ひとりごと 2週間前

ポジショントーク

9月になりました。急に寒くなってきましたね。  今年の夏、確かに暑かったけど意外と暑かった時期が短かったような気もしつつ、自分の体感での時間の流れが速くなってるだけかもしれない。結局出かけたりといった用事もあんまりなかったですしね。 --------------------  9月になったのでスタバの秋の新商品。パンプキンスパイスラテ。  割と美味しいです。ものすごく気に入ったというわけでもないけど、たぶん売ってる限りは優先的に頼んじゃうなーという感じ。チョコレートソースを無料で追加するのが結構よかったです。  夏の期間限定ドリンクはだいたいフラペチーノになっちゃうから日常的に飲みづらいんですよね。甘さ的にもボリューム的にも値段的にも。その点、これとか冬のジンジャーブレッドラテとかはずっと飲み続けられるので本当は1年中置いてほしい。  スタバでいえばフラペチーノのプラスチックストロー完全廃止のニュースも。まあもちろん嬉しくはないです。すぐふやけるし。  本当はマイカップとマイストロー持って行っても良いんですけど、モバイルオーダーできないのが困るんですよねー。マイカップをお店に預けておいてモバイルオーダーで入れておいてほしいです笑 --------------------  『うっせぇわ』を初めて聞いた時に、若い世代の主観的な視野の狭さだったり、違う世代の言語を理解できない社会の分断みたいなものを表現するためにあえてああいう言葉選びをしたのかなと思ってたのですが、  同じsyudouさん作詞作曲で、マヂカルラブリーをオマージュしたとされる『爆笑』が、比喩とダブルミーニングとか何もなくてただ単にマヂラブのM-1獲るまでの流れをただ並べて曲を付けただけのオリジナリティゼロの歌詞だったのを見て、あーこの人は言いたいことをお洒落に言い換えたりできない人なんだなと腑に落ちました。 --------------------  お盆休みあたりに思い立ってWindows 11 Insider Previewを入れてみました。  今のところ快適です。というか、設定メニュー、アクションセンターなど、中身はほぼWindows 10でUIが洗練されている感じ。ところどころ日本語が怪しいところはありますが、1ヶ月後の正式リリース時には直っていることでしょう。(本当はフィードバックとか送るべきなのですが)  ちょっと残念なのはWindows 8 から進められていた「スタートメニューとタスクバーの分離」をMicrosoftが諦めてしまったらしいところ。スタートメニューによく使うアプリを全部ピン留めして、タスクバーとデスクトップには何も置かない、という方法で綺麗に保っていたのですが、  Windows 11 では 6x3しかスタートメニューの1ページ目にピン留めできないので、割と最低限のものしか置けないなーと。なので結局タスクバーに登録するWindows 7までのスタイルに戻さざるを得ない。 image-20210905142114368  でもアイコンがWindows 10の時よりも可愛い感じになっていて既に愛着が湧いています。あとIE11が完全消滅しているのも英断。 --------------------  そんなわけでWindows 11を先行体験してしまったことで逆に10月の楽しみが1つ減ったのですが、それはそれとしてSurfaceの新製品発表会の予告が。 ASCII.jp:Microsoft、9月22日にSurface新製品発表か!?  Surface Pro 8、さすがに出るとは思ってるんですがどうしようかなーという感じ。今のSurface Pro 7で困ってないし、どちらかというとメモリ積みたいのは会社用PCだよなーという部分もありつつ、とりあえず楽しみに待っています。情報出たら買いたくなってるかもしれない。  Windows 11が実質的にWindows 10.1だったというか、Windows 8みたいな攻めすぎて不安定なOSでないことはわかったので、次世代Surfaceも大きくモデルチェンジはしてこないと予想していて、その点で安心して買えそうだなーと思ってはいるのですが。万が一ですが急に有機EL採用とかしてきたら、死ぬほどバッテリー持たないとかそういうリスクがありそうで様子見ですね。  しかし今振り返っても2019年のガジェットの買い方は何か壊れてたなーと思います。Surface3台とiPadとGalaxy、全部10万近くする。去年は何も買わなかったけど今年はiPad買ったしGalaxyもたぶん買うと思うので、2年サイクルみたいになってる。本当はスマホはともかくPCとタブレットは絶対2年で買い換えるものではないんですが、まあ……。 --------------------  最近思うのですが、自分は他人の過程ではない結果を責めたり咎めたりすることがすごく嫌いで、  それは過程ではなく結果を責められることが本当に嫌いだからだと思うんですけど。  つまり、「100回やったら1回失敗するかもしれないこと」をやっていて失敗した時に、失敗したことを責められるのはおかしいと思うんですよね。それは、たまたまその1回で失敗しなかったら責められないということになってしまうので。  だったら、100回とも全て問題があった、1回もすべきでなかったということにするか、その1回の失敗のリスク込みで認められていたことだから1回の失敗についても問題にしないか、どっちかじゃないと論理的におかしいんじゃないかなと。  自分が車を運転したくないのもそこにあって、もし事故を起こしてしまった時に振り返ってどこで防げたかと考えると、車を運転すべきじゃなかったというところにしか求められないだろうなと。「100%居眠りをしない」とか「100回運転したら100回とも周囲のものに気を配り続けられる」という人間ではないと自分でわかっているので、もし100回運転して事故を起こさなかったとしてもそれは偶然であって、その時点で罪なので。  だから逆に、もし事故を起こしたとしても「まあでもこの何年か自動車を運転せずに生きていくのは不可能だったな」という判断できるだけの材料があったら運転するのかなあとも思います。それがどういう場面なのかわからないけど。  ということを考えた時に今のコロナ禍に対して、オリンピックは……まああれは規模的に全国的な感染拡大の原因とも言えてしまうので難しいですけど、例えば24時間テレビとかそういうテレビ局の大型特番に対して、結果的にクラスターとかは発生しなかったんだと思いますが、別に発生したとしてもやることに問題はなかったと私は思います。  それは感染者が出るリスクとリターンを比較して行われたものだと思うので。ドラマの撮影とかも、性質上どうしても対策しきれないところはあると思いますけど、じゃあゼロにすべきかというとそうではないと思うし。一斉休校を行わない判断とかも。  コロナなんて特に、どれだけ対策しきってもゼロにはできないし、逆に対策ユルユルでも意外と感染しないこともあるし、それで感染が起きたからといって対策が甘かったといって叩くのは、「武器を貰ったから殴った」みたいな偽善者に見える。  だから、出てきた結果だけを見て騒ぐ国民と、結果だけを取り上げて叩いて数字稼ぎするメディアと、それで叩かれるのが怖くて「感染者が多少出ても問題ない」と言い切れない政治家と、全部クソだなーと思います。  NAMIMONOGATARIの一件も、リスクを可能な限りでの最小限にしていなかったことは叩かれるべきだけど、リスクがゼロでなかったことで叩かれるべきではないし、その2つは明確に違う。論法としてフジロックとかその他のフェスやライブにも当てはまるロジックを、相手が殴っていい対象だからという理由だけで用いて殴っている人は、いずれもっと広い範囲でその人の好きなものにも適用されてしまうだろうなとも思います。  なんというか、別にカラオケに行きたくて我慢しているわけじゃなくて、その人にとってのカラオケとか飲み会とか旅行に値するものがたまたま自分の場合は一人でできることであっただけの人間に他人を非難する資格ってないと思うんですよ。いや、まあ感染リスクという明らかな違い、家族への悪影響があるのはわかるんですけど、  それをアリにするのって、じゃあ趣味でお金を浪費するのも老後の負担になるから家族に迷惑かけてるとか、GAFAMプラットフォームの影響力をこれ以上高めるべきではないから使うなとか、性行為の妊娠リスクは避妊しててもゼロではないから禁止すべきとか、何にだって言えてしまう。  被害者の有無の話をすると、任天堂のゲームを買うことはソニーで働いている人が困るから被害者のいる悪行だとか言われても困るじゃないですか。でもそういう仕組みを肯定しているのが資本主義社会ですよね。  人は生きている限りリスクを負っているし社会の誰かに迷惑をかけているわけで、「社会や他人に迷惑をかけるべきではない」「わざわざリスクの高い行動を取るべきではない」って正論のように見えて何も言っていないんですよね。理由になっていない。  だから「環境汚染を防ぐためにプラスチックストローを止めるべき」っていうのは何の根拠にもなっていないんですよね。「環境汚染を防ぐための施策として、費用対効果が高くて、代替案としての紙ストローによって受けるデメリットよりもメリットの方が大きいから」ならわかる。実際は手っ取り早く目につくところに手を出しただけだと思いますがまあ。  というのと同じで、「コロナの感染を防ぐために出社率を下げましょう」っていうのはまあわかるんですけど、あらゆる経済活動を全て止める方がもっと感染は防げるし、でもそれではダメな理由があるわけで、だから出社して仕事をしているし電車も動いているし、そういうバランスの中で動いている。  なのに都合よく片方ずつの論理だけを適用しているというか、「オリンピックは医療従事者を困らせるから止めるべき」「フジロックは音楽業界を困らせるから開催すべき」っていうのは全然逆のことも言えちゃうから筋が悪いよなーと思います。まあ、矛盾しているように見えるのは140字で語ろうとしたのが悪いだけかもしれないし、それを筋が悪いと思わない人が大多数なので特に問題ないのかもしれませんが。  結局のところ私のそういう他者に対する寛容さというか甘さみたいなものって全部自分が責められたくないからやってることでしかないんですよね。自分がろくでもない人間で他者から責められ得ることもたくさんしてるし、それについて責められることへの不満があって、少なくともされて嫌なことはしたくないなという。だからちゃんと自分が責められることも引き受けた上で他人を責める人はそれはそれで凄いと思います。そんな人いないですけどね。 --------------------  あ、誕生日を迎えました。お金で買えるものは誕生日とか関係なく好きに買えるようになってきたし、別に誕生日だからどうということもないのですが、今年は自分で買えないものを貰ったり余ってる有休を使ったりしてハッピーに過ごすことができました。  1年前のブログを読み直してみたのですがまあ今と同じことしか書いてませんでした。給料は上がるけど仕事は忙しい、というそれだけ。コロナに入ってからの期間ってあんまり季節ごとのイベントだったり生活の変化がないのでずっと2020年が続いている感覚になりますよね。ついこの前『さよならたりないふたり』を観たような気がする。  気づけば正式に20代後半になって多少の焦りもありますが、今のところはまあ今の会社で求められていることに対してきちんとパフォーマンスを出せばいろんな意味で困らないだろうなとは思っているので、そこをメインにやっていく気持ちにはあんまり変化はありません。  この1年で自分はいろいろと変化している、成長しているんじゃないかなとは思うんですけど、それは内から出てきたものというよりも、外部からの刺激……プライベートでの人との関わりだったり、仕事での立場の変化だったりによって求められて起きたことなので、たぶんそれが一生続いていくんだろうなという感じです。今の自分に対して不満もないし、それを継続させることだけ頑張ろうかなと。  ブログもそろそろ14年くらいやってますよ。自分でも引いちゃいますね。なんだか最近また政治的に攻撃性を持った内容が増えていて自己嫌悪に陥っているのですが。  自分の中ではTwitterとかヤフコメとかで不寛容な考えを発信しているヤバい人とは違ってなるべく他人を否定しない緩やかな発信をしているつもりなのですが、それはそうやって書いている人全員が自分だけは違うと思っているはずなのでたぶんダメなんだろうなとも。  ただ、こういうのをちゃんと……ちゃんとというか、無理することなく本心で他者に対して怒りを覚えない人もいると思うんですけど、私はそうではないので、減らすとか抑えるとかそういう方向に持っていくしかなくて、そこに努めていくしかないのかなと思います。自分の性格を180度変えられるならこんなことしなくて良いんですけど、そうではないし、それを変えることは他のいろんなところ、自分が今上手く機能している部分についても捨てることになるし、また別の問題が生じるだけだとも思うので。どうにか間を取っていきたいです。 ...

