が怪しいところはありますが、1ヶ月後の正式リリース時には直っていることでしょう。(本当はフィードバックとか送るべきなのですが)  ちょっと残念なのはWindows 8 から進められていた「スタートメニューとタスクバーの分離」をMicrosoftが諦めてしまったらしいところ。スタートメニューによく使うアプリを全部ピン留めして、タスクバーとデスクトップには何も置かない、という方法で綺麗に保っていたのですが、  Windows 11 では 6x3しかスタートメニューの1ページ目にピン留めできないので、割と最低限のものしか置けないなーと。なので結局タスクバーに登録するWindows 7までのスタイルに戻さざるを得ない。 image-20210905142114368  でもアイコンがWindows 10の時よりも可愛い感じになっていて既に愛着が湧いています。あとIE11が完全消滅しているのも英断。 --------------------  そんなわけでWindows 11を先行体験してしまったことで逆に10月の楽しみが1つ減ったのですが、それはそれとしてSurfaceの新製品発表会の予告が。 ASCII.jp:Microsoft、9月22日にSurface新製品発表か!?  Surface Pro 8、さすがに出るとは思ってるんですがどうしようかなーという感じ。今のSurface Pro 7で困ってないし、どちらかというとメモリ積みたいのは会社用PCだよなーという部分もありつつ、とりあえず楽しみに待っています。情報出たら買いたくなってるかもしれない。  Windows 11が実質的にWindows 10.1だったというか、Windows 8みたいな攻めすぎて不安定なOSでないことはわかったので、次世代Surfaceも大きくモデルチェンジはしてこないと予想していて、その点で安心して買えそうだなーと思ってはいるのですが。万が一ですが急に有機EL採用とかしてきたら、死ぬほどバッテリー持たないとかそういうリスクがありそうで様子見ですね。  しかし今振り返っても2019年のガジェットの買い方は何か壊れてたなーと思います。Surface3台とiPadとGalaxy、全部10万近くする。去年は何も買わなかったけど今年はiPad買ったしGalaxyもたぶん買うと思うので、2年サイクルみたいになってる。本当はスマホはともかくPCとタブレットは絶対2年で買い換えるものではないんですが、まあ……。 --------------------  最近思うのですが、自分は他人の過程ではない結果を責めたり咎めたりすることがすごく嫌いで、  それは過程ではなく結果を責められることが本当に嫌いだからだと思うんですけど。  つまり、「100回やったら1回失敗するかもしれないこと」をやっていて失敗した時に、失敗したことを責められるのはおかしいと思うんですよね。それは、たまたまその1回で失敗しなかったら責められないということになってしまうので。  だったら、100回とも全て問題があった、1回もすべきでなかったということにするか、その1回の失敗のリスク込みで認められていたことだから1回の失敗についても問題にしないか、どっちかじゃないと論理的におかしいんじゃないかなと。  自分が車を運転したくないのもそこにあって、もし事故を起こしてしまった時に振り返ってどこで防げたかと考えると、車を運転すべきじゃなかったというところにしか求められないだろうなと。「100%居眠りをしない」とか「100回運転したら100回とも周囲のものに気を配り続けられる」という人間ではないと自分でわかっているので、もし100回運転して事故を起こさなかったとしてもそれは偶然であって、その時点で罪なので。  だから逆に、もし事故を起こしたとしても「まあでもこの何年か自動車を運転せずに生きていくのは不可能だったな」という判断できるだけの材料があったら運転するのかなあとも思います。それがどういう場面なのかわからないけど。  ということを考えた時に今のコロナ禍に対して、オリンピックは……まああれは規模的に全国的な感染拡大の原因とも言えてしまうので難しいですけど、例えば24時間テレビとかそういうテレビ局の大型特番に対して、結果的にクラスターとかは発生しなかったんだと思いますが、別に発生したとしてもやることに問題はなかったと私は思います。  それは感染者が出るリスクとリターンを比較して行われたものだと思うので。ドラマの撮影とかも、性質上どうしても対策しきれないところはあると思いますけど、じゃあゼロにすべきかというとそうではないと思うし。一斉休校を行わない判断とかも。  コロナなんて特に、どれだけ対策しきってもゼロにはできないし、逆に対策ユルユルでも意外と感染しないこともあるし、それで感染が起きたからといって対策が甘かったといって叩くのは、「武器を貰ったから殴った」みたいな偽善者に見える。  だから、出てきた結果だけを見て騒ぐ国民と、結果だけを取り上げて叩いて数字稼ぎするメディアと、それで叩かれるのが怖くて「感染者が多少出ても問題ない」と言い切れない政治家と、全部クソだなーと思います。  NAMIMONOGATARIの一件も、リスクを可能な限りでの最小限にしていなかったことは叩かれるべきだけど、リスクがゼロでなかったことで叩かれるべきではないし、その2つは明確に違う。論法としてフジロックとかその他のフェスやライブにも当てはまるロジックを、相手が殴っていい対象だからという理由だけで用いて殴っている人は、いずれもっと広い範囲でその人の好きなものにも適用されてしまうだろうなとも思います。  なんというか、別にカラオケに行きたくて我慢しているわけじゃなくて、その人にとってのカラオケとか飲み会とか旅行に値するものがたまたま自分の場合は一人でできることであっただけの人間に他人を非難する資格ってないと思うんですよ。いや、まあ感染リスクという明らかな違い、家族への悪影響があるのはわかるんですけど、  それをアリにするのって、じゃあ趣味でお金を浪費するのも老後の負担になるから家族に迷惑かけてるとか、GAFAMプラットフォームの影響力をこれ以上高めるべきではないから使うなとか、性行為の妊娠リスクは避妊しててもゼロではないから禁止すべきとか、何にだって言えてしまう。  被害者の有無の話をすると、任天堂のゲームを買うことはソニーで働いている人が困るから被害者のいる悪行だとか言われても困るじゃないですか。でもそういう仕組みを肯定しているのが資本主義社会ですよね。  人は生きている限りリスクを負っているし社会の誰かに迷惑をかけているわけで、「社会や他人に迷惑をかけるべきではない」「わざわざリスクの高い行動を取るべきではない」って正論のように見えて何も言っていないんですよね。理由になっていない。  だから「環境汚染を防ぐためにプラスチックストローを止めるべき」っていうのは何の根拠にもなっていないんですよね。「環境汚染を防ぐための施策として、費用対効果が高くて、代替案としての紙ストローによって受けるデメリットよりもメリットの方が大きいから」ならわかる。実際は手っ取り早く目につくところに手を出しただけだと思いますがまあ。  というのと同じで、「コロナの感染を防ぐために出社率を下げましょう」っていうのはまあわかるんですけど、あらゆる経済活動を全て止める方がもっと感染は防げるし、でもそれではダメな理由があるわけで、だから出社して仕事をしているし電車も動いているし、そういうバランスの中で動いている。  なのに都合よく片方ずつの論理だけを適用しているというか、「オリンピックは医療従事者を困らせるから止めるべき」「フジロックは音楽業界を困らせるから開催すべき」っていうのは全然逆のことも言えちゃうから筋が悪いよなーと思います。まあ、矛盾しているように見えるのは140字で語ろうとしたのが悪いだけかもしれないし、それを筋が悪いと思わない人が大多数なので特に問題ないのかもしれませんが。  結局のところ私のそういう他者に対する寛容さというか甘さみたいなものって全部自分が責められたくないからやってることでしかないんですよね。自分がろくでもない人間で他者から責められ得ることもたくさんしてるし、それについて責められることへの不満があって、少なくともされて嫌なことはしたくないなという。だからちゃんと自分が責められることも引き受けた上で他人を責める人はそれはそれで凄いと思います。そんな人いないですけどね。 --------------------  あ、誕生日を迎えました。お金で買えるものは誕生日とか関係なく好きに買えるようになってきたし、別に誕生日だからどうということもないのですが、今年は自分で買えないものを貰ったり余ってる有休を使ったりしてハッピーに過ごすことができました。  1年前のブログを読み直してみたのですがまあ今と同じことしか書いてませんでした。給料は上がるけど仕事は忙しい、というそれだけ。コロナに入ってからの期間ってあんまり季節ごとのイベントだったり生活の変化がないのでずっと2020年が続いている感覚になりますよね。ついこの前『さよならたりないふたり』を観たような気がする。  気づけば正式に20代後半になって多少の焦りもありますが、今のところはまあ今の会社で求められていることに対してきちんとパフォーマンスを出せばいろんな意味で困らないだろうなとは思っているので、そこをメインにやっていく気持ちにはあんまり変化はありません。  この1年で自分はいろいろと変化している、成長しているんじゃないかなとは思うんですけど、それは内から出てきたものというよりも、外部からの刺激……プライベートでの人との関わりだったり、仕事での立場の変化だったりによって求められて起きたことなので、たぶんそれが一生続いていくんだろうなという感じです。今の自分に対して不満もないし、それを継続させることだけ頑張ろうかなと。  ブログもそろそろ14年くらいやってますよ。自分でも引いちゃいますね。なんだか最近また政治的に攻撃性を持った内容が増えていて自己嫌悪に陥っているのですが。  自分の中ではTwitterとかヤフコメとかで不寛容な考えを発信しているヤバい人とは違ってなるべく他人を否定しない緩やかな発信をしているつもりなのですが、それはそうやって書いている人全員が自分だけは違うと思っているはずなのでたぶんダメなんだろうなとも。  ただ、こういうのをちゃんと……ちゃんとというか、無理することなく本心で他者に対して怒りを覚えない人もいると思うんですけど、私はそうではないので、減らすとか抑えるとかそういう方向に持っていくしかなくて、そこに努めていくしかないのかなと思います。自分の性格を180度変えられるならこんなことしなくて良いんですけど、そうではないし、それを変えることは他のいろんなところ、自分が今上手く機能している部分についても捨てることになるし、また別の問題が生じるだけだとも思うので。どうにか間を取っていきたいです。 ...