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ひとりごと 4週間前

抑止力としての

先週までようやく雨が続いていたのが明けましたね。よかったです。クソ暑いですが雨よりは僅差でマシ。  折り畳み傘を乾かすのが面倒で、濡れたままにしていたらめちゃくちゃカビが生えて、全部落とすのに1週間くらい毎日お風呂で洗い続けてました。実際に経験しないと学べない悪癖。 --------------------  先週の土曜日に『不寛容論』に関する記事を書いたので、本当は火曜日あたりに記事を上げようと思っていたのですが、平日忙しくて結局2週間空いてしまいました。  1万字。久々にこんなに長いまとまった文章を書きました。その割に全くいいねがついていないので悲しいです。  ワクチンの副反応の休みとかで暇になるかもしれないなと思って買ってみたのですが、自分でも予想以上に刺さったというか、  普通こういう本って少し読んで飽きて積んでしまうことが多かったのですが、これはあまりにも面白いというか興味深かったので最後まで読みたいという気持ちの方が勝って読み切れた。  そのくらい刺さったからにはさすがにちゃんと自分の考えていることを言語化して残しておいた方が良いかなと思ったので、頑張って書き上げました。  割と論理的に筋の通ったというか、珍しくワンテーマで自分の書きたいことを書ききれたのではと思っていて、その点では結構気に入っている記事です。自分の思ったこと・言いたいことを詰め込むとだいたい2つか3つくらいテーマが分散しがちなので。  あー、ただ上手く触れられなかった話として、「愚行権」というワードを入れられなかったのが心残り。あれも自分的には初めて知った概念だったのですが、この概念ももっと広まって良いのになーと思いました。お酒とかタバコとかギャンブルとか、止めた方が良いというのはわかるけど、でも別にやりたい人はやっていいよね、という。明確な基準があるわけでもないのにモラルとかで止めて行ったら本当に息苦しい社会になるので絶対に良くないというのはこのブログでは以前から書いてきたと思いますが、それにちゃんと名前があるんだなーと。  まあこれも結局限度の問題だし、家族とかだとちょっと話が変わってきますが、でも自分は家族がバンバン友達と遊びに行ってるのとか内心どうなのと思いつつ一切止めてないです。まあ一人暮らしだからというのもありますけど。そういうことに命令できるほど自分の価値観に自信を持っていないので。 --------------------  最近聴いてる曲。 Unison / 宝鐘マリン  Yunomi。いわゆる電子ドラッグ。  「実験的な音楽を可愛い子に歌わせて何でもアリにする」ジャンルとしての系譜が、エロゲー、アニソン、アイドルと来て今はVTuberなのだろうなと。 Rain Dropsの1stアルバム「バイオグラフィ」に堀江晶太×じんの新曲 - 音楽ナタリー (natalie.mu)  結局、音楽でお金を生まないといけないアーティストは売れ線をある程度抑えるしかない。音楽がビジネスとして重視されていないからこそチャレンジできる。フリーランスより会社員の方が冒険できるみたいな話。 星のオーケストラ / saji  たまたまYouTubeで流れてきて気に入りました。イントロのオルゴールの拍子を全く取れないところが特に好き。  全然知らないバンドだと思ったら「phatmans after school」から改名してました。ヒトリエと頻繁に3マンやってたので名前だけ知ってた。  それにしてもこのボーカルの雰囲気でアニメのOPだと『あの花』感ありますね。 --------------------  そんな曲の流れで、ちょうど仕事中に何かアニメ流したいなーと思ったタイミングだったので『かげきしょうじょ!!』を最新話まで観ました。  たまに最新のアニメを観てみようと思ってプライムビデオで適当に流すことはあるんですけど、本当に全然興味が湧かなくて止めちゃうので割と快挙。原作好きとか2期とかじゃなくてちゃんとアニメ観るのほんとに4年ぶりくらいかもしれません。最後に観たのがたぶん『宇宙よりも遠い場所』。  こういう10代の子が努力して何かを成し遂げる系のアニメ、基本的には苦手で、というかアニメに限らないんですけど、自分が一番嫌なものが「何かを達成するために、その達成すべき何かと無関係な苦難を乗り越えなければならないシチュエーションと、それを乗り越えたことで感動させようとする演出」なんですよね。  自分の内面的な苦悩と戦う話は全然いいんですよ。  いじめとかそういう、明確な行為者がいる苦難を与えられてるのを見ると、「いや、主人公の努力で何とかさせる前にそのいじめてるやつをちゃんと罰しろよ」って思っちゃうので。フィクションだと特に。  それこそ坂道シリーズのヒット祈願企画で滝行させたりチアダンスさせたりとかも本当に許せないし、『青春高校』にキレたのもその部分なんですけど、  「しなくていい努力は避けるに越したことはない」と思っているので。  努力のための努力、苦労のための苦労みたいなのを美化している世界に対しては、フィクションでも演出でもとにかく嫌悪感が凄い。  だから伝統芸能とかでよくある「弟子はひたすら雑用をやらされる」みたいなのとかも、まあ本人が望んでいるなら良いんでしょうけど、そこの判断に親が絡んでいる10代の子がやらされてるのとかは見てられない。甲子園とかもそれが嫌というところはあります。  ともかく、『かげきしょうじょ!!』、1話を観た段階だと正直この系統のアニメにしか見えないというか、スパルタ指導させられて主人公が酷い目に遭いまくりながら成長していく的な悲劇の話だろうなと思ったんですよ。  元ネタになってる宝塚自体、半年くらい前に「先輩が乗る電車が窓から見えただけで全員お辞儀する風習が廃止された」とかいうニュースを見て、「逆に今までそんなことしてたのか」と驚いたんですけど、  どうせそういう一般的にハラスメントとされる体育会的な行為がガンガンに描かれて、最終的に「それを乗り越えて主人公が成長しました、あれは必要な苦労でした」みたいな正当化が行われる話なのだろうなと。  と危惧してたんですけど、半分観終えて気づいたのは、そもそもそんなハラスメント問題とかが報じられてる大企業の劇団を思いっきり元ネタにしたアニメでいじめ描写とか出てきたら、普通にネガティブキャンペーンだから冷静に考えてOK出るわけないんですよね。  設定的には上下関係や規律が厳しいとか、トップスターを目指して争うライバルだとか、そういうギスギス感が1~2話の時点では匂わされてたんですけど、実際のところそういうシーンはほとんど出てこなくて、1話の流れだと絶対クラス全員から無視されそうな浮き方をしていた主人公のさらさも愛も意外と普通にクラスに溶け込んで、なんか全員いい人しか出てこないという。  5話の山田彩子さんのエピソードを筆頭に、ちょっとキツいシーンもありますが、あくまで自分の中での自発的な成長がメインになっていて、外部から悪意を持った誰かに何かをされるというシーンがないので結構観やすかったです。  まあここから最終回付近でさらさが退学の危機! みたいな展開になる可能性もなくはないですが、今のところ自分がここ最近観たアニメの中では割と当たりというか、逆にあんまりアニメ観てない人でも楽しめるタイプの作品だと思うので、興味のある方はぜひ。  っていうか花澤さん未だに深夜アニメバリバリ出てるの改めて驚きますね。ここ最近はもはや『しゃべくり』『太田上田』『はなつまみ』『まんが未知』と私の中ではバラエティの印象の方が強かったので。『化物語』の頃にはもう認知されきってましたので15年くらいずっと第一線ですよね。凄すぎる。 --------------------  ちなみに、この前『メイドラゴン』を途中で切った話もしましたが、『かぐや様』とか『鬼滅の刃』とか、たまに思いついた時に観ようとはしてるんですよ。鬼滅に関しては1話の冒頭5分くらいで止めてしまったので、若林さんが『ひなあい』で「1話の途中で止めた」と言っていて共感しました。  アニメにしろドラマにしろ「話を合わせるために知識としてコンテンツを摂取する」ということが本当にできないんですよね。これもさっきの「論理的な必然性のない努力が嫌い」という部分と根っこは繋がっているような気がします。コミュニケーションの材料として好きでもないものを好きになろうと頑張りたいとすら思わないという。こういうところが社会的不適合なんだろうな……。  とはいえちょっとさすがにいろいろ知ってた方が良いのかなと思うことはたまにあります。ジャンプもマーベルもスターウォーズも1作品も観たことがないし、ジブリもトトロとパンダコパンダしかストーリー覚えてないし、ドラマも全然観てないし、それでいて深夜アニメとかのオタク方面も別に詳しくないという。  ここ3年くらい、興味のあるコンテンツがほんとにラジオくらいしかないので。美容師さんとか整体師さんとの会話もいつも困っています。  そんなわけで『サマーウォーズ』を冒頭20分くらい観て飽きて止めてます。あと90分で面白くなるのかな……。 --------------------  『アメトーーク』雨上がりの解散発表会。配信、何だかんだリアルタイムで全部観ました。んー。いろいろ思うところはありますね。  大元の吉本の問題が結局うやむやにされていることの違和感はありつつ、解散に限って言えば直接的には宮迫が全部悪いと言い切ってしまって良いんでしょうけど、  あの年齢であそこまで来てしまった人に変わることを要求するのって難しいし、たぶん悪意があってやったことでは本当にないんだろうし、だからこそ悲しいというか。  自殺を考えたみたいな話も、あの場で言ってしまうと言い訳でしかないんですけどでも実際嘘ではないんだろうし。何十年もやってきた仕事を急に全部奪われるのはやっぱり自己責任だけで済ませて良いものではない気がする。  放送内でのあの振る舞いも、本当に面白くしようと思ってやったことが全部空回りしてたんだろうし。悪意があるわけじゃなくて本当にただただ頭が悪いだけというか。  YouTubeを当面休止するという発表があって、(観てないけど)「何で今更?」という感じなんですが、逆に今までは本当にピンと来てなかったのかもしれないなという。  言葉として「自分が悪いことはわかってます」と口にするのは簡単で、でもそれと実際に自分が悪いと自覚していることは別で。  私自身も、口論とかになってその場では「私も悪いですけど」とか言うけど、それから数日経って初めて自分のここが悪かったんだなという実感が追い付いてくる、みたいな経験が何度もあるので。  あと、宮迫にしろ石橋貴明にしろカジサックにしろ、芸能界で嫌われてた人がYouTuberとしては成功してるのもなかなか考えさせられますよね。兄貴分的な・体育会系のノリで意外と後輩からは慕われたりしていた人たちが、YouTubeという距離の近いメディアでは成功に繋がっていて。  今回の配信での宮迫のピントのズレた発言、時代錯誤なブス弄りとかが「時代遅れ」とされていましたが、それがYouTubeでは求められていて、しかもそれでテレビ以上に稼げていたりすると、じゃあ本当にテレビに出ている人の方が新しいのか。テレビが「頭の良い人」に合わせすぎた結果、マジョリティである頭の悪い人がYouTubeに流れている……というのはさすがに上から目線すぎますかね。  テレビがマスメディアとしての特性を守るためには、YouTube的な目先のお金の稼ぎ方をしないという部分をちゃんと守ってほしいなと思うんですけど、番組の有料配信とかにどんどん舵を切ってる現状を見るとあんまりそこまで考えられていないようにも思えます。  だから逆説的に、どんなに支持されていたとしてもDaiGoや宮迫やヒカルを出演させないことにテレビの価値があるというか。その線引きはもちろん曖昧なんですけど。  インターネットに対する既存メディアの優位性って自浄作用があること、それをコントロールできることしかないはずなので。それができないなら別に利益も上げられないので本当にインターネットの下位互換でしかない。ゴシップ誌とかはもう完全にそうなっていますね。 --------------------  少し前にニュースで「ロックダウンに8割が賛成」みたいなアンケート結果が出ていた(うろ覚えです)のを見て、ちょっと信じられなかったんですけど、よく考えたら日本国民の9割は東京以外に住んでるんですよね。  仮にロックダウンが行われるとしても大都市圏だけだろうから自分には関係ないからどんどんやってくれ、みたいなことを歪んだ正義感で考える人がいても全然おかしくないなあと。  それに加えて、いまも毎日電車通勤を強制されてる人たちが少なからずいて、ロックダウンされれば会社に行かなくて済むという部分でメリットとデメリットを天秤にかけて賛成してるとしたら8割はあり得るのかもしれない。  あらゆる問題に対して簡単に意見を表明できるようになり、それが求められるからこそ、自己の考えの一貫性が重要になっているのではないかと、それこそ「五輪反対していた人たちがフジロックには賛成してる」みたいな話とかを見ても思います。自分が嫌いなものを全て排除していったら、自分自身と自分の好きなものも誰かから嫌われて排除されるって少し考えたらわかりそうなんですけど、自分の好きなものが正しくて自分の嫌いなものが正しくないと信じていたらそうなるのかなあ……。  いやほんと、今までは自民党に投票することだけは絶対ないと思ってたんですけど、ちょっと今回の衆院選は投票してしまうかもしれない……。とにかくマニフェストにロックダウンとか感染者数ゼロとかって書いてある政党を消していくと自民党しか残らないんじゃないかなって思ってます。……意外とマジメに考えて投票してるな私。別にたかが1票に何らかの価値があるとは思っていないのですが。 --------------------  なんか全体的にトゲトゲした文章になってしまいました。あんなに寛容の話をして感銘を受けたはずなのにw  何を以て抑圧と言うのかみたいな話はそういえば別軸であるんですよね。内心では嫌いなものに対しても受け入れることを寛容と呼ぶのであれば、「表面上は何も言わないけどネット上では暴言を吐く」は寛容かどうかという。もちろん違いますが。  結局、自分の中であり得ないと思うことに対して全部理解しようとするのは限界があるし無理があるなあというのはずっと思っていて、今まではそれが寛容だと思い込んでたんですけど、どこまで行っても理解できないものは悪だと断ずる思考回路には変わりないなあと。それはカウンセリングでも何度も言われたんですけど。善悪の二元論に拘り過ぎてる、という。  で、そこから抜け出す一歩として「理解も賛成もできないけどそのままにしておくしかないものがあることを受け入れる」というのはすごくスマートだししっくりきた。きっとそうやっていくしかないんだろうなと思います。 --------------------  今月、なんか結果的に隔週更新みたいになってしまいました。まあ先週の記事で私の中ではここ半年分くらいの文章を書いた気でいるんですが……。  最近、仕事でもこういう考えを言語化して文章にする機会が意外と多くて、そういう時に自分がこのブログだったり大学だったりでやってきたことは意外と無駄になっていないなあと思わされます。こういう適度にカジュアルな敬語の文章、ベンチャーにいると使う機会多いんですよね笑。  8月、生まれて初めてのボーナスも貰えて、本当に20代の人間が手にしていい額じゃない金額が口座に振り込まれてとても幸せな気持ちになりました。  有機EL版のNintendo SwitchとかSurface Pro 8とかGalaxy S21とかを買おうと思います。  割と自分はお金で幸せを買えるタイプの人間だよなーと思います。良くも悪くも。あんまり良くないかな。  少なくとも別に自由な時間がたくさんあってもダラダラしてしまうだけでそんなに幸せになれない人間であることは何となくわかったので、時間を効率的にお金に変換できているのは自分に向いているのだと思います。  次の半期目標の設定とかもあったんですけど、やっぱりどこまで行っても戦わなければいけないのは自分の怠惰さ、責任を負いたくないという消極性、コミュニケーションに対しての卑屈さ、に集約されるし、それは自分の中でちゃんと解決したいと思っていることでもあるので、やっていくしかないなあと思います。  別になりたくない自分にはならないし。相手の言っていることに耳を傾けることなく自分の主張をちゃんと押し通す強さを見せられたらもっと上手く回るのになあと思う場面もあるんですけど、それはそういう人のことを憎悪してきた過去の自分を裏切ることになるので。自分の納得する範囲で進んでいこうと思います。  で、iPad Airの記事は……まあ今週は無理だと思います。そのうち……上がるかなあ……。  ちなみにプロセカはあまりにスライドで引っかかるのでアンチグレアの保護フィルム買ったらめちゃくちゃやりやすくなりました。もう少しでアンノウンマザーグースフルコンできそうなので頑張ります。 ...

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メディア・カルチャー 1か月前

森本あんり『不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学』──良心に反しないためのグレーゾーンの必要性

先日、『不寛容論 - アメリカが生んだ「共存」の哲学 -』という本を読みました。 [amazon_link asins='B08QMYGW4D' template='Original']  作家の朝井リョウさんが「心が救われた本」として紹介していたことをきっかけに購入したのですが、この本があまりにも良かった、というか、自分がここ数年悩んでいたことや考えていたことに対しての明確な答え……とまでは行かないにしても、大きな示唆を与えてくれるものであったため、覚え書きも兼ねてちゃんと記事にしようと思いました。  なので、「この本を読んだ私が、その内容をどう解釈し、どのように自分の生き方に適用しようとしているか」という部分が主題であり、本の内容だけでなく、そこから派生して飛躍した私自身の感想が多分に含まれています。  本の内容がこの記事に書かれているテーマと一致しているという意味では全くなく、かなり個人的な意見・解釈が入っていると思うので、  くれぐれも著者の主張を正しく理解したい方は必ず元の本を読んでください。というか本当に良い本なのでぜひ読んでください。  (別にネタバレとかそういうジャンルではないので後で読んでも良いと思いますが、私の変な解釈を前提に読んでほしくない気持ちもあるので) --------------------

「わたしはあなたの意見に反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」――こんなユートピア的な寛容社会は本当に実現可能なのか。不寛容がまかり通る植民地時代のアメリカで、異なる価値観を持つ人びとが暮らす多様性社会を築いた偏屈なピューリタンの苦闘から、その「キレイごとぬきの政治倫理」を読み解く。
 この本は、良くも悪くも最近のトレンドワードとなっている、「寛容」「多様性」という言葉を巡る歴史について、植民地時代のアメリカで活躍したロジャー・ウィリアムズという人物と、彼の宗教観・他宗教との関わりを通して問い直すものとなっています。  ここで、「多様性という言葉には関心があるが宗教には興味がない」と思う方もいるかもしれませんが、現代の社会、特にアメリカという国について理解する上で宗教は不可分のものであるということは、この本を読むとしっくりくるはずです。  ただし、逆にそれについて説明するとこの本の大部分を引っ張ってくる必要があるので、なぜ宗教の理解が寛容について考える助けになるかについて、ここで一から説明することはしません。  宗教という視点を通して書かれているだけで、内容はそれ以外のあらゆる価値観や思想に置き換えて受け取ることもできる普遍的な教訓であると感じたので、この記事では現代の社会の話を中心に書いていきます。 --------------------

現代的寛容のパラドックス

 そもそも、「今の社会が寛容である」と思っている人は、あまり多くないと思います。それは今回のオリンピックを巡る様々な問題にも象徴されますが、  本来であれば多様性を尊重する方向に進み、民族差別も性差別も昔より明らかに減ってきているはずなのに、どうしてそうなってしまうのか。  この『不寛容論』の中で何度か登場するキーワードでもある、「寛容のパラドックス」は、それを考える1つの手がかりになります。  冒頭で引用される有名なフレーズにもある通り、「寛容な社会/人間は、不寛容なものに対して寛容であるべきか」という問いは代表的なパラドックスの1つですが、実はそれがすべてではなく、  「自分たちに危害を加えるわけではないが不快であるものに対して寛容であるべきか」という問いもあります。  直感的には、前者(寛容な社会を危険に晒す、他者の自由を奪うもの)は否定されるべきで、後者については肯定されるべき、とすれば収まりが良いように見えますが、実態はそこまで明快に分けられるものではありません。  今の社会が理想として目指しているのは「肯定的寛容」と呼ばれる現代的な寛容で、つまり「相手のことを理解し、敬意を持って尊重しよう」という態度です。  その理念に異を唱える人はいないと思います。全ての人間が、相手のことを自分と同等の存在だとして尊重することができれば間違いなく社会は良くなるはずです。  でも、現実世界でそれを実践しようとした時に、例えば私たちはチベットや香港に迫害を続ける中国や、まさに現在進行形の問題であるタリバンなどのことを、理解し、敬意を持って、尊重することができるのか。  人権や倫理というものが明確に善悪を分けられるわけではないし、それを相手に押し付けようとする時点で相手のことを尊重しているとは言い難い。かといって、「被害者がいるわけではないから個々の自由として容認しても良い」と言えるような状況でないのも事実です。国や民族としての自己決定権と、そこに属する全員が同意しているかどうかはどのように区別すれば良いのか。  もう少し身近な範囲で考えてみた時に、例えばヘイトスピーチの規制に対して異を唱える人はあまりいないと思います。もちろん適用範囲についての検討や恣意的な運用を避ける必要はありますが、ヘイトスピーチそれ自体は他者の権利を明確に侵害しているからです。  では、河村市長や森元首相の行った女性蔑視的な言動についてはどうか。  河村市長のあの行為自体は、端的に言って「訴えられなかっただけのセクハラ」なので、本来で言えば罰せられるべきだし、それが許されてしまうことで今後の社会への影響があるとも言えます。  ただ、「訴えられなかっただけのセクハラ」が日常的に行われている会社なんて山ほどあるだろうし、セクハラといっても程度によって様々です。全く同じ発言であっても、TPO、または相手との関係性によって許される場合もあるし、人によっては許されないと思う人もいるでしょう。  DaiGoについてはどうでしょう。生活保護受給者の生命を軽んじる発言を行い非難されましたが、あそこまで過激でなかっただけでいわゆる優生思想的な発言を行った芸能人は他にもいます。例えば、松本人志は2年前に犯罪者のことを「生まれついての不良品」と表現しています。  古市憲寿が今回の件と死刑制度の是非を関連付けたことで批判されたというニュースもありましたが、実際、根底のところで共通する問題としてはあって、つまり、DaiGoの発言や思想が罪であり悪であるとするのであれば、死刑制度を肯定している全員が罪でも悪でもないという論理はどこから導くことができるのか。  現代的寛容、他者を尊重するというのは、このような簡単に割り切れない問題を複数抱えています。  まず自分がこの本を読んで最初に気づかされたのは、この「現代的寛容とは実践の難しいものである」ということそのものです。  多様性の尊重というのは言葉としては単純明快であるが故に、それをわかった上で実践できていないのは単に精神的に未熟、または努力が足りていないと、それを追い求める人ほど思ってしまいがちな面があると思います。少なくとも私はそうでした。  自分に対して危害を加えるものに対して寛容に接しようと思ってもなかなかできないし、危害を加えられなかったとしてもどうしても理解できないものはあるし、そういったものに反射的・生理的・本能的に不愉快さを感じてしまう。自分がそうなってしまうのは、自分の心が狭くて意志が弱いからであって、本当に多様性の尊重を実践している人はこのような困難にぶつかることはないのだと。  しかし実際には、そもそもの思想自体がパラドックスを孕んでいて、この本でフィーチャーされているロジャー・ウィリアムズがそうであったように、どんなに意志の強い優れた人であってもそれを追求する段階で必ず、そう簡単に割り切れない難題に直面するわけです。

寛容は嫌いなものに対してのみ可能である

 そもそも、「寛容」という言葉自体が、自分が嫌いなものや悪しきものに対してしか成立しない、ということを筆者は指摘しています。
ここには、研究者たちが「寛容のパラドックス」と呼ぶものの一つが潜んでいる。寛容であるためには、相手を嫌いでなければならない。なぜなら、寛容とは嫌いなものや悪しきものに対してのみ可能だからである。誰も、「自分はアイスクリームに寛容である」とか「お年玉をもらうのに寛容である」などと言って威張る人はいないだろう。(No.853-857)
 正直に言って、私はこの文章を見た時、頭をガツンと殴られるくらいの大きな衝撃、価値観の揺さぶりを受けました。考えてみれば当たり前のことなのですが、考えたこともなかったなと。  つまり、本当に「他者のことを理解して受け入れる」ということがあらゆる他者に対して徹底できている人間しかいない社会では、「寛容」というものは存在しないはずです。  他者に対して間違っている、悪であるという気持ちがある時点で、そもそも他者のことを尊重できていないのだから、この世界には正しいもの、善いものしかないので、「寛容に接しなければ」なんて考える必要もない。  逆に、間違っていて悪であると見なせる相手がいるとすれば、それは例えば殺人犯のように明らかに他者の権利を侵害している存在であるので、寛容に接する必要がない。  そして、多様性を追っているはずの今の社会が明らかに寛容さを失っているように見えるのも、これで説明が付きます。  リベラルは、多様性を尊重しようとしているので、「悪ではない」と考える範囲はおそらく保守より広いが、一方で「悪であるが罰しなくて良い」という領域については何も触れていないし、正しくないものを許容しようとは考えていない。  それは「ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)」という言葉にも象徴されています。  だから結果として、ヘイトスピーチから女性蔑視まで、その全てに対して目を光らせ、問題があれば全て正そうとし、結果的に、リベラルが発信力や影響力を強めるほど、社会が息苦しくなっていくような感覚を与えてしまっている。
 政治の世界では、こうした感情的動員への反動が「リベラル疲れ」となって表現されている。ルイジアナ州に住むティーパーティ支持者の一人は、事実ではなく意見ばかり押しつけてくるCNNテレビにうんざりする、とこぼしている。客観的なニュース報道を見ようとしてチャンネルを合わせるのに、アフリカの病気の子どもを映し出しては、視聴者の同情に訴えかけ、「この子をかわいそうだと思わないなら、あんたは人でなしだ」と言わんばかりだからである。(No.3752-3758)
 これはアメリカでの事象ですが、日本でもマスメディアに対してこのような不満を持っている層は少なくないでしょうし、そういう人たちが反動としてYouTuberの過激な配信に流れていくのも反動の1つと言えます。