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ひとりごと 3か月前

抑止力としての

先週までようやく雨が続いていたのが明けましたね。よかったです。クソ暑いですが雨よりは僅差でマシ。  折り畳み傘を乾かすのが面倒で、濡れたままにしていたらめちゃくちゃカビが生えて、全部落とすのに1週間くらい毎日お風呂で洗い続けてました。実際に経験しないと学べない悪癖。 --------------------  先週の土曜日に『不寛容論』に関する記事を書いたので、本当は火曜日あたりに記事を上げようと思っていたのですが、平日忙しくて結局2週間空いてしまいました。  1万字。久々にこんなに長いまとまった文章を書きました。その割に全くいいねがついていないので悲しいです。  ワクチンの副反応の休みとかで暇になるかもしれないなと思って買ってみたのですが、自分でも予想以上に刺さったというか、  普通こういう本って少し読んで飽きて積んでしまうことが多かったのですが、これはあまりにも面白いというか興味深かったので最後まで読みたいという気持ちの方が勝って読み切れた。  そのくらい刺さったからにはさすがにちゃんと自分の考えていることを言語化して残しておいた方が良いかなと思ったので、頑張って書き上げました。  割と論理的に筋の通ったというか、珍しくワンテーマで自分の書きたいことを書ききれたのではと思っていて、その点では結構気に入っている記事です。自分の思ったこと・言いたいことを詰め込むとだいたい2つか3つくらいテーマが分散しがちなので。  あー、ただ上手く触れられなかった話として、「愚行権」というワードを入れられなかったのが心残り。あれも自分的には初めて知った概念だったのですが、この概念ももっと広まって良いのになーと思いました。お酒とかタバコとかギャンブルとか、止めた方が良いというのはわかるけど、でも別にやりたい人はやっていいよね、という。明確な基準があるわけでもないのにモラルとかで止めて行ったら本当に息苦しい社会になるので絶対に良くないというのはこのブログでは以前から書いてきたと思いますが、それにちゃんと名前があるんだなーと。  まあこれも結局限度の問題だし、家族とかだとちょっと話が変わってきますが、でも自分は家族がバンバン友達と遊びに行ってるのとか内心どうなのと思いつつ一切止めてないです。まあ一人暮らしだからというのもありますけど。そういうことに命令できるほど自分の価値観に自信を持っていないので。 --------------------  最近聴いてる曲。 Unison / 宝鐘マリン  Yunomi。いわゆる電子ドラッグ。  「実験的な音楽を可愛い子に歌わせて何でもアリにする」ジャンルとしての系譜が、エロゲー、アニソン、アイドルと来て今はVTuberなのだろうなと。 Rain Dropsの1stアルバム「バイオグラフィ」に堀江晶太×じんの新曲 - 音楽ナタリー (natalie.mu)  結局、音楽でお金を生まないといけないアーティストは売れ線をある程度抑えるしかない。音楽がビジネスとして重視されていないからこそチャレンジできる。フリーランスより会社員の方が冒険できるみたいな話。 星のオーケストラ / saji  たまたまYouTubeで流れてきて気に入りました。イントロのオルゴールの拍子を全く取れないところが特に好き。  全然知らないバンドだと思ったら「phatmans after school」から改名してました。ヒトリエと頻繁に3マンやってたので名前だけ知ってた。  それにしてもこのボーカルの雰囲気でアニメのOPだと『あの花』感ありますね。 --------------------  そんな曲の流れで、ちょうど仕事中に何かアニメ流したいなーと思ったタイミングだったので『かげきしょうじょ!!』を最新話まで観ました。  たまに最新のアニメを観てみようと思ってプライムビデオで適当に流すことはあるんですけど、本当に全然興味が湧かなくて止めちゃうので割と快挙。原作好きとか2期とかじゃなくてちゃんとアニメ観るのほんとに4年ぶりくらいかもしれません。最後に観たのがたぶん『宇宙よりも遠い場所』。  こういう10代の子が努力して何かを成し遂げる系のアニメ、基本的には苦手で、というかアニメに限らないんですけど、自分が一番嫌なものが「何かを達成するために、その達成すべき何かと無関係な苦難を乗り越えなければならないシチュエーションと、それを乗り越えたことで感動させようとする演出」なんですよね。  自分の内面的な苦悩と戦う話は全然いいんですよ。  いじめとかそういう、明確な行為者がいる苦難を与えられてるのを見ると、「いや、主人公の努力で何とかさせる前にそのいじめてるやつをちゃんと罰しろよ」って思っちゃうので。フィクションだと特に。  それこそ坂道シリーズのヒット祈願企画で滝行させたりチアダンスさせたりとかも本当に許せないし、『青春高校』にキレたのもその部分なんですけど、  「しなくていい努力は避けるに越したことはない」と思っているので。  努力のための努力、苦労のための苦労みたいなのを美化している世界に対しては、フィクションでも演出でもとにかく嫌悪感が凄い。  だから伝統芸能とかでよくある「弟子はひたすら雑用をやらされる」みたいなのとかも、まあ本人が望んでいるなら良いんでしょうけど、そこの判断に親が絡んでいる10代の子がやらされてるのとかは見てられない。甲子園とかもそれが嫌というところはあります。  ともかく、『かげきしょうじょ!!』、1話を観た段階だと正直この系統のアニメにしか見えないというか、スパルタ指導させられて主人公が酷い目に遭いまくりながら成長していく的な悲劇の話だろうなと思ったんですよ。  元ネタになってる宝塚自体、半年くらい前に「先輩が乗る電車が窓から見えただけで全員お辞儀する風習が廃止された」とかいうニュースを見て、「逆に今までそんなことしてたのか」と驚いたんですけど、  どうせそういう一般的にハラスメントとされる体育会的な行為がガンガンに描かれて、最終的に「それを乗り越えて主人公が成長しました、あれは必要な苦労でした」みたいな正当化が行われる話なのだろうなと。  と危惧してたんですけど、半分観終えて気づいたのは、そもそもそんなハラスメント問題とかが報じられてる大企業の劇団を思いっきり元ネタにしたアニメでいじめ描写とか出てきたら、普通にネガティブキャンペーンだから冷静に考えてOK出るわけないんですよね。  設定的には上下関係や規律が厳しいとか、トップスターを目指して争うライバルだとか、そういうギスギス感が1~2話の時点では匂わされてたんですけど、実際のところそういうシーンはほとんど出てこなくて、1話の流れだと絶対クラス全員から無視されそうな浮き方をしていた主人公のさらさも愛も意外と普通にクラスに溶け込んで、なんか全員いい人しか出てこないという。  5話の山田彩子さんのエピソードを筆頭に、ちょっとキツいシーンもありますが、あくまで自分の中での自発的な成長がメインになっていて、外部から悪意を持った誰かに何かをされるというシーンがないので結構観やすかったです。  まあここから最終回付近でさらさが退学の危機! みたいな展開になる可能性もなくはないですが、今のところ自分がここ最近観たアニメの中では割と当たりというか、逆にあんまりアニメ観てない人でも楽しめるタイプの作品だと思うので、興味のある方はぜひ。  っていうか花澤さん未だに深夜アニメバリバリ出てるの改めて驚きますね。ここ最近はもはや『しゃべくり』『太田上田』『はなつまみ』『まんが未知』と私の中ではバラエティの印象の方が強かったので。『化物語』の頃にはもう認知されきってましたので15年くらいずっと第一線ですよね。凄すぎる。 --------------------  ちなみに、この前『メイドラゴン』を途中で切った話もしましたが、『かぐや様』とか『鬼滅の刃』とか、たまに思いついた時に観ようとはしてるんですよ。鬼滅に関しては1話の冒頭5分くらいで止めてしまったので、若林さんが『ひなあい』で「1話の途中で止めた」と言っていて共感しました。  アニメにしろドラマにしろ「話を合わせるために知識としてコンテンツを摂取する」ということが本当にできないんですよね。これもさっきの「論理的な必然性のない努力が嫌い」という部分と根っこは繋がっているような気がします。コミュニケーションの材料として好きでもないものを好きになろうと頑張りたいとすら思わないという。こういうところが社会的不適合なんだろうな……。  とはいえちょっとさすがにいろいろ知ってた方が良いのかなと思うことはたまにあります。