中世的寛容とは何か

 そのようなジレンマを抱えている現代的な寛容論に対して、『不寛容論』が大部分を割いて取り上げているのは「中世的寛容」です。  宗教と政治が現代のように分離されておらず、当たり前のように国教として紐づいていた時代に、異教徒や、「教義を厳密に適用すると悪とされてしまうが社会的になくすことのできないもの」を取り込む手段として用いられていたのが、元々の「寛容」という概念でした。  現代的な寛容との違いの中で大きなものは次の2点です。
 ここからして、中世の人びとがもっていた寛容理解の二つの特徴が明らかになる。 第一に、寛容とはあくまでも悪に対する態度のことである。(中略)寛容の対象になるものは、悪であり続け、その悪が是認されたり割り引かれたりすることはない。ただ罰せられずにいるだけである。(中略) 第二に、寛容とは「より大きな悪」を防ぐための便法である。(中略)複数の取り得る道をあれこれと比べてみた上で、いちばん害の少ない道を選ぶのである。(No.804-818)
 この本で大きくクローズアップされるロジャー・ウィリアムズもそうですが、中世の人々の根底には強固な宗教観があり、それが正しいこと自体には疑いを持っていないので、神の教えに(異教徒も含めて)全員が従うのが自然だと考えています。とはいえ、異教徒全員を殺したり社会から排除したりすることはできないし、改宗を強制することも基本的にはできない。  だからこそ、それを「罪ではあるが罰しない」ための論理として「寛容」という概念があり、それは「罰する方がより大きな悪になるから」避けるというものです。この場合、寛容に接するかどうかの基準は「寛容に扱うことでより大きな悪を避けられるかどうか」になります。  この考え方の是非は置いておいて、「寛容」の本来の意味はこのような、利己的で計算高いものでした。  このような中世的寛容がそのまま現代に通用するかと言えばそんなことはなく、特に、国や政府、社会全体としてこのような考え方を持つというのは、「自分たちの利益に適う場合のみ存在しても良い」というような、強権的な支配になってしまうでしょう。  裏を返せば、今の自民党はリベラルよりよほど「寛容」であるとは言えるかもしれません。主義主張としては完全に右派だし、差別的な発言もたびたび飛び出していますが、一方で明確な不正と言えば自分の身内を厚遇したり私腹を肥やしたりする程度で、権利を制限するような行為や迫害をしているかと言えば別にそこまででもない。今より良くしようという方向もあまり見えませんが、今以上に差別を強化した例もあまりない。  ……今の日本が中世ヨーロッパと同じ政治状況だと考えるとそれはそれですごくやるせない気持ちにはなりますが、まあ、そんなに外れていないような気もしますが、  ともかく、国や社会レベルの行動規範としてどうしていくべきかということについてはそう簡単に答えが出るはずもないし、正直、私がここで何か言ったところで大した意味もないので、一旦棚上げして、  この記事の主題である、個人レベルの行動規範の話に移ります。

中世的寛容と現代的寛容のマージ

 冒頭で引用したあらすじでは、中世的寛容について「キレイごとぬきの政治倫理」という言葉が使われていますが、  おそらく、「多様性」という理想に対する反論として最もよく使われるのがこの「キレイごと」という言葉ではないでしょうか。  「他者に対して寛容である」「多様性を認める」という趣旨の言葉を聞いたことがないという方はいないと思いますが、実際のところ、その言葉が空虚で胡散臭いもの、特定の誰かに利するものに聞こえることが多いと思いますし、  そして、私がここ数年何となく考えていた、「多様性を認めることは本当に正しいのか」「他者の考え方を全て受け入れることはできるのか」という悩みも、一方でそれと同じ発想の延長線上にあるものだと思います。 、  個人レベルの行動規範として考えても、寛容であろうとする、多様性を尊重しようとする、というアクションはあまりにも困難が多く、そう簡単に割り切れない問題がたくさん立ちはだかっている。  「全ての他者を理解して尊重する」という現代的寛容は、「どうしても理解できなかったものに対してどう接するか」「自分に危害を加える相手も尊重すべきか」ということについて何も教えてくれません。  その帰結として、現代的寛容の側に立とうとする人々は、結果的に自分と違う考えの相手に対する不寛容を強めていくようになってしまっているようにも見えます。  多様性を愚直に追求しようとすると、この世界には毎日数えきれないほどの不正や悪や不愉快、多様性を否定するものが蔓延しています。その全てに対して異を唱え続け、  自分自身も含めて、それを100%常に実践し続けられるわけではない社会に生きているのも事実で、それを常に「これは正しい、これは正しくない」と綺麗に分けられるのか。  このような終わりのない問いを避けるために、中世的寛容をそのまま適用して、「自分の思想と異なる他者は間違ってはいるが、自分に害を為すわけではないので存在しても良い」という態度で生きるのは、もちろんあり得ないでしょう。あまりにも失礼だし、現代で受け入れられる価値観ではない。  私自身としても、現代的寛容、他者の尊重が重要だという考えは変わっていないし、それを諦めるつもりもありません。  ただ、うまく両者をマージすることはできるのではないかと思います。  つまり、「基本的には他者を尊重するし理解しようと努める」が、「自分の価値観と照らし合わせてどうしても認められない悪であっても、それを完全に否定することでより大きな悪が生まれるのであれば、そのままにしておいても良い」ということです。

グレーゾーンとしての寛容の実践

自分が不寛容な人間だとは認めたくないものである。すると、残る選択肢は「相手に非があるからしかたがない」という正当化である。昨今の社会問題では、何かと窮屈な正義をふりかざす人が目立つようになったが、それは結局のところ、自分が不寛容だという事実に目をつぶりたいからなのかもしれない。普段なら、本来なら、自分はもっと心の寛い大らかな人間なのだが、相手があまりにひどいから、やむなく社会正義のために批判するのだ、という自己解釈である。(No.3725-3729)
 今までは、例えば多様性を否定する何かを見た時に取れる手段が、「その考え方を理解して肯定する」か「考え方を理解できないものとして否定する」かという、白か黒の2パターンしかなかったのですが、  そこに、「理解できないが容認する」というグレーゾーンを選択肢に加えるということになります。  例えば、DaiGoの発言自体は、悪であり、誤りで、許されるものではない。ただ、DaiGoが今すぐ全ての仕事を失って社会から排除すべきかというと、それは、社会として「より大きな不寛容」を生み出すことになると思います。  だから寛容に認める。ただ、そうしたからといって、その発言自体を正しいと思っているわけではない。明らかに悪で、誤っている。誤りだと主張し続けることと、でも存在していいと許容し続けることは、矛盾していない。  逆に、自分の中で以前から許していたもの、例えば「このご時世にパーティーをする人」、「夜中に街で大騒ぎしている酔っ払い」あたりも、厳格に自分の中の論理で言えばあり得ないし、自分に対する害が全くないわけでもない。  「浮気・不倫をする芸能人」なんかは、私自身への害はなかったとしても、被害者もいるので、「正しい」とは到底言えない。  ただ、それを厳密に責めることは社会の、そして自分自身の息苦しさに繋がると思っているし、当事者間での問題であって社会的制裁が必要なほどの悪ではないので、容認する。有村昆もアンジャッシュ渡部も東出昌大もさらば東ブクロも鈴木達央も、正しくはないけど、活動を続けていてもいい。  害という側面だけ言えば、例えば「何となく喋り方や態度が不快な同僚」とかも、嫌ではあるけれど、あえて争いを起こすほどの問題が起きているわけではないので、それはそれとして付き合う。嫌いだという気持ちそのものを消そうというところまでは行かない。  ……こうして考えると、私自身は意外とこの本を読む前から寛容を実践できていたような気もしますが、  ここ数年、こういう本来許されるべきではない社会悪を許している自分はその悪に加担しているのでは、という罪悪感がずっとあったので、それだけではないという論理的な土台を持つことは自分の生きづらさを軽減してくれるように思います。  もちろん、この考えが全てを解決してくれるわけではありません。結局どこかで黒とグレーゾーンの線引きはしなくてはならないからです。芸能人が女性問題で謹慎する必要はないと思っているけれど、だいぶ昔の事件ですけどTOKIO山口達也はちょっと同列視しにくいな、とか。でも一生表舞台に出るべきでないとまでは言えない気もする。DVとかパワハラはどうだろう。  あらゆる差別に関して「自分には関係ないから」という理由で関与しないというのはそれこそ差別への加担になってしまう。全てに対して声をあげることを止めてしまったらやっぱり社会は変わっていかない。  「自分の害にならないから悪を許容する」というだけだとあまりに都合の良い身勝手な論理になってしまうので、そうではなく、「より大きな悪を避けるために許容する」というポリシーが必要だけど、きっと現実世界にあるのはちょうどその中間に属するものばかりでしょう。この部分はずっと考え続けていかなくてはいけないテーマだと思います。  ただ、少なくとも善悪に二分するしかないと考えるよりは、柔軟に物事を捉えやすくなるのは確かだと思います。  そして、そういう割り切った寛容さを持った人が増えてくることで、今のこの息苦しさに包まれた社会が多少は生きやすくなるのではないか、と思うし、特にリベラルとされている集団の中に増えれば、もう少し社会における多様性の受容もされやすくなるのだろうなと。そういう意味で、これは間違いなく今もっとたくさんの人に読まれるべき本だと思いました。  少なくとも自分自身では、これからの行動規範として、自分の周りの人や社会との関わりではそのような実践を目指そうと考えています。そういった新たな視座を与えてくれたこの本に出会えてよかったです。 --------------------  余談ですが、この記事を書きながら面白いなと思ったのは、この記事を通して考えていることって、全て現実的なアクションの話ではなくて、「自分のこの心のモヤモヤの落としどころをどこに置くか」という話でしかなかったりします。  例えば、今までは「松本人志は悪だから罰を受けるべき」だと思っていたのが、「松本人志は悪だが罰を受けるほどではない」という風に考えが変わったとして、別に現実的には何も変わらないわけです。罰する権利も権力もないので。許さないと決めたとしても、別にそれで署名集めたりタウンワークにクレーム入れたりはしませんし。  つまりこれは自分がそういう「許せないが現状維持にしておくしかないもの」を見た時に、どう考えれば自分の価値観に背いたことにならずにいられるか、という、悪く言えば後づけの論理です。  そして、この『不寛容論』の中でも、「寛容」というのはそういった後づけの論理だということが示されています。   ...

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ひとりごと 1か月前

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暑すぎますね。今日は寒いですが。  家の中では常にクーラーがついているので暑いよりも雨の方が嫌です。 --------------------  前々から悩んでいたiPad Airを買いました。 20210802_102623  買ったのですが、ここで中途半端に感想書くと満足して絶対レビュー記事書かなくなるので止めておきます。いい感じです。書きたいと思ってはいるのですが、なかなか文章の構成が思いついていないので先送りになるかも。……でも9月に新型発表されそうだよな……。  最終的に結局書かないまま年末の振り返り記事でいろいろ書く可能性も高いです。満足度は高め。 --------------------  先週の月曜日にワクチン接種の2回目を終えてきました。  まあしんどかったです。接種した翌朝あたりから熱はかなり上がったのですが、とはいえそんなにつらくなる様子もなくて「これは杞憂だったかな……?」と思ったらその夕方あたりに強烈な頭痛に見舞われて地獄を見ました。「頭が割れるように痛い」という比喩通り。  まあ本当にきつかったのはその一瞬だけで、夜にはまあちょっと頭の痛さは残っているものの普通に動けるくらいだったし、その次の日には仕事にも復帰できたのですが。肩の痛みはなぜか1回目の方が全然痛くて数日残ったのに、今回はそうでもなかったです。単に注射した人の腕前の差かもしれませんが……。  結局ワクチン2回打ったら出歩いて良いのかどうかについて誰も何も発信していない感が何とも言えない。ですがまあ個人的には別に何かを我慢してるという感じもないので粛々と今まで通りの生活を続けます。  なんかこう……別にどちらにも味方できないというか、基本的には政権批判とかしてるツイッターアカウント、わかりやすいところで言うと能町みね子さんとかに対して、今まではある程度は共感というか、自分が同じことを言えるかはともかく「ちゃんと良くないものに対して怒りを向けるエネルギーがあって凄いな」という尊敬の念があったんですけど、  今はそういう人(※能町さんがそうであるという意味ではありません)が同じ口で「今飲みに出歩いている人は頭がおかしい」とか「早くロックダウンすべき」とかそういう他者を抑圧して多様性を投げ捨てることを平気で言い出しているのでなんかもう面倒だなあと。その中には1割くらい、ちゃんと……というのも自分が正しいという側に寄りすぎてしまいますけど、現実的に社会が回るような方向に進むことを期待している人もいるのですが、  結局それって多様性を守りたいわけではなくて自分と自分の好きなもの、自分の考えを守りたいだけ、または自分の嫌いなものを責めたいだけだったのかなという。……でもこの懸念それこそ昨年春の時点で東浩紀さんが提起していたことそのものだよなー。  いや、でもほんとここ2年くらい思ってますけど、テレビのワイドショー観たりとか、ニュースに対していちいちお気持ち表明する人をSNSでフォローしたりとか、そういうインプットを続けている人、鋼のメンタルすぎませんか。凄いと思う。某市長の件とか、ぼんやりニュースのタイトルだけ見て知ってるくらいでも不快なんですけど、TLで「気持ち悪い」とか「あり得ない」とかそういう解決する気もないくせに不快さの膨張に加担するだけのツイートを何十件も観てたら私だったら精神病んでると思う。怒ったところで何にもならない社会悪に対してちゃんと怒れる人はよくそのエネルギーあるよなあ……といつも思います。  というよりもSNS上の人格と現実の人格を適切に使い分けているだけなのかもしれませんが。ツイッターで怒ってる人と現実世界で出歩いてる人、全員ではないにしてもある程度は被っている気がするんですよね。こうやって書いている私も、感染リスクの高い行動は控えてると思っていつつ一人で外食とかは平気でやってるし、そういう私のことをあり得ないと思っている人が複数人の食事だけは行ってたりすると思うんですよ。「一人での食事はテイクアウトしても一緒だから店で食べる必然性がなくて悪質度が高い」みたいな。それはそれで考え方として理解できるし。もちろんそれは全部認知バイアスですけど、そういう「自分の中ではOKなライン」の積み重ねが今だと思うので。  あ、私は別にカラオケで飲み会して窓から落ちるくらいはしゃいだ人のことさえも非難するつもりは特にないですし、今の感染者数に対しても問題だとは思っていないので、今のままそれぞれの判断で生きていく状態が維持されれば良いと思っています。 --------------------  STUDIO COAST営業終了。まあ寂しいですね。  やはり自分の中ではこの写真の記憶が強い。  この時が初めてではなかったはずなのでもう1回くらい行った記憶はあるのですが。DEEP/SEEKかな。  まあライブという文化そのものが完全になくなるということはないと思うので、数年後にまたライブ会場が少しずつ増えていくことはあると思いますが、それはそれとして、2010年代のアイドル・バンドブームの象徴的な施設が次々となくなっていくのを見ると、  2020年というタイミングにコロナ禍が重なったことで、こういう施設の閉鎖や新しい技術の導入が、2010年代と2020年代、平成と令和の明確な区切りになっていくような気がしました。厳密には令和1年時点ではまだ……みたいな豆知識とともに。 --------------------  毎週更新と言いつつ先週しれっと更新なくてすみませんでした。  お盆休み、ブログたくさん書こうと思っていたのに、それどころか更新が減るという体たらくでした。  実家帰ったりとかそういう完全にプライベートの出来事は別に書かないし、先週前半はワクチンで寝てたし、それを取り戻すために仕事してたりで、単純に書くことがなかったです。  仕事、全体的な作業時間としてはかなり多いしそれなりにコミットできていると思うんですけど、  もう勤務時間外の夜とか休日に作業することを自分の中で当たり前のものとして受け入れた結果、逆に日中の進捗が悪くなるという問題が発生していて、そのあたりの時間の使い方をもう少しどうにかしたいなあと思っています。  実際フルパワーできっちり10時間連続で働き続けるのは厳しいので、ある程度休憩を挟んだ上でというのは理に適ってはいるのですが、だったらその休憩時間でブログ書いたりとかそういう風に振り分けられたら……と思いつつ、そのエネルギーがないことには変わりないので難しいところ。  ぼんやりとした「別に今週とか今月の単位でやる必要のないけどそのうち進捗を詰められそうなタスク」が何となく溜まっていて、なのであんまり休みなのに気持ちとして休まらないんですよね。気持ちが休まらない時はブログが書けない。まあでもiPad Airのレビューはどうにか……今月中には……みたいな気持ちです。 ...

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ひとりごと 2か月前

繋がり

8月になりました。相変わらず本当に暑いですね。  お昼だけ買いに行こうと思っていたのにスタバのフラペチーノを買う誘惑に負けてしまう日々が続いています。アイスコーヒー作るようになって出費が減るとは何だったのか……。あ、でも牛乳とかカフェベースを買う量は減ってるのでその点では節約になっているかも。  この1週間はfhánaの『愛のシュプリーム!』をずっと聴いています。誇張抜きで朝から晩まで。ラジオ聞いてる時間とMTG中以外は常に流していると言っても過言ではないと思います。  リズム、曲調、歌詞、何もかもが癖になる。MVも良い。  ストリングスやブラスがオシャレな感じで入っているのも好きだし、イントロ・Aメロ・Bメロ・サビ・Cメロと次々に転調していくので聴いていて楽しすぎるし飽きない。off vocalもたくさん聴いてます。  ラップパートの歌詞に関してはいわゆるヒップホップ的な固さはないものの、歌とラップの中間という感じでアニソンとしては完璧。そしてラップがあるからこそ際立つサビのメロディが本当に好き。中毒性高い。  ラスサビの『最後まで未来見せて』→『握った手のひらから』で1オクターブ以上のジャンプを違和感なく歌いこなすtowanaさんが凄い。  fhána楽曲の中だと『Hello, World!』と『星屑のインターリュード』が好きでしたが、この曲は完全にトップ。というかたぶん今年のベスト。  1期OPを発展させたような攻め方と、華やかさの中に切なさを感じさせる曲調、これぞ2期OPという感じで、サビ後の余韻などが全部ツボ。京アニ的には『Utauyo!!MIRACLE』あたりが近いかも。  2019年時点で出来上がっていたというこの曲、愛というテーマがその後の、京アニをめぐる事件と社会をめぐる事件によってより大きな意味を持ったのもいろいろ考えさせられます。  その流れで興味を持ったので『小林さんちのメイドラゴン』もプライムビデオで半分くらい観ました。けどまあ何というか、アニメを好きな人が毎週観るのに向いている感じがしました。一気見しようと思うと、観ててつまらないとは思わないけど別に続きを絶対観たいとも思わないというか……。

 この動画が面白かったです。  ごちうさの面白さってまさにこの動画でFUJIWARAがやってることをツイッター実況とかニコニコのコメントでやってただけだと思うんですよね。コミュニケーションを媒介する素材としての、可愛さ以外の要素を全部抜いたことによる万人受けというか。  ごちうさの別に面白くないギャグっぽい何かに対して「????」みたいなコメントとか別に当時からついてたと思いますし……。2期とか3期まで含めて全話そうなのかはわからないので、通して観たら意外と成長とかもあったのかもしれませんが。  ちなみにさくら荘は観終わりました。次は『Just Because!』か『宇宙よりも遠い場所』を……と思ったらプライムビデオで配信されてなかった。悲しい。いつかHuluかNetflixに再入会したら観ます。  そうそう、ハライチと言えば今週の『ハライチのターン!』も良かったです。にゃんぞぬデシのバースデーソング、打ち込みのクオリティが上がっているのもさることながら、この1年のラジオネタを織り込んでくる歌詞が毎年上手すぎる。  オードリーの100回ごとの記念回での最後のダイジェストとか、霜降りANN0の2部ラスト回あたりもそうでしたけどこういう振り返り演出が本当に好き。ラジオって毎週生放送でやっていて別に脚本があるわけではないのに、続けているとちゃんと盛り上がりがあって伏線回収的なストーリーがあるのが凄い。  そして、同じ0時台で録音であってもこういう企画をハライチが定期的にやってるのと比べると、アルピーDCGの熱のなさは何なのだろう……。  と言いつつアルピーDCGも最近は半分くらいは聴いてます。絶対聞くというルーティーンに組み込まれてはいないのですが、何だかんだで日中にタイムフリーで何かラジオ聞きたいなという時間ができたらまず最初に流すというか。  毎週聴くのがオードリー、霜降り、ハライチ、さらば、それ以外に聴くことがあるのがアルピーと佐久間P。という感じです。あ、あとYOASOBIは相変わらず安眠ラジオとして毎週寝れない時に何回も聴いてますがコーナーの記憶は全くありません。  ラジオ、基本的には全部タイムフリーなんですけど、金曜日の夜はちょっと早めに寝ようと思って霜降り明星のラジオをリアルタイムで聴き始めたら、たまたま粗品がワクチンの副反応で休みというイレギュラー回でした。  「接種した2日後はさすがに大丈夫だろうと思ったら当日から全部休んだ!」w  途中で寝てしまったんですけど、1時間くらいして起きてもまだせいやがメールに対してツッコんでいて夢か現実かわかりませんでした。  いや、このラジオ自体は神回だったんですけど、明日2回目の接種を控えてる身としてはあまりにも怖すぎる……。  周りの人で今週とかに2回目打った人たちも、1回目の時は熱が出なかったという人たちが次々と38℃近くの熱を出していて、1回目で熱が出た身としてはもうコロナにかかるよりよっぽど怖い。  解熱剤も熱さまシートも全部買って備えて、今日は大量に作り置きを用意して寝ようと思っています。  自分の身体が結構弱いんだなというのを最近改めて自覚していて、風邪とかではないんですけどずっと疲れている感じがあったので、2週間ほど前から整体に通い始めました。  家のかなり近くに最近新しく整体がオープンして、そこが初回限定で安くなっていたので、正直整体が何なのかもよくわからずマッサージと似たようなものという認識で行ってみたのですが、  そこで骨盤のズレを測定してもらった結果、整体の人が引くくらい骨盤歪んでるし身体も固いしで、そこから週2で通い続けています。  身体が重くて足がずっと疲れている感覚、体感だと10年くらいずっとそうなので治るとか考えたこともなかったんですよね。重力がかかっている以上は一定の負担がかかり続けているのは当たり前だと思っていたというか。でも実際に整体行き始める前と比べると脚の凝りが多少は改善されてきている気がするので、たぶん効果はあるのだろうと思います。パソコン作業中の姿勢とかも少し意識するようにしたり、  それにしても高い。一昨年くらいに通ってたてもみんの2倍くらいした。高いだけの効果はあるので別にいいんですけど、前の会社にいた頃の給料だったら絶対2回目以降行ってないので、資本主義を感じる。  けどそもそもこんなに疲れてるのも今の会社にいるからだと考えると、何を何で買っているのかわからなくなりますね。  ちょうど1ヶ月前の記事で、
7月の評価面談とボーナス査定は結構大事。正直これでちゃんと評価されなかったらさすがに心折れると思います。
 と書いたんですが、その評価面談の結果が返ってきて、無事にちゃんと評価されました。  というか、正直給与が上がりすぎて自分でもちょっと怖くなってきています。  いや、なんというか、高校の頃までの自分は、基本的に今いる世界に対してずっと不満だったり対抗心だったりを一番に持っていて、もちろんいろいろ上手く回ってることも多かったし友人がいなかっ。 たわけでもないし、自分の性格に問題もたくさんあったし今考えるとあり得ないこともたくさんあるんですけど、一方で凄く嫌なこともたくさんあったし周りに嫌な人もたくさんいたし。  それが大学に入ったこととバイトを始めたことで、自分のそういう周りとの軋轢みたいなものが100%自分のせいではなかったというか、自分のそういう違いが許容されて決定的な問題にならない環境であれば馬鹿にされることも見下されることもなく生きていけることがわかって、  とはいえ社会に対してもずっと怒っていたし生きづらさとか満ち足りなさもずっと感じていたし、前の会社も何とかやっていけてはいたけど会社に苦手な人もたくさんいたし給料も良くなかったし。  それが今の会社に転職したことで仕事に対する不満がほとんどなくなって、給料も上がって、最初の1年くらいはこれまでの苦労だったりずっと続いている家族周りのトラブルだったりを考えたらたまにはこういう幸せな時期があってもいいのかな……くらいでいたんですけど、  さすがにちょっと今の状況は幸福度が上がりすぎていて、これはどこかでめちゃくちゃな不幸が起きないとバランスが取れていないんじゃないかという不安があるほど。今の仕事も大変なことはありますけど、でも他の仕事よりは全然楽しいことの方が大きいし、それでいて給与だったり待遇面では何の不満もないしで。    まあそう思ったところで別に何ができるわけでもないし、結局この状態がそんなに長く続くわけでもないし、たぶん人生の中でどうしようもない不幸な期間もそのうちまた訪れるだろうと思うので、今のところは与えられた幸せに感謝しながらやっていくしかないのですが。  そして当然、そういう今の幸せな状態を維持し続けるためにも頑張らないといけないなと思います。  先月にも少し書きましたが、結局会社の中での立場が上がっていくというのとイコールで自分が責任を持つ範囲も広がっているというか、言われたことだけやっていれば評価される段階を既に超えている感じがあって、それができると期待されているからこその給与改定なんですけど、それはつまり自分が能動的に動かないと評価が下がるということでもあるので。  私は根本のところで普通に指示待ち人間というか笑、本当に能動的に何かをやるつもりがあったらそれこそプライベートの開発とか趣味での創作活動とかやってるんで、自分が責任を取りたくない気持ちが強いんですけど、まあそうも言ってられないのでちょっとずつ意識を変えて取り組もうとしています。ここ最近は特に。  とはいえ今週はちょっと働きすぎた……。連休明けというのもあって木曜あたりに体力の限界をえていました。こういう状態が続くとたぶん早死にするんだろうなと思っているので、ほどほどにしたいです。  まあ今週はワクチンの副反応で火曜日休みになるのがほぼ確実なのでそこは救いです。いや、働くよりもしんどい可能性は高いですが……。 --------------------  なんと今日の記事はここまで話題の転換なしでした。  珍しくシームレスに繋げられそうな話題が多かったので試しにやってみましたが、とはいえあんまり読みやすい感じにもならなかったので来週からはたぶん元に戻します。  毎週更新も7週目。結構ここ最近の記事、割と安定して良いクオリティの記事が書けているのではと思っています。先週の開会式の話とか。  こういう思考や感情をちゃんと言語化して整理する時間はそれはそれで大事だなと思っていて、特に今は平日も休日も、空いてる時間は基本的に全て仕事に使っているので笑、そういう中でブログを書くことによって1週間の区切りみたいなものが生まれているのは、結構良い気がしています。  4月に試した毎日更新と、去年後半あたりにやっていた「月に1~2回の更新で思ったこと全部吐き出す」のいい感じの折衷案というか、毎週くらいだったら書きたいなと思ったことだいたい全部なんとか思い出せるので。  それはそれとしてお盆休みこそはもう1個くらい記事書こうと思ってます。。。レビュー記事とか久々に。ぜひよろしくお願いします。 ...