ジャンプもマーベルもスターウォーズも1作品も観たことがないし、ジブリもトトロとパンダコパンダしかストーリー覚えてないし、ドラマも全然観てないし、それでいて深夜アニメとかのオタク方面も別に詳しくないという。  ここ3年くらい、興味のあるコンテンツがほんとにラジオくらいしかないので。美容師さんとか整体師さんとの会話もいつも困っています。  そんなわけで『サマーウォーズ』を冒頭20分くらい観て飽きて止めてます。あと90分で面白くなるのかな……。 --------------------  『アメトーーク』雨上がりの解散発表会。配信、何だかんだリアルタイムで全部観ました。んー。いろいろ思うところはありますね。  大元の吉本の問題が結局うやむやにされていることの違和感はありつつ、解散に限って言えば直接的には宮迫が全部悪いと言い切ってしまって良いんでしょうけど、  あの年齢であそこまで来てしまった人に変わることを要求するのって難しいし、たぶん悪意があってやったことでは本当にないんだろうし、だからこそ悲しいというか。  自殺を考えたみたいな話も、あの場で言ってしまうと言い訳でしかないんですけどでも実際嘘ではないんだろうし。何十年もやってきた仕事を急に全部奪われるのはやっぱり自己責任だけで済ませて良いものではない気がする。  放送内でのあの振る舞いも、本当に面白くしようと思ってやったことが全部空回りしてたんだろうし。悪意があるわけじゃなくて本当にただただ頭が悪いだけというか。  YouTubeを当面休止するという発表があって、(観てないけど)「何で今更?」という感じなんですが、逆に今までは本当にピンと来てなかったのかもしれないなという。  言葉として「自分が悪いことはわかってます」と口にするのは簡単で、でもそれと実際に自分が悪いと自覚していることは別で。  私自身も、口論とかになってその場では「私も悪いですけど」とか言うけど、それから数日経って初めて自分のここが悪かったんだなという実感が追い付いてくる、みたいな経験が何度もあるので。  あと、宮迫にしろ石橋貴明にしろカジサックにしろ、芸能界で嫌われてた人がYouTuberとしては成功してるのもなかなか考えさせられますよね。兄貴分的な・体育会系のノリで意外と後輩からは慕われたりしていた人たちが、YouTubeという距離の近いメディアでは成功に繋がっていて。  今回の配信での宮迫のピントのズレた発言、時代錯誤なブス弄りとかが「時代遅れ」とされていましたが、それがYouTubeでは求められていて、しかもそれでテレビ以上に稼げていたりすると、じゃあ本当にテレビに出ている人の方が新しいのか。テレビが「頭の良い人」に合わせすぎた結果、マジョリティである頭の悪い人がYouTubeに流れている……というのはさすがに上から目線すぎますかね。  テレビがマスメディアとしての特性を守るためには、YouTube的な目先のお金の稼ぎ方をしないという部分をちゃんと守ってほしいなと思うんですけど、番組の有料配信とかにどんどん舵を切ってる現状を見るとあんまりそこまで考えられていないようにも思えます。  だから逆説的に、どんなに支持されていたとしてもDaiGoや宮迫やヒカルを出演させないことにテレビの価値があるというか。その線引きはもちろん曖昧なんですけど。  インターネットに対する既存メディアの優位性って自浄作用があること、それをコントロールできることしかないはずなので。それができないなら別に利益も上げられないので本当にインターネットの下位互換でしかない。ゴシップ誌とかはもう完全にそうなっていますね。 --------------------  少し前にニュースで「ロックダウンに8割が賛成」みたいなアンケート結果が出ていた(うろ覚えです)のを見て、ちょっと信じられなかったんですけど、よく考えたら日本国民の9割は東京以外に住んでるんですよね。  仮にロックダウンが行われるとしても大都市圏だけだろうから自分には関係ないからどんどんやってくれ、みたいなことを歪んだ正義感で考える人がいても全然おかしくないなあと。  それに加えて、いまも毎日電車通勤を強制されてる人たちが少なからずいて、ロックダウンされれば会社に行かなくて済むという部分でメリットとデメリットを天秤にかけて賛成してるとしたら8割はあり得るのかもしれない。  あらゆる問題に対して簡単に意見を表明できるようになり、それが求められるからこそ、自己の考えの一貫性が重要になっているのではないかと、それこそ「五輪反対していた人たちがフジロックには賛成してる」みたいな話とかを見ても思います。自分が嫌いなものを全て排除していったら、自分自身と自分の好きなものも誰かから嫌われて排除されるって少し考えたらわかりそうなんですけど、自分の好きなものが正しくて自分の嫌いなものが正しくないと信じていたらそうなるのかなあ……。  いやほんと、今までは自民党に投票することだけは絶対ないと思ってたんですけど、ちょっと今回の衆院選は投票してしまうかもしれない……。とにかくマニフェストにロックダウンとか感染者数ゼロとかって書いてある政党を消していくと自民党しか残らないんじゃないかなって思ってます。……意外とマジメに考えて投票してるな私。別にたかが1票に何らかの価値があるとは思っていないのですが。 --------------------  なんか全体的にトゲトゲした文章になってしまいました。あんなに寛容の話をして感銘を受けたはずなのにw  何を以て抑圧と言うのかみたいな話はそういえば別軸であるんですよね。内心では嫌いなものに対しても受け入れることを寛容と呼ぶのであれば、「表面上は何も言わないけどネット上では暴言を吐く」は寛容かどうかという。もちろん違いますが。  結局、自分の中であり得ないと思うことに対して全部理解しようとするのは限界があるし無理があるなあというのはずっと思っていて、今まではそれが寛容だと思い込んでたんですけど、どこまで行っても理解できないものは悪だと断ずる思考回路には変わりないなあと。それはカウンセリングでも何度も言われたんですけど。善悪の二元論に拘り過ぎてる、という。  で、そこから抜け出す一歩として「理解も賛成もできないけどそのままにしておくしかないものがあることを受け入れる」というのはすごくスマートだししっくりきた。きっとそうやっていくしかないんだろうなと思います。 --------------------  今月、なんか結果的に隔週更新みたいになってしまいました。まあ先週の記事で私の中ではここ半年分くらいの文章を書いた気でいるんですが……。  最近、仕事でもこういう考えを言語化して文章にする機会が意外と多くて、そういう時に自分がこのブログだったり大学だったりでやってきたことは意外と無駄になっていないなあと思わされます。こういう適度にカジュアルな敬語の文章、ベンチャーにいると使う機会多いんですよね笑。  8月、生まれて初めてのボーナスも貰えて、本当に20代の人間が手にしていい額じゃない金額が口座に振り込まれてとても幸せな気持ちになりました。  有機EL版のNintendo SwitchとかSurface Pro 8とかGalaxy S21とかを買おうと思います。  割と自分はお金で幸せを買えるタイプの人間だよなーと思います。良くも悪くも。あんまり良くないかな。  少なくとも別に自由な時間がたくさんあってもダラダラしてしまうだけでそんなに幸せになれない人間であることは何となくわかったので、時間を効率的にお金に変換できているのは自分に向いているのだと思います。  次の半期目標の設定とかもあったんですけど、やっぱりどこまで行っても戦わなければいけないのは自分の怠惰さ、責任を負いたくないという消極性、コミュニケーションに対しての卑屈さ、に集約されるし、それは自分の中でちゃんと解決したいと思っていることでもあるので、やっていくしかないなあと思います。  別になりたくない自分にはならないし。相手の言っていることに耳を傾けることなく自分の主張をちゃんと押し通す強さを見せられたらもっと上手く回るのになあと思う場面もあるんですけど、それはそういう人のことを憎悪してきた過去の自分を裏切ることになるので。自分の納得する範囲で進んでいこうと思います。  で、iPad Airの記事は……まあ今週は無理だと思います。そのうち……上がるかなあ……。  ちなみにプロセカはあまりにスライドで引っかかるのでアンチグレアの保護フィルム買ったらめちゃくちゃやりやすくなりました。もう少しでアンノウンマザーグースフルコンできそうなので頑張ります。 ...