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ひとりごと 2か月前

時代の更新

4連休ですね。4連休ですが気づけばもう最終日。  そもそも最近土日が体感3時間くらいで終わっているので4連休になっても6時間くらいで一瞬なことに変わりませんでした。  まあここ数日に関してはデュエプレの新弾が出てずっと遊んでるのが悪いんですが……。 -------------------- お台場パレットタウン閉館。ヴィーナスフォートや大観覧車 - Impress Watch  ヴィーナスフォートやZepp Tokyoの閉鎖、それ自体は別にそんなにショックでもないんですけど、  『GO BACK TO VENUSFORT』が急に古い印象の曲になるのが悲しいなと思いました。10年後とかにこの曲について語る時に、「令和3年に営業を終了した商業施設の名前」って言われるわけで、やっぱり固有名詞は急速に古びていくのだなと。  ……いや、別にヴィーナスフォートとは本当に何の関連もないんですけどねこの曲。私は聴いた後でこういう名前の施設があることを知ってびっくりしたくらいなので。ただ格好いい地名としてのみ使われている感じ。  何ならDEEPERの曲の中では一番好きなんですけど、それはそれとして何で商業施設の名前?? というのは永遠の謎です。 --------------------  『さくら荘のペットな彼女』を久々に観直しました。

 このツイートを見て、試しにプライムビデオで検索してみたら配信されてたんですよね。数年前に確認した時はなかったはず。で、観始めたら止まらなくて3日で18話あたりまで観終わりました。  大体のストーリーは覚えていたのですがそれでも面白かったです。  それこそ先週の記事とも通ずるものがありますが、この手の学校という狭い世界の中で戦う系のアニメ、今観るとスケール小さい感じがしてあんまり楽しめないんじゃないかなあと思っていましたが、今でも全然感情移入できました。  近くにいる他人と才能を比較してしまって悩んでしまうあたりは特に今でもずっと考えているというか、  それこそ少し前は成績とか学歴だったものが、今だったら仕事で、自分が明確に下であるとか、自分が相手に対して価値を提供できていないと思う相手とずっと関わっているのが怖いと思う感覚があって、  それは自分が相手に心の中で馬鹿にされてるんじゃないかとか、相手の同情だけで関わってもらっている相手は、相手の心の余裕だったり気の持ちようだったりで急に見捨てられるんじゃないかとか、そういう不安を拭えない。実際にそうなるから嫌なのではなくて、そうなるかもしれない不安を一生抱え続けるのが嫌というか。  ……みたいに思う一方、自分がそれを思わない相手だとしたら相手がそれを思っているということでもあって、そこが完全に均等な関係というのはあり得ないので、お互いが別々の方向でリスペクトし合っている必要があって、かつそれが常に更新され続けていなければならないわけで、そんな関係を構築することが果たしてできるのだろうかとも考えてしまいました。  そういうすれ違いというか、別に誰も悪くなくて全員が優しいのにお互いを傷つけあってしまうリアルな苦しさが見事に描かれています。  改めて考えると
自分じゃぱんつもはけない。そんな天才少女の”飼い主”になりました。
 というキャッチコピーから想起されるものとは全く違う気がして本当にこの宣伝で良かったのかよくわからないのですが、ただ当時って今ほど深夜アニメがドラマ的な題材を描くことが許されてなかった気もするので商業的には仕方なかったのかなとも。  その意味で『Just Because!』はもっとまっすぐ人気が出ても良かったのに勿体ない……。次はあれも観直したいな。  それにしてもここ3年くらいアニメ全く観てなくて、1クール6時間もかけて観る体力も集中力ももうないと思ってたんですけど、面白いアニメはちゃんと観れましたね……。  青ブタのアニメにあんまりハマれなかったのも、普通にさくら荘の方がアニメとしての出来が良かったからかもしれません。会話のテンポが本当に良い。  いしづかあつこさん、さくら荘・ノゲノラ・ハナヤマタ・宇宙よりも遠い場所、と自分の好きなアニメしか作ってなくてもっと評価されてほしい。  あと、今考えるとサムゲタンで炎上してたの本当に意味がわからなさすぎて、そう考えると8年前よりは多少インターネットも良くなっているのかもしれない……。いやどうだろう。原作の不自然な改変というだけで今でも炎上するかもしれないな。  当時はアフィブログが炎上を拡散する役割を担っていたけど、今それをやってるのはYahooニュースとかライブドアニュースだから状況としては悪化してるのかもしれない……。 --------------------  オリンピック。今週の『ハライチのターン!』冒頭の岩井さんと完全に同意見なのですが、私はオリンピックに関しては別に今回に限らずずっと興味がないので、当然今回も別に観たい競技は1つもありません。
 オリンピックの日本代表とは言っても、羽生選手も高梨選手も、会ったことのない、知らない人じゃないですか。  知らない人っていう意味では、日本代表も韓国代表もアメリカ代表も私にとっては同じ距離感の人たちであるわけで、その中で日本代表が勝ったからって嬉しいですか?  それで嬉しいなら「誰かが勝ったから嬉しい」ってことだからアメリカ代表が勝っても嬉しいはずですよね?  知らない人と知らない人の対決の結果、どっちが勝ったとしても、湧く感情は全く同じだし、というかどちらが勝っても皆無。何の感情も動かない。 季節感 | Our Story's Diary
 3年前に書いたこの文章が言いたいこと全部言ってる。考えは全く変わってないです。まあ、何で楽しめるのかはわからないなりに楽しめる人がいるのはわかったので、中止してほしいってほどでもないんですが。  で、そもそもテレビもないので競技はたぶん1つも観ないんですけど、昨日は実家に帰ってたので開会式は何だかんだ半分くらい観てました。  ピクトグラムのところがちょうど観れて良かったです。あとは何も思いませんでした。あ、アナウンサーの解説が本当に邪魔だった。  開会式にまつわるいろんなトラブルを見ながら思ったのは、東京五輪が決まった時に、どうせ秋元康が演出するだろうとか吉本が関わるんだろうとか、散々言われていて、それが予想を裏切って椎名林檎さんだったりMIKIKOさんだったり小林賢太郎さんだったりが選出されて盛り上がったという流れだったと思うんですけど、  結果的にそうなった方が良かったというか、もしそういうメンバーで構成されていたら、今回のように直前で不祥事が発覚して解任みたいなことはなかったと思うんですよ。  それはつまり、そういう自分の経歴に傷をつけないことだけを上手くやって、それで成り上がってきた人たちだから。  自己の表現として何かを発信している人間ではなく、地位と名声を得ることだけを求めていて、自分自身の本当の姿とか本心とかを大衆に理解してもらうことに興味がない人たち。  だって秋元康なんて山口真帆さんの事件とか間違いなく関わってるし責任もあるに決まってるし、まともな感性を持った人間だったら良心の呵責に耐え切れなくて関わってることをどこかで言うはずなんですよ。でも言わない。それはアーティストではなくてビジネスマンだから。  それはそれで一つの生き方だし、何だったら、自分の弱さをさらけ出して許してもらおうとする人の方が弱いという見方もできる。  というのはこの弱さでしかないブログを読んでいる人なら当然わかってもらえると思いますけど。  当時のラーメンズにとってのあの表現も、もちろん今それを選ぶことはないでしょうけど、そもそも当時から攻めた表現であったことは間違いなくて、ただそれを避けるよりも、自分たちが一番面白いと思うとおりに表現することをあえて選んだのだということは想像に難くない。  そういう間違いかもしれない選択を積み重ねていき、自分の正しさについて問い直し続けている人間だけが新しいものを発明していき、それによって世界を変えていく。  ただそれはそれとして、そういう人たちは「今の」「日本の」「政治的な」イベントにはやっぱり出るべきではなかったのだろうなと。それが許容されるような社会ではない。  もちろん、結果的に小林賢太郎さんが演出したであろうテイストは明らかに残っていて、それによってまだ観れる開会式になってはいたので、最初から選ばれるべきでなかったとも思わないのですが。  だから本当に悲しいのは、結局そういう多様性を尊重するとか弱者に寄り添うみたいな考え方がどんどん社会の中で強い力を持っていて、それによって社会が良くなっていくはずなのに、  実際には価値観をアップデートしようと戦っている人たちがどんどん足を掬われて、そういうものに一切関わらずに保守的な表現だけをし続ける毒にも薬にもならない漂白された表現だけが残っていくことで、でももうそれは仕方ないのかもしれないですね。  個人の単位ではそうやって削られていったとしても、その意志を受け継ぐ人だったりがいて少しずつ変化を繋いでいくし、一方で漂白された表現だけをするつまらない人たちがどれだけ残っても社会に何の影響も与えないので。 --------------------  4連休、書きたい記事とかもあったんですが全然思うようにいかなかったですね。すみません。  旅行に行こうとかいろいろ考えてたんですけど気づけば全くできませんでした。単純にあえて旅行しようってならなかった。  よく考えてみると、別に観光がしたいわけではないので、一人暮らしで一人で旅行することにそこまで頑張ろうとならないんですよね。旅館だけが楽しみだからなるべく近場、神奈川か静岡あたりでどこか……。8月のお盆もタイミングなさそうなので、行くとしたら9月の3連休かな……。  映画も観たいようなそうでもないような。『竜とそばかすの姫』とか『100日間生きたワニ』とか、好き嫌いは別にしてたぶん観たら何かいろいろ感じるものはあるんだろうと思うんですが、しかしどうしても観たいという気持ちもないなと。  それこそ大学生の頃は映画観て感想記事書いたりしてたなーと思うし、昔書いた映画の感想記事とかたまにランキングに入ってたりするので、観に行っても良いかなと思いつつ、面倒なので放置してしまっています。時間よりも元気がない。  それはそれとして本当は仕事終わりに観に行きたいのにレイトショーやってないのが辛い……。20時開始くらいでやってたら全然観に行きたいのに。 --------------------  6月に自主的に頑張りすぎた反動で7月は仕事に対して多少意識的にペースダウンしてたのですが、ちょっとそうもいかないというか、やっぱりちゃんと頑張らないといけないなと思いました。  ぶっちゃけると、仕事として求められているところにコミットしようと思うと休日を使うしかない。良いか悪いかで言ったらあんまり良くはないと思うんですがw  結局どれを大切にするかになるんだろうなと。給料そこそこで楽な仕事とか、労働時間は短いけど働いている間はひたすら苦痛な仕事とか、いろいろある中で、自分の場合は仕事時間中のストレスが少なくてやりがいがあることと、給料が高いことの2つが優先順位として上にあるので、それ以外のことは犠牲になってもいいなと思っています。  というか、選択肢も別にないんですよね。いつも思いますけど、今より給料上がるとしても居酒屋の店員とか絶対にできないので。今の仕事は全然それに比べたら良いことづくめだから、頑張ります。  というわけで優先順位が低めのプライベートはどんどん犠牲にしていきます。ブログもその1つです。ごめんなさい。  やっぱり振り返ってみるとブログ毎日更新してた4月は全然仕事マジメにやってなかったなと思うし、それは良くなかったなと。すごく後悔してるというほどではないんですけど、しばらくはそういうエネルギーの振り方はしないだろうなと思います。  それこそ映画の感想記事みたいなこともそうだし、DTMとか、時間と体力があったらやりたい気持ちは変わってないんですけど、たぶんやらないしやらなくても生きていけるタイプの人間なのだなとも。根本的に向上心が本当にない怠惰な人間なので、そういう能動的な何かをせずに受動的に与えられる何かと戦っているだけで自分の存在価値を肯定してもらえる環境に居続けていたいし、それが今の仕事の一番ありがたい点です。  まあそう言いつつ、仕事に対してもより能動的に関わっていかないとやっていけないフェーズに来つつあって、それが今の最大の悩みかもしれません。対処法を模索中です。 ...