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メディア・カルチャー 3か月前

森本あんり『不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学』──良心に反しないためのグレーゾーンの必要性

先日、『不寛容論 - アメリカが生んだ「共存」の哲学 -』という本を読みました。 [amazon_link asins='B08QMYGW4D' template='Original']  作家の朝井リョウさんが「心が救われた本」として紹介していたことをきっかけに購入したのですが、この本があまりにも良かった、というか、自分がここ数年悩んでいたことや考えていたことに対しての明確な答え……とまでは行かないにしても、大きな示唆を与えてくれるものであったため、覚え書きも兼ねてちゃんと記事にしようと思いました。  なので、「この本を読んだ私が、その内容をどう解釈し、どのように自分の生き方に適用しようとしているか」という部分が主題であり、本の内容だけでなく、そこから派生して飛躍した私自身の感想が多分に含まれています。  本の内容がこの記事に書かれているテーマと一致しているという意味では全くなく、かなり個人的な意見・解釈が入っていると思うので、  くれぐれも著者の主張を正しく理解したい方は必ず元の本を読んでください。というか本当に良い本なのでぜひ読んでください。  (別にネタバレとかそういうジャンルではないので後で読んでも良いと思いますが、私の変な解釈を前提に読んでほしくない気持ちもあるので) --------------------

「わたしはあなたの意見に反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」――こんなユートピア的な寛容社会は本当に実現可能なのか。不寛容がまかり通る植民地時代のアメリカで、異なる価値観を持つ人びとが暮らす多様性社会を築いた偏屈なピューリタンの苦闘から、その「キレイごとぬきの政治倫理」を読み解く。
 この本は、良くも悪くも最近のトレンドワードとなっている、「寛容」「多様性」という言葉を巡る歴史について、植民地時代のアメリカで活躍したロジャー・ウィリアムズという人物と、彼の宗教観・他宗教との関わりを通して問い直すものとなっています。  ここで、「多様性という言葉には関心があるが宗教には興味がない」と思う方もいるかもしれませんが、現代の社会、特にアメリカという国について理解する上で宗教は不可分のものであるということは、この本を読むとしっくりくるはずです。  ただし、逆にそれについて説明するとこの本の大部分を引っ張ってくる必要があるので、なぜ宗教の理解が寛容について考える助けになるかについて、ここで一から説明することはしません。  宗教という視点を通して書かれているだけで、内容はそれ以外のあらゆる価値観や思想に置き換えて受け取ることもできる普遍的な教訓であると感じたので、この記事では現代の社会の話を中心に書いていきます。 --------------------

現代的寛容のパラドックス

 そもそも、「今の社会が寛容である」と思っている人は、あまり多くないと思います。それは今回のオリンピックを巡る様々な問題にも象徴されますが、  本来であれば多様性を尊重する方向に進み、民族差別も性差別も昔より明らかに減ってきているはずなのに、どうしてそうなってしまうのか。  この『不寛容論』の中で何度か登場するキーワードでもある、「寛容のパラドックス」は、それを考える1つの手がかりになります。  冒頭で引用される有名なフレーズにもある通り、「寛容な社会/人間は、不寛容なものに対して寛容であるべきか」という問いは代表的なパラドックスの1つですが、実はそれがすべてではなく、  「自分たちに危害を加えるわけではないが不快であるものに対して寛容であるべきか」という問いもあります。  直感的には、前者(寛容な社会を危険に晒す、他者の自由を奪うもの)は否定されるべきで、後者については肯定されるべき、とすれば収まりが良いように見えますが、実態はそこまで明快に分けられるものではありません。  今の社会が理想として目指しているのは「肯定的寛容」と呼ばれる現代的な寛容で、つまり「相手のことを理解し、敬意を持って尊重しよう」という態度です。  その理念に異を唱える人はいないと思います。全ての人間が、相手のことを自分と同等の存在だとして尊重することができれば間違いなく社会は良くなるはずです。  でも、現実世界でそれを実践しようとした時に、例えば私たちはチベットや香港に迫害を続ける中国や、まさに現在進行形の問題であるタリバンなどのことを、理解し、敬意を持って、尊重することができるのか。  人権や倫理というものが明確に善悪を分けられるわけではないし、それを相手に押し付けようとする時点で相手のことを尊重しているとは言い難い。かといって、「被害者がいるわけではないから個々の自由として容認しても良い」と言えるような状況でないのも事実です。国や民族としての自己決定権と、そこに属する全員が同意しているかどうかはどのように区別すれば良いのか。  もう少し身近な範囲で考えてみた時に、例えばヘイトスピーチの規制に対して異を唱える人はあまりいないと思います。もちろん適用範囲についての検討や恣意的な運用を避ける必要はありますが、ヘイトスピーチそれ自体は他者の権利を明確に侵害しているからです。  では、河村市長や森元首相の行った女性蔑視的な言動についてはどうか。  河村市長のあの行為自体は、端的に言って「訴えられなかっただけのセクハラ」なので、本来で言えば罰せられるべきだし、それが許されてしまうことで今後の社会への影響があるとも言えます。  ただ、「訴えられなかっただけのセクハラ」が日常的に行われている会社なんて山ほどあるだろうし、セクハラといっても程度によって様々です。全く同じ発言であっても、TPO、または相手との関係性によって許される場合もあるし、人によっては許されないと思う人もいるでしょう。  DaiGoについてはどうでしょう。生活保護受給者の生命を軽んじる発言を行い非難されましたが、あそこまで過激でなかっただけでいわゆる優生思想的な発言を行った芸能人は他にもいます。例えば、松本人志は2年前に犯罪者のことを「生まれついての不良品」と表現しています。  古市憲寿が今回の件と死刑制度の是非を関連付けたことで批判されたというニュースもありましたが、実際、根底のところで共通する問題としてはあって、つまり、DaiGoの発言や思想が罪であり悪であるとするのであれば、死刑制度を肯定している全員が罪でも悪でもないという論理はどこから導くことができるのか。  現代的寛容、他者を尊重するというのは、このような簡単に割り切れない問題を複数抱えています。  まず自分がこの本を読んで最初に気づかされたのは、この「現代的寛容とは実践の難しいものである」ということそのものです。  多様性の尊重というのは言葉としては単純明快であるが故に、それをわかった上で実践できていないのは単に精神的に未熟、または努力が足りていないと、それを追い求める人ほど思ってしまいがちな面があると思います。少なくとも私はそうでした。  自分に対して危害を加えるものに対して寛容に接しようと思ってもなかなかできないし、危害を加えられなかったとしてもどうしても理解できないものはあるし、そういったものに反射的・生理的・本能的に不愉快さを感じてしまう。自分がそうなってしまうのは、自分の心が狭くて意志が弱いからであって、本当に多様性の尊重を実践している人はこのような困難にぶつかることはないのだと。  しかし実際には、そもそもの思想自体がパラドックスを孕んでいて、この本でフィーチャーされているロジャー・ウィリアムズがそうであったように、どんなに意志の強い優れた人であってもそれを追求する段階で必ず、そう簡単に割り切れない難題に直面するわけです。

寛容は嫌いなものに対してのみ可能である

 そもそも、「寛容」という言葉自体が、自分が嫌いなものや悪しきものに対してしか成立しない、ということを筆者は指摘しています。
ここには、研究者たちが「寛容のパラドックス」と呼ぶものの一つが潜んでいる。寛容であるためには、相手を嫌いでなければならない。なぜなら、寛容とは嫌いなものや悪しきものに対してのみ可能だからである。誰も、「自分はアイスクリームに寛容である」とか「お年玉をもらうのに寛容である」などと言って威張る人はいないだろう。(No.853-857)
 正直に言って、私はこの文章を見た時、頭をガツンと殴られるくらいの大きな衝撃、価値観の揺さぶりを受けました。考えてみれば当たり前のことなのですが、考えたこともなかったなと。  つまり、本当に「他者のことを理解して受け入れる」ということがあらゆる他者に対して徹底できている人間しかいない社会では、「寛容」というものは存在しないはずです。  他者に対して間違っている、悪であるという気持ちがある時点で、そもそも他者のことを尊重できていないのだから、この世界には正しいもの、善いものしかないので、「寛容に接しなければ」なんて考える必要もない。  逆に、間違っていて悪であると見なせる相手がいるとすれば、それは例えば殺人犯のように明らかに他者の権利を侵害している存在であるので、寛容に接する必要がない。  そして、多様性を追っているはずの今の社会が明らかに寛容さを失っているように見えるのも、これで説明が付きます。  リベラルは、多様性を尊重しようとしているので、「悪ではない」と考える範囲はおそらく保守より広いが、一方で「悪であるが罰しなくて良い」という領域については何も触れていないし、正しくないものを許容しようとは考えていない。  それは「ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)」という言葉にも象徴されています。  だから結果として、ヘイトスピーチから女性蔑視まで、その全てに対して目を光らせ、問題があれば全て正そうとし、結果的に、リベラルが発信力や影響力を強めるほど、社会が息苦しくなっていくような感覚を与えてしまっている。
 政治の世界では、こうした感情的動員への反動が「リベラル疲れ」となって表現されている。ルイジアナ州に住むティーパーティ支持者の一人は、事実ではなく意見ばかり押しつけてくるCNNテレビにうんざりする、とこぼしている。客観的なニュース報道を見ようとしてチャンネルを合わせるのに、アフリカの病気の子どもを映し出しては、視聴者の同情に訴えかけ、「この子をかわいそうだと思わないなら、あんたは人でなしだ」と言わんばかりだからである。(No.3752-3758)
 これはアメリカでの事象ですが、日本でもマスメディアに対してこのような不満を持っている層は少なくないでしょうし、そういう人たちが反動としてYouTuberの過激な配信に流れていくのも反動の1つと言えます。

中世的寛容とは何か

 そのようなジレンマを抱えている現代的な寛容論に対して、『不寛容論』が大部分を割いて取り上げているのは「中世的寛容」です。  宗教と政治が現代のように分離されておらず、当たり前のように国教として紐づいていた時代に、異教徒や、「教義を厳密に適用すると悪とされてしまうが社会的になくすことのできないもの」を取り込む手段として用いられていたのが、元々の「寛容」という概念でした。  現代的な寛容との違いの中で大きなものは次の2点です。
 ここからして、中世の人びとがもっていた寛容理解の二つの特徴が明らかになる。 第一に、寛容とはあくまでも悪に対する態度のことである。(中略)寛容の対象になるものは、悪であり続け、その悪が是認されたり割り引かれたりすることはない。ただ罰せられずにいるだけである。(中略) 第二に、寛容とは「より大きな悪」を防ぐための便法である。(中略)複数の取り得る道をあれこれと比べてみた上で、いちばん害の少ない道を選ぶのである。(No.804-818)
 この本で大きくクローズアップされるロジャー・ウィリアムズもそうですが、中世の人々の根底には強固な宗教観があり、それが正しいこと自体には疑いを持っていないので、神の教えに(異教徒も含めて)全員が従うのが自然だと考えています。とはいえ、異教徒全員を殺したり社会から排除したりすることはできないし、改宗を強制することも基本的にはできない。  だからこそ、それを「罪ではあるが罰しない」ための論理として「寛容」という概念があり、それは「罰する方がより大きな悪になるから」避けるというものです。この場合、寛容に接するかどうかの基準は「寛容に扱うことでより大きな悪を避けられるかどうか」になります。  この考え方の是非は置いておいて、「寛容」の本来の意味はこのような、利己的で計算高いものでした。  このような中世的寛容がそのまま現代に通用するかと言えばそんなことはなく、特に、国や政府、社会全体としてこのような考え方を持つというのは、「自分たちの利益に適う場合のみ存在しても良い」というような、強権的な支配になってしまうでしょう。  裏を返せば、今の自民党はリベラルよりよほど「寛容」であるとは言えるかもしれません。主義主張としては完全に右派だし、差別的な発言もたびたび飛び出していますが、一方で明確な不正と言えば自分の身内を厚遇したり私腹を肥やしたりする程度で、権利を制限するような行為や迫害をしているかと言えば別にそこまででもない。今より良くしようという方向もあまり見えませんが、今以上に差別を強化した例もあまりない。  ……今の日本が中世ヨーロッパと同じ政治状況だと考えるとそれはそれですごくやるせない気持ちにはなりますが、まあ、そんなに外れていないような気もしますが、  ともかく、国や社会レベルの行動規範としてどうしていくべきかということについてはそう簡単に答えが出るはずもないし、正直、私がここで何か言ったところで大した意味もないので、一旦棚上げして、  この記事の主題である、個人レベルの行動規範の話に移ります。