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ひとりごと 2か月前

パラレルワールド

梅雨が明けたそうです。暑すぎますね。  毎年夏になるたびに思うんですが、6月くらいに「暑いなー」と思うくらいの暑さから、7月中旬にもう1段ギアが上がる瞬間ありますよね。空気が重くなって肌が焼けるのが感覚的にわかるくらいの、「この空間にずっといたら死ぬな」と思うくらいの不快な暑さ。そういう感じになってきたなーと思います。たぶん30℃くらいから。 --------------------  QuizKnock、先週おすすめするのが難しいという話をした矢先に凄い動画が。  飛び抜けて伸びているのも納得の、タイムリーかつキャッチーな企画。サマーウォーズ観たことないけど面白かったー。サブチャンで制作秘話も出してほしい。 久保みねヒャダ こじらせナイト|民放公式テレビポータル「TVer(ティーバー)」 - 無料で動画見放題  久保みねヒャダ観ていたら、数ヶ月前にこのブログでも触れた「結婚したらおめでとうを言わなきゃいけない風潮」に関する話があって面白かったです。共感。 ゴール | Our Story's Diary  あと、それに対する能町さんの「最近は『え~!びっくり~!』という驚いた反応だけで何となく祝福した感じを出して乗り切っている」というライフハックが最高でした。  あと先週の『日向坂で会いましょう』が面白かったです。キョコロヒーで発掘された齊藤京子さんの面白さをちゃんと引き出す素晴らしさ。ランキング1位を次々に当てる流れで爆笑しました。  ひなあい、基本的には好きなのだけど、『君しか勝たん』のヒット祈願企画のチアダンスだけは観てられなかったです。ただでさえいろんな番組出まくって忙しい時期に深夜の冠番組であんなにメンバーに負荷をかけて、結果として1st写真集発売直前の小坂さんが休養に入るという誰も得しない展開。本当に運営は反省してほしい……。 --------------------   Amazonのタイムセール祭り。今月はあんまり買うものはなさそう。 [amazon_link asins='B08CRCZ4NX' template='Original']  ↑少し前に買ったこれがとても良かったのでオススメです。 [amazon_link asins='B08J6MLWRF' template='Original']  iPad Air、元々欲しいところにセールになってるので衝動的に買いたくなるけどセールになっても高い。つらい。冷静に考えて6万円出すものではないんだよなー……。  どちらかというとGoogle Nest Hubが気になってます。Google Nest Miniは使ってますが、画面あった方がやっぱり便利そうだよなーという部分と、睡眠モニターと、画面が徐々に明るくなって起こしてくれる機能が気になる。 Google Nest Hub(第 2 世代) - Google ストア  少し前にも書いた気がしますが、最近とにかく何らかのガジェットを買いたい気持ちが高まってるというか、そこそこお金があるのにそのお金を使って買いたいものが今ないことにストレスを覚えています。Surface Pro 8早く来てほしい。何ならPro 7+で良いかなとさえ思ってるんですが、さすがにもう少し様子見。そもそもPro 7+ あんまり売ってないですしね。 --------------------  先週の記事、ちょっとコロナ関連のことをいろいろ書いてしまったことをちょっと翌日になって後悔したりしていました。というのは、自分がすごく精神的にしんどかった去年とかの時期に、「このくらいなら広く共感してもらえるラインだろう」と思って軽率にコロナの話題を出してくるラジオが本当に嫌だったので。  自分がある程度そこに折り合いを付けられたからという理由で意気揚々とそういう持論を振りかざすのはちょっと配慮が欠けていたなと思います。別に誰かからそういう意見が来たとかではないんですけど。そういうのはそもそもシャットアウトしてるし。ともかくもう少しマイルドに触れるべきだったなと反省しました。 --------------------  最近ふと高校の頃のことを思い出してなんというかこう、おぞましい気持ちになることがあります。  あんなに先生とか周りの人の目を気にしてたのとか、しょうもないルール守ってたのとか、必死にテスト勉強してたのとか、それが今と同じ世界の話と思えなくて自分のことが気持ち悪いんですよね。何をあんなに思い悩んでたんだろうとか。  もちろん、あの頃の延長線上にある今の自分の環境だったり境遇だったりはすごく恵まれていると思うので、例えばじゃあ高校中退しとけばよかったとか受験勉強する必要なかったとかは思わないんですけど。  結構未だに高校の頃の夢を見るんですよね。それも、授業に必要なもの、体操着を持ってくるの忘れたとか、朝遅刻して駅まで走ったのとか、そういう、自分が高校の時に凄く嫌でトラウマになっているような感情の景色。  意味わからない夢も多くて、3時間目まで授業を受けたあたりで急に「でも今仕事してるから授業マジメに受ける必要ないな」と気づいて途中で抜け出すところで目覚めるみたいな。  今たとえば会社に出社する時に必要なもの……パソコンそのものはアレですけど充電器とかを忘れて行ったとして、すみませんでしたで済むし別に怒られないじゃないですか。別にそれは自分の価値の源泉ではないから、忘れ物をしたとしてもちゃんと仕事で貢献している人間だから雇ってもらえるというか。もちろん企業文化にもよるとは思いますけど。  そういうことを考えた時に、学校で忘れ物をしたことで怒られてたのって、なんかほんとにしょうもないというか、全然本質じゃないところばかり責められていたなという気持ちになる。体育とかで走るのが遅くて馬鹿にされるのとかも、今考えたら本当にステータスとして何の意味もなくて。  単に人間としての得意不得意でしかないものを優劣や問題点であるかのように言われるのってめちゃくちゃ気持ち悪い光景だし、それを当たり前に受け入れていた自分も気持ち悪いなということを考えます。そんな経験は別にしなくても全然良かった。  そういう意味では大学の「どれだけ効率的にサボりつつ単位取るか」みたいな話も一理あるなと思うんですよ。今の自分だったら雪とか台風で休講にならなかったとしても当然自主判断で休むと思うし。それは当然、GPAが就活で全然役に立たないみたいなのを知って初めて得られる価値観なんで、その時点では無理だったと思いますが。  だから高校までの12年間のいろいろな……体育が特にですけど芸術関係とかもそうだし、勉強自体もそうだし、対人関係とか規則を守ることとか、いろんなことで最低限の点数は全員が取れることが期待されてる世界って、考えれば考えるほど凄く怖くて、  もっというと、今の自分がいろんな現象……例えば不祥事を犯した芸能人だったり、炎上している人だったりに対して、できるだけ否定から入らないようにしよう、どんな人にもできることとできないことがあるのだから1つの失敗でその人の価値の全てを奪うべきではない、みたいな目線を持つように意識していることに対して、  そういうポジションの取り方が一切許されない世界を、今日本に住んでいる全員が漏れなく10年以上経験しているわけで、それはその価値観が多数派になるのも当たり前なのかな……と思ったりしました。  ……いや、まあ別にこれが一般的な考え方とも思ってないんですけどね。高校までの学校に対してここまで制約に感じていなくてもっと自由に振る舞っていた人もたくさんいると思うし、逆に会社の方がもっと規則厳しい場合もたくさんあって、今の会社がたまたまそういうのが緩いだけだと思いますし。ただそれはそれとして、何というか、今の会社にしても高校にしても論理的な必然性があってそういう環境だというわけではないので、ああいう環境に二度と戻りたくない気持ちが強すぎて悪夢として見たりするんだろうな。 --------------------  大学3年あたりからの自分はギリギリ今の自分と同じ人間だと思うんですけど、大学2年より前の自分は今の自分と同じ人間とは思えないんですよね。  中学とか高校の時の自分の考え方とか行動は正直あんまり理解できない。それもある意味で高校時代のいろんな呪いからようやく解放されたのが大学3年くらいなのかなという気がしていて。  今考えても大学3年の時の行動、1人でハワイ行ったりとかは全然後悔してないんですよね。楽しかったし、時間とお金があったら今も全然行きたい。  合宿免許とかシェアハウスとかも、結果的には失敗だったけど、あれをあのタイミングでやってなかったら今でもそこに憧れを持ってしまっていた可能性はあるなと思っていて。今の価値観は大体そのあたりに形成されていたなと思っています。さすがにもうここから価値観が劇的に変わることもないだろうと思っていますがどうだろうな……。  それはそれとして毎週更新というのはちょっと慣れてきました。毎日少しずつ書いていくスタイル、うまく時間が作れると楽しいんですが、仕事が忙しくなると全く維持できないので、あれを続けるのはちょっと自分には無理だなと。そういえばHIKAKINが以前テレビの密着で、365日いきなりステーキみたいなことを話していましたが、マジメな話、毎日投稿を前提にするなら自炊とか無理なので全部アウトソーシングするしかないと思うんですけど、今の自分にとっては自炊とかを捨ててまでブログに力を入れるつもりはないので。  とはいえ来週の連休中はもうちょっと何らかで更新で来たらいいなとは思っています。良い感じの付き合い方を模索中。よろしくお願いします。 ...