中世的寛容と現代的寛容のマージ

 冒頭で引用したあらすじでは、中世的寛容について「キレイごとぬきの政治倫理」という言葉が使われていますが、  おそらく、「多様性」という理想に対する反論として最もよく使われるのがこの「キレイごと」という言葉ではないでしょうか。  「他者に対して寛容である」「多様性を認める」という趣旨の言葉を聞いたことがないという方はいないと思いますが、実際のところ、その言葉が空虚で胡散臭いもの、特定の誰かに利するものに聞こえることが多いと思いますし、  そして、私がここ数年何となく考えていた、「多様性を認めることは本当に正しいのか」「他者の考え方を全て受け入れることはできるのか」という悩みも、一方でそれと同じ発想の延長線上にあるものだと思います。 、  個人レベルの行動規範として考えても、寛容であろうとする、多様性を尊重しようとする、というアクションはあまりにも困難が多く、そう簡単に割り切れない問題がたくさん立ちはだかっている。  「全ての他者を理解して尊重する」という現代的寛容は、「どうしても理解できなかったものに対してどう接するか」「自分に危害を加える相手も尊重すべきか」ということについて何も教えてくれません。  その帰結として、現代的寛容の側に立とうとする人々は、結果的に自分と違う考えの相手に対する不寛容を強めていくようになってしまっているようにも見えます。  多様性を愚直に追求しようとすると、この世界には毎日数えきれないほどの不正や悪や不愉快、多様性を否定するものが蔓延しています。その全てに対して異を唱え続け、  自分自身も含めて、それを100%常に実践し続けられるわけではない社会に生きているのも事実で、それを常に「これは正しい、これは正しくない」と綺麗に分けられるのか。  このような終わりのない問いを避けるために、中世的寛容をそのまま適用して、「自分の思想と異なる他者は間違ってはいるが、自分に害を為すわけではないので存在しても良い」という態度で生きるのは、もちろんあり得ないでしょう。あまりにも失礼だし、現代で受け入れられる価値観ではない。  私自身としても、現代的寛容、他者の尊重が重要だという考えは変わっていないし、それを諦めるつもりもありません。  ただ、うまく両者をマージすることはできるのではないかと思います。  つまり、「基本的には他者を尊重するし理解しようと努める」が、「自分の価値観と照らし合わせてどうしても認められない悪であっても、それを完全に否定することでより大きな悪が生まれるのであれば、そのままにしておいても良い」ということです。

グレーゾーンとしての寛容の実践

自分が不寛容な人間だとは認めたくないものである。すると、残る選択肢は「相手に非があるからしかたがない」という正当化である。昨今の社会問題では、何かと窮屈な正義をふりかざす人が目立つようになったが、それは結局のところ、自分が不寛容だという事実に目をつぶりたいからなのかもしれない。普段なら、本来なら、自分はもっと心の寛い大らかな人間なのだが、相手があまりにひどいから、やむなく社会正義のために批判するのだ、という自己解釈である。(No.3725-3729)
 今までは、例えば多様性を否定する何かを見た時に取れる手段が、「その考え方を理解して肯定する」か「考え方を理解できないものとして否定する」かという、白か黒の2パターンしかなかったのですが、  そこに、「理解できないが容認する」というグレーゾーンを選択肢に加えるということになります。  例えば、DaiGoの発言自体は、悪であり、誤りで、許されるものではない。ただ、DaiGoが今すぐ全ての仕事を失って社会から排除すべきかというと、それは、社会として「より大きな不寛容」を生み出すことになると思います。  だから寛容に認める。ただ、そうしたからといって、その発言自体を正しいと思っているわけではない。明らかに悪で、誤っている。誤りだと主張し続けることと、でも存在していいと許容し続けることは、矛盾していない。  逆に、自分の中で以前から許していたもの、例えば「このご時世にパーティーをする人」、「夜中に街で大騒ぎしている酔っ払い」あたりも、厳格に自分の中の論理で言えばあり得ないし、自分に対する害が全くないわけでもない。  「浮気・不倫をする芸能人」なんかは、私自身への害はなかったとしても、被害者もいるので、「正しい」とは到底言えない。  ただ、それを厳密に責めることは社会の、そして自分自身の息苦しさに繋がると思っているし、当事者間での問題であって社会的制裁が必要なほどの悪ではないので、容認する。有村昆もアンジャッシュ渡部も東出昌大もさらば東ブクロも鈴木達央も、正しくはないけど、活動を続けていてもいい。  害という側面だけ言えば、例えば「何となく喋り方や態度が不快な同僚」とかも、嫌ではあるけれど、あえて争いを起こすほどの問題が起きているわけではないので、それはそれとして付き合う。嫌いだという気持ちそのものを消そうというところまでは行かない。  ……こうして考えると、私自身は意外とこの本を読む前から寛容を実践できていたような気もしますが、  ここ数年、こういう本来許されるべきではない社会悪を許している自分はその悪に加担しているのでは、という罪悪感がずっとあったので、それだけではないという論理的な土台を持つことは自分の生きづらさを軽減してくれるように思います。  もちろん、この考えが全てを解決してくれるわけではありません。結局どこかで黒とグレーゾーンの線引きはしなくてはならないからです。芸能人が女性問題で謹慎する必要はないと思っているけれど、だいぶ昔の事件ですけどTOKIO山口達也はちょっと同列視しにくいな、とか。でも一生表舞台に出るべきでないとまでは言えない気もする。DVとかパワハラはどうだろう。  あらゆる差別に関して「自分には関係ないから」という理由で関与しないというのはそれこそ差別への加担になってしまう。全てに対して声をあげることを止めてしまったらやっぱり社会は変わっていかない。  「自分の害にならないから悪を許容する」というだけだとあまりに都合の良い身勝手な論理になってしまうので、そうではなく、「より大きな悪を避けるために許容する」というポリシーが必要だけど、きっと現実世界にあるのはちょうどその中間に属するものばかりでしょう。この部分はずっと考え続けていかなくてはいけないテーマだと思います。  ただ、少なくとも善悪に二分するしかないと考えるよりは、柔軟に物事を捉えやすくなるのは確かだと思います。  そして、そういう割り切った寛容さを持った人が増えてくることで、今のこの息苦しさに包まれた社会が多少は生きやすくなるのではないか、と思うし、特にリベラルとされている集団の中に増えれば、もう少し社会における多様性の受容もされやすくなるのだろうなと。そういう意味で、これは間違いなく今もっとたくさんの人に読まれるべき本だと思いました。  少なくとも自分自身では、これからの行動規範として、自分の周りの人や社会との関わりではそのような実践を目指そうと考えています。そういった新たな視座を与えてくれたこの本に出会えてよかったです。 --------------------  余談ですが、この記事を書きながら面白いなと思ったのは、この記事を通して考えていることって、全て現実的なアクションの話ではなくて、「自分のこの心のモヤモヤの落としどころをどこに置くか」という話でしかなかったりします。  例えば、今までは「松本人志は悪だから罰を受けるべき」だと思っていたのが、「松本人志は悪だが罰を受けるほどではない」という風に考えが変わったとして、別に現実的には何も変わらないわけです。罰する権利も権力もないので。許さないと決めたとしても、別にそれで署名集めたりタウンワークにクレーム入れたりはしませんし。  つまりこれは自分がそういう「許せないが現状維持にしておくしかないもの」を見た時に、どう考えれば自分の価値観に背いたことにならずにいられるか、という、悪く言えば後づけの論理です。  そして、この『不寛容論』の中でも、「寛容」というのはそういった後づけの論理だということが示されています。   ...

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ひとりごと 4か月前

更新

暑すぎますね。今日は寒いですが。  家の中では常にクーラーがついているので暑いよりも雨の方が嫌です。 --------------------  前々から悩んでいたiPad Airを買いました。 20210802_102623  買ったのですが、ここで中途半端に感想書くと満足して絶対レビュー記事書かなくなるので止めておきます。いい感じです。書きたいと思ってはいるのですが、なかなか文章の構成が思いついていないので先送りになるかも。……でも9月に新型発表されそうだよな……。  最終的に結局書かないまま年末の振り返り記事でいろいろ書く可能性も高いです。満足度は高め。 --------------------  先週の月曜日にワクチン接種の2回目を終えてきました。  まあしんどかったです。接種した翌朝あたりから熱はかなり上がったのですが、とはいえそんなにつらくなる様子もなくて「これは杞憂だったかな……?」と思ったらその夕方あたりに強烈な頭痛に見舞われて地獄を見ました。「頭が割れるように痛い」という比喩通り。  まあ本当にきつかったのはその一瞬だけで、夜にはまあちょっと頭の痛さは残っているものの普通に動けるくらいだったし、その次の日には仕事にも復帰できたのですが。肩の痛みはなぜか1回目の方が全然痛くて数日残ったのに、今回はそうでもなかったです。単に注射した人の腕前の差かもしれませんが……。  結局ワクチン2回打ったら出歩いて良いのかどうかについて誰も何も発信していない感が何とも言えない。ですがまあ個人的には別に何かを我慢してるという感じもないので粛々と今まで通りの生活を続けます。  なんかこう……別にどちらにも味方できないというか、基本的には政権批判とかしてるツイッターアカウント、わかりやすいところで言うと能町みね子さんとかに対して、今まではある程度は共感というか、自分が同じことを言えるかはともかく「ちゃんと良くないものに対して怒りを向けるエネルギーがあって凄いな」という尊敬の念があったんですけど、  今はそういう人(※能町さんがそうであるという意味ではありません)が同じ口で「今飲みに出歩いている人は頭がおかしい」とか「早くロックダウンすべき」とかそういう他者を抑圧して多様性を投げ捨てることを平気で言い出しているのでなんかもう面倒だなあと。その中には1割くらい、ちゃんと……というのも自分が正しいという側に寄りすぎてしまいますけど、現実的に社会が回るような方向に進むことを期待している人もいるのですが、  結局それって多様性を守りたいわけではなくて自分と自分の好きなもの、自分の考えを守りたいだけ、または自分の嫌いなものを責めたいだけだったのかなという。……でもこの懸念それこそ昨年春の時点で東浩紀さんが提起していたことそのものだよなー。  いや、でもほんとここ2年くらい思ってますけど、テレビのワイドショー観たりとか、ニュースに対していちいちお気持ち表明する人をSNSでフォローしたりとか、そういうインプットを続けている人、鋼のメンタルすぎませんか。凄いと思う。某市長の件とか、ぼんやりニュースのタイトルだけ見て知ってるくらいでも不快なんですけど、TLで「気持ち悪い」とか「あり得ない」とかそういう解決する気もないくせに不快さの膨張に加担するだけのツイートを何十件も観てたら私だったら精神病んでると思う。怒ったところで何にもならない社会悪に対してちゃんと怒れる人はよくそのエネルギーあるよなあ……といつも思います。  というよりもSNS上の人格と現実の人格を適切に使い分けているだけなのかもしれませんが。ツイッターで怒ってる人と現実世界で出歩いてる人、全員ではないにしてもある程度は被っている気がするんですよね。こうやって書いている私も、感染リスクの高い行動は控えてると思っていつつ一人で外食とかは平気でやってるし、そういう私のことをあり得ないと思っている人が複数人の食事だけは行ってたりすると思うんですよ。「一人での食事はテイクアウトしても一緒だから店で食べる必然性がなくて悪質度が高い」みたいな。それはそれで考え方として理解できるし。もちろんそれは全部認知バイアスですけど、そういう「自分の中ではOKなライン」の積み重ねが今だと思うので。  あ、私は別にカラオケで飲み会して窓から落ちるくらいはしゃいだ人のことさえも非難するつもりは特にないですし、今の感染者数に対しても問題だとは思っていないので、今のままそれぞれの判断で生きていく状態が維持されれば良いと思っています。 --------------------  STUDIO COAST営業終了。まあ寂しいですね。  やはり自分の中ではこの写真の記憶が強い。  この時が初めてではなかったはずなのでもう1回くらい行った記憶はあるのですが。DEEP/SEEKかな。  まあライブという文化そのものが完全になくなるということはないと思うので、数年後にまたライブ会場が少しずつ増えていくことはあると思いますが、それはそれとして、2010年代のアイドル・バンドブームの象徴的な施設が次々となくなっていくのを見ると、  2020年というタイミングにコロナ禍が重なったことで、こういう施設の閉鎖や新しい技術の導入が、2010年代と2020年代、平成と令和の明確な区切りになっていくような気がしました。厳密には令和1年時点ではまだ……みたいな豆知識とともに。 --------------------  毎週更新と言いつつ先週しれっと更新なくてすみませんでした。  お盆休み、ブログたくさん書こうと思っていたのに、それどころか更新が減るという体たらくでした。  実家帰ったりとかそういう完全にプライベートの出来事は別に書かないし、先週前半はワクチンで寝てたし、それを取り戻すために仕事してたりで、単純に書くことがなかったです。  仕事、全体的な作業時間としてはかなり多いしそれなりにコミットできていると思うんですけど、  もう勤務時間外の夜とか休日に作業することを自分の中で当たり前のものとして受け入れた結果、逆に日中の進捗が悪くなるという問題が発生していて、そのあたりの時間の使い方をもう少しどうにかしたいなあと思っています。  実際フルパワーできっちり10時間連続で働き続けるのは厳しいので、ある程度休憩を挟んだ上でというのは理に適ってはいるのですが、だったらその休憩時間でブログ書いたりとかそういう風に振り分けられたら……と思いつつ、そのエネルギーがないことには変わりないので難しいところ。  ぼんやりとした「別に今週とか今月の単位でやる必要のないけどそのうち進捗を詰められそうなタスク」が何となく溜まっていて、なのであんまり休みなのに気持ちとして休まらないんですよね。気持ちが休まらない時はブログが書けない。まあでもiPad Airのレビューはどうにか……今月中には……みたいな気持ちです。 ...

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ひとりごと 4か月前

繋がり

8月になりました。相変わらず本当に暑いですね。  お昼だけ買いに行こうと思っていたのにスタバのフラペチーノを買う誘惑に負けてしまう日々が続いています。アイスコーヒー作るようになって出費が減るとは何だったのか……。あ、でも牛乳とかカフェベースを買う量は減ってるのでその点では節約になっているかも。  この1週間はfhánaの『愛のシュプリーム!』をずっと聴いています。誇張抜きで朝から晩まで。ラジオ聞いてる時間とMTG中以外は常に流していると言っても過言ではないと思います。  リズム、曲調、歌詞、何もかもが癖になる。MVも良い。  ストリングスやブラスがオシャレな感じで入っているのも好きだし、イントロ・Aメロ・Bメロ・サビ・Cメロと次々に転調していくので聴いていて楽しすぎるし飽きない。off vocalもたくさん聴いてます。  ラップパートの歌詞に関してはいわゆるヒップホップ的な固さはないものの、歌とラップの中間という感じでアニソンとしては完璧。そしてラップがあるからこそ際立つサビのメロディが本当に好き。中毒性高い。  ラスサビの『最後まで未来見せて』→『握った手のひらから』で1オクターブ以上のジャンプを違和感なく歌いこなすtowanaさんが凄い。  fhána楽曲の中だと『Hello, World!』と『星屑のインターリュード』が好きでしたが、この曲は完全にトップ。というかたぶん今年のベスト。  1期OPを発展させたような攻め方と、華やかさの中に切なさを感じさせる曲調、これぞ2期OPという感じで、サビ後の余韻などが全部ツボ。京アニ的には『Utauyo!!MIRACLE』あたりが近いかも。  2019年時点で出来上がっていたというこの曲、愛というテーマがその後の、京アニをめぐる事件と社会をめぐる事件によってより大きな意味を持ったのもいろいろ考えさせられます。  その流れで興味を持ったので『小林さんちのメイドラゴン』もプライムビデオで半分くらい観ました。けどまあ何というか、アニメを好きな人が毎週観るのに向いている感じがしました。一気見しようと思うと、観ててつまらないとは思わないけど別に続きを絶対観たいとも思わないというか……。

 この動画が面白かったです。  ごちうさの面白さってまさにこの動画でFUJIWARAがやってることをツイッター実況とかニコニコのコメントでやってただけだと思うんですよね。コミュニケーションを媒介する素材としての、可愛さ以外の要素を全部抜いたことによる万人受けというか。  ごちうさの別に面白くないギャグっぽい何かに対して「????」みたいなコメントとか別に当時からついてたと思いますし……。2期とか3期まで含めて全話そうなのかはわからないので、通して観たら意外と成長とかもあったのかもしれませんが。  ちなみにさくら荘は観終わりました。次は『Just Because!』か『宇宙よりも遠い場所』を……と思ったらプライムビデオで配信されてなかった。悲しい。いつかHuluかNetflixに再入会したら観ます。  そうそう、ハライチと言えば今週の『ハライチのターン!』も良かったです。にゃんぞぬデシのバースデーソング、打ち込みのクオリティが上がっているのもさることながら、この1年のラジオネタを織り込んでくる歌詞が毎年上手すぎる。  オードリーの100回ごとの記念回での最後のダイジェストとか、霜降りANN0の2部ラスト回あたりもそうでしたけどこういう振り返り演出が本当に好き。ラジオって毎週生放送でやっていて別に脚本があるわけではないのに、続けているとちゃんと盛り上がりがあって伏線回収的なストーリーがあるのが凄い。  そして、同じ0時台で録音であってもこういう企画をハライチが定期的にやってるのと比べると、アルピーDCGの熱のなさは何なのだろう……。  と言いつつアルピーDCGも最近は半分くらいは聴いてます。絶対聞くというルーティーンに組み込まれてはいないのですが、何だかんだで日中にタイムフリーで何かラジオ聞きたいなという時間ができたらまず最初に流すというか。  毎週聴くのがオードリー、霜降り、ハライチ、さらば、それ以外に聴くことがあるのがアルピーと佐久間P。という感じです。あ、あとYOASOBIは相変わらず安眠ラジオとして毎週寝れない時に何回も聴いてますがコーナーの記憶は全くありません。  ラジオ、基本的には全部タイムフリーなんですけど、金曜日の夜はちょっと早めに寝ようと思って霜降り明星のラジオをリアルタイムで聴き始めたら、たまたま粗品がワクチンの副反応で休みというイレギュラー回でした。  「接種した2日後はさすがに大丈夫だろうと思ったら当日から全部休んだ!」w  途中で寝てしまったんですけど、1時間くらいして起きてもまだせいやがメールに対してツッコんでいて夢か現実かわかりませんでした。  いや、このラジオ自体は神回だったんですけど、明日2回目の接種を控えてる身としてはあまりにも怖すぎる……。  周りの人で今週とかに2回目打った人たちも、1回目の時は熱が出なかったという人たちが次々と38℃近くの熱を出していて、1回目で熱が出た身としてはもうコロナにかかるよりよっぽど怖い。  解熱剤も熱さまシートも全部買って備えて、今日は大量に作り置きを用意して寝ようと思っています。  自分の身体が結構弱いんだなというのを最近改めて自覚していて、風邪とかではないんですけどずっと疲れている感じがあったので、2週間ほど前から整体に通い始めました。  家のかなり近くに最近新しく整体がオープンして、そこが初回限定で安くなっていたので、正直整体が何なのかもよくわからずマッサージと似たようなものという認識で行ってみたのですが、  そこで骨盤のズレを測定してもらった結果、整体の人が引くくらい骨盤歪んでるし身体も固いしで、そこから週2で通い続けています。  身体が重くて足がずっと疲れている感覚、体感だと10年くらいずっとそうなので治るとか考えたこともなかったんですよね。重力がかかっている以上は一定の負担がかかり続けているのは当たり前だと思っていたというか。でも実際に整体行き始める前と比べると脚の凝りが多少は改善されてきている気がするので、たぶん効果はあるのだろうと思います。パソコン作業中の姿勢とかも少し意識するようにしたり、  それにしても高い。一昨年くらいに通ってたてもみんの2倍くらいした。高いだけの効果はあるので別にいいんですけど、前の会社にいた頃の給料だったら絶対2回目以降行ってないので、資本主義を感じる。  けどそもそもこんなに疲れてるのも今の会社にいるからだと考えると、何を何で買っているのかわからなくなりますね。  ちょうど1ヶ月前の記事で、
7月の評価面談とボーナス査定は結構大事。正直これでちゃんと評価されなかったらさすがに心折れると思います。
 と書いたんですが、その評価面談の結果が返ってきて、無事にちゃんと評価されました。  というか、正直給与が上がりすぎて自分でもちょっと怖くなってきています。  いや、なんというか、高校の頃までの自分は、基本的に今いる世界に対してずっと不満だったり対抗心だったりを一番に持っていて、もちろんいろいろ上手く回ってることも多かったし友人がいなかっ。 たわけでもないし、自分の性格に問題もたくさんあったし今考えるとあり得ないこともたくさんあるんですけど、一方で凄く嫌なこともたくさんあったし周りに嫌な人もたくさんいたし。  それが大学に入ったこととバイトを始めたことで、自分のそういう周りとの軋轢みたいなものが100%自分のせいではなかったというか、自分のそういう違いが許容されて決定的な問題にならない環境であれば馬鹿にされることも見下されることもなく生きていけることがわかって、  とはいえ社会に対してもずっと怒っていたし生きづらさとか満ち足りなさもずっと感じていたし、前の会社も何とかやっていけてはいたけど会社に苦手な人もたくさんいたし給料も良くなかったし。  それが今の会社に転職したことで仕事に対する不満がほとんどなくなって、給料も上がって、最初の1年くらいはこれまでの苦労だったりずっと続いている家族周りのトラブルだったりを考えたらたまにはこういう幸せな時期があってもいいのかな……くらいでいたんですけど、  さすがにちょっと今の状況は幸福度が上がりすぎていて、これはどこかでめちゃくちゃな不幸が起きないとバランスが取れていないんじゃないかという不安があるほど。今の仕事も大変なことはありますけど、でも他の仕事よりは全然楽しいことの方が大きいし、それでいて給与だったり待遇面では何の不満もないしで。    まあそう思ったところで別に何ができるわけでもないし、結局この状態がそんなに長く続くわけでもないし、たぶん人生の中でどうしようもない不幸な期間もそのうちまた訪れるだろうと思うので、今のところは与えられた幸せに感謝しながらやっていくしかないのですが。  そして当然、そういう今の幸せな状態を維持し続けるためにも頑張らないといけないなと思います。  先月にも少し書きましたが、結局会社の中での立場が上がっていくというのとイコールで自分が責任を持つ範囲も広がっているというか、言われたことだけやっていれば評価される段階を既に超えている感じがあって、それができると期待されているからこその給与改定なんですけど、それはつまり自分が能動的に動かないと評価が下がるということでもあるので。  私は根本のところで普通に指示待ち人間というか笑、本当に能動的に何かをやるつもりがあったらそれこそプライベートの開発とか趣味での創作活動とかやってるんで、自分が責任を取りたくない気持ちが強いんですけど、まあそうも言ってられないのでちょっとずつ意識を変えて取り組もうとしています。ここ最近は特に。  とはいえ今週はちょっと働きすぎた……。連休明けというのもあって木曜あたりに体力の限界をえていました。こういう状態が続くとたぶん早死にするんだろうなと思っているので、ほどほどにしたいです。  まあ今週はワクチンの副反応で火曜日休みになるのがほぼ確実なのでそこは救いです。いや、働くよりもしんどい可能性は高いですが……。 --------------------  なんと今日の記事はここまで話題の転換なしでした。  珍しくシームレスに繋げられそうな話題が多かったので試しにやってみましたが、とはいえあんまり読みやすい感じにもならなかったので来週からはたぶん元に戻します。  毎週更新も7週目。結構ここ最近の記事、割と安定して良いクオリティの記事が書けているのではと思っています。先週の開会式の話とか。  こういう思考や感情をちゃんと言語化して整理する時間はそれはそれで大事だなと思っていて、特に今は平日も休日も、空いてる時間は基本的に全て仕事に使っているので笑、そういう中でブログを書くことによって1週間の区切りみたいなものが生まれているのは、結構良い気がしています。  4月に試した毎日更新と、去年後半あたりにやっていた「月に1~2回の更新で思ったこと全部吐き出す」のいい感じの折衷案というか、毎週くらいだったら書きたいなと思ったことだいたい全部なんとか思い出せるので。  それはそれとしてお盆休みこそはもう1個くらい記事書こうと思ってます。。。レビュー記事とか久々に。ぜひよろしくお願いします。 ...

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