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ひとりごと 2か月前

再挑戦

7月。昨日あたりから異常に暑くなってきましたね。  暑いのも好きではないのですが、基本的に家から出ないし冷房もガンガンにかけているのであまり困ることはなく、それよりは梅雨が明ける方が嬉しいです。雨だと傘を持って出ないといけないのと洗濯ができないのが辛い。 --------------------  先々週に断念したNext.jsへの移行を改めて行いました。iOSでのエラーは解消しています。  先々週にiOSで見られなくなる問題があって、リニューアル前のバージョンに戻していたのですが、先週からページ遷移がかなり重くなっていたり、タグ一覧やカテゴリー一覧のページが表示されなくなっていたり、という問題が起きていて、いろいろ調べたところ、数週前からビルドが正常に行われていないことがわかり。  これを解決しようとするとかなりの改修が必要になりそうで、一方Next.jsの新バージョンではこの問題は起きていなかったので、だったらiOSでのみ起きているエラーを解消する方が速いのでは? という。  結果、iOSには存在しないプッシュ通知の呼び出し方が間違っていたようです。と言ってもNuxtの以前のバージョンと同じ方法だったので何でエラーだったのかわかりませんが……。  とにかく改めてリニューアルです。速度はかなり良くなったと思いますのでよろしくお願いします。あと、記事を更新してからトップページに反映されるまでも速くなりました。  しかしこうなると次にNuxt V3で作り直しを試す場合に解決しなければならない課題が1つ増えてしまった。正直ブログの用途だとNext.jsの方が適しているのでこのままでも良いかなという気持ちです。そもそもNuxt V3いつ出るのかわかりませんが。オープンソースなので仕方ないんですけど、2021 Q2にalpha版公開しますと言っておいて未だに何も言ってないのはどうかと思う。せめて遅れてますってアナウンスは欲しい。 --------------------  先月観て面白かったYouTubeの話。  YouTube、この前確認したら1日8~10時間くらい観ててさすがに戦慄しました。まあYouTube Musicとかで音楽流してる時間が半分以上だと思うのですが。  QuizKnock、今年に入ってからさすがにネタ切れ感が出てきていて、朝それとか人狼とか、メンバーのキャラクターに依存した動画が増えていて、毎回面白いけどファン向けに寄りすぎている感じがしていたのですが、  この動画は久々に、初見の人でも何となく予想して楽しめる要素がありつつクイズプレイヤーの凄さが伝わる感じで良かったと思います。(と思いつつそこまで伸びてないけど)  QuizKnock、どれも面白いと思ってるんですけど、初めて観た人が面白いと感じる、これをおすすめしておけば良い! みたいな動画を選ぶの意外と難しいなと思ったり。いわゆる視聴者も一緒に考える的な謎解き動画の方が楽しみやすいけど、それはこのチャンネルの本質じゃなくて、どちらかというとスーパープレイを見て驚く系だと思っているので。  なので『0文字クイズ』とか『画像なし画像クイズ』あたりが個人的には好きです。  『100点は取り飽きたので人生最高得点を取る』は名作なんですけどメンバーのキャラクターある程度知ってた方が面白いと思うし。『3択かと思ったら4000択!?』は結構わかりやすくて良いんですけど、伊沢さんの今でしょボケがめっちゃ邪魔なので、そこだけ差し引ければ……。  フェアリーch。昨年秋にフェアプロが活動終了してしまってから地味にずっとロスを引きずっていたので、毎日更新ではないものの復活して本当に嬉しいです。本当に毎回構築がオシャレだし、撮り直しとかは当然あるんでしょうけど、環境デッキ相手に一矢報いているのが凄い。  TCGの対戦動画のYouTuberって「事前のデッキ構築」「対戦中でのプレイング」「喋り」「動画編集」が全部求められる上に、最低2人必要なのでハードル高いなーと思います。構築上手いけどプレイング微妙な人とかもいる中で、全部満たしてるのが本当に才能。  そして何よりも2人が楽しそうに対戦しているので観ていて本当に楽しいです。けみくろ放送局も時々観ますけど、あの対戦中のギスギス感どうにかしてほしい……。  フェアリーさん、本当はデュエチューブが始まった時点で公式が頭下げて引き入れるべき人だったと思うんですけどね。環境で強いカードなんてわざわざ公式が紹介する必要ない。……と言いつつ私は別に買ってないんですが。相手もいないし。  さらば青春の光 OFFICIAL CHANNELは毎週面白すぎて、今あるどの地上波番組よりも楽しみかも。  1つの企画から派生して次の企画に繋がっていく感じが、全盛期のアルピーANNのように、長く追っていればいるほど楽しめる。昨日のシアター関町企画なんてタイトルだけで爆笑できる。  ラジオはまあ仕方ないんですけど最大のコンテンツが奪われてしまってパワーダウンしてしまった感。もちろん東ブクロのリアルセフレとかもう呼べるわけがないので仕方ないんですけど……。アルピーも霜降りもナイナイもですけど、その行為だけを見ると擁護できないミスによって、別にそれまでは問題なかったところまでラインを下げることになってしまうのは本当に悲しい。  あ、あとサブチャンネルのネコ動画がさらばとか関係なく可愛すぎてヤバかったです。  ネコ、実家では飼っていて、ネコが家にいるだけで日々の生活の幸せ度がとても上がるということははっきりしているので、もちろん今のアパートでは飼えないんですけど、そのうち飼いたいなーとは思っています。  あと、家族とか夫婦の会話の緩衝材というか、ネコを介してコミュニケーションが増える効果は結構大きいと思っていて、なのでこれはずっと決めてるんですけど、自分がもし結婚したら飼いたいし、または結婚を完全に諦めてもそれはそれで飼おうと思っています。 --------------------  ワクチン、あの記事書いた後に熱が結構上がってその日の夜が一番きつかったです。普通の風邪と同じくらいのしんどさ。とりあえずこれからワクチンを打つ方は、打った次の日は平気っぽく感じてもなるべく安静にしているのが良いと思います。  そこから2日くらいは、夜すぐに眠くなったり体力落ちてる感じがありましたが、それ以外は何ともなく。ただ肩は3日間ずっと痛かったです。4日目でようやく痛いけど動かせるかな、くらいになって、5日目に全快という感じでした。  1回目でこの感じなので2回目の接種ほんとに行きたくないなーと思いつつ、仕方ないので受けます。  そうこうしているうちに緊急事態宣言だし、オリンピックも無観客だしROCK IN JAPANも中止だし、誰も幸せになってない感が凄い。私自身は別に生活として何も変わらないので平常でいられてはいますが。

 今のこういう問題に対して難しいというか酷だなと思うのは、今のこういうご時世の中で潰されているエンタメだったり娯楽だったりって数万単位であると思うんですけど、その中で自分がダイレクトに影響を受けるものって2個か3個くらいじゃないですか。多い人はもっと多いかもしれないけど。  「ディズニーランドが営業を続けることに反対ですか?」みたいな質問はそもそも意味がなくて、実際休業しててもしてなくても行かない、という人がほとんどだと思うし、そんな人たちに聞いても反対に決まってるというか。実際その休業が感染防止に対して与える効果がほんの少ししかなくて、クラスターも出していないし人数制限もちゃんとしていたとしても、休業するよりリスクが小さいということはないし、自分が行きたい娯楽以外は全部反対票を投じるのが合理的という。もっと言えば自分がいろんなことを我慢させられている状態だと、他の人の娯楽も奪った方が楽しいだろうし。  だからそこを個々人の利益ではなく全体としての利益として判断できる役割を政治家が果たしてくれるはずなのになー。という残念さがあります。もう今更という感じですけど。 5/1:行動指針 | Our Story's Diary
 2ヶ月前に書いたことそのままなのでそういう感じで。  なんというかこう、コロナに日本がしっかり負けた証が残るのは良いことなのかもしれないですね。別にそういう形では残らないとも思いますが。  そういえば霜降りのイベントは配信なかったら行かないかなーと先週書きましたが、今週のオードリーANNでチラっと冗談っぽく出ていた東京ドームでイベントやる話が本当に動いたらそれは行きたいなと思ったので単に熱量の問題かもしれない。けどまあ別にライブビューイングでいいな……。  人数絞って会場チケット+ストリーミング配信の組み合わせが一般化したことでライブビューイングという文化が一番消えかけている感じがしますが、映画館でイベント観るのって適度に非日常感あって好きなので戻ってきてほしい。周りのお客さんの反応も楽しめますしね。『明日のたりないふたり』も本当はライブビューイングで観たかった。 --------------------  今週はほんとにあっという間でした。本当に平日5日もあったかな? という感じ。そして土日もあっという間でした。そうやって時間が過ぎていくのだと思います。この前給料入ったと思ったのにそれからもう半月経っている。  とりあえず再来週が4連休なのでそこまで頑張ろうと思っています。GW終わってから2ヶ月半も祝日ないのが辛いのでどこかで有休取ろうと思っていたけど、気づけば走り切れてしまった。そう思う程度に仕事のストレスが少ないのはありがたいことですね。 ...

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ひとりごと 3か月前

決断

7月になりました。雨が多いので洗濯のタイミングがなくて困りますね。 --------------------  先週、水出しコーヒーを作れるフィルターインボトルを買った話をしましたが、それから1週間経った今もずっとハマっていて、2~3日に1回くらいのペースで作って飲んでいます。  で、もっと美味しい入れ方はないかなーといろいろ調べていたところ、「浄水器があった方が良い」という記事を見つけました。  実家にも浄水器はなかったのでそういう発想もなく、1年間お茶もご飯もパスタも水道水をそのまま使っていたのですが、調べてみたところ意外と安くて付けやすい。 [amazon_link asins='B003AZZS3Q' template='Original']  ということで買ってみたのですが、  感想としてはよくわかりませんでした。  美味しくなったと言えば美味しくなった気もするけど、プラシーボ効果かもしれない……。  まあ少なくとも不味くなることはないはずなので使い続けようと思います。こういう便利ガジェットは使いたいという気持ちを一時的に高めるために買うものだと思っているので。実際お米をどんどん炊きたくなるのでちょっとだけ自炊率が上がっています。 --------------------  昨日、ワクチンの接種を受けました。職域接種。  今のところそんなに強い副反応は出ておらず。  腕というか肩のあたりを動かすと痛い状態が丸1日続いているので、インフルの予防接種とかに比べるとかなり重いのですが、とはいえひじ掛けに置いていればブログも両手で書けるくらいなので、そんなに困ってはいません。  ただちょっとお昼過ぎに買い物とか料理とか普通に過ごしすぎたら軽く熱が上がりました。少し寝たら下がりましたが。これから打つという方は、熱などの症状が出ていなくても念のため安静にしていた方が良いと思います。  1回目でこの感じだと2回目ちょっと怖いなというのはありますが、1回目から結構症状出ている人もいるようなのでそれよりはマシなのかなと、その点はホッとしています。  気になるのは自分が体力なさすぎて筋肉痛が一週間くらい残るタイプなので、本当に痛みが明日には全快しているのかということくらいですかね。今週いっぱい左腕に痛みが残ってる状態とかだとちょっと困る。着替える時とお風呂入る時がつらいです。  ワクチン打つか打たないかはほんとに個人判断でいいと思っていて、正直リスクもよくわからないし打ちたくない気持ちもすごくわかるし、個人的にはどっちでもいいなと思ってはいるのですが、まあ自分の周りの家族とか友人とかが打つ方向だったので、だったら別に自分だけ打たないことを貫いてもあんまり意味ないなというのと笑、  もう少しワクチン接種率が上がった後、いろんなことにワクチンを打っていることが有利に働く可能性はありそうだなというのと、逆に打つことのデメリットはあんまりないだろうなと。  「ワクチン打った人だけは必ず出社してください、打ってない人はリモートワークでいいです」みたいな指示を会社として出すことはさすがにできないと思うので。  それであれば、少なくとも身の回りにワクチンを打つことで嫌な顔をする人がいないのであればまあ打つ方が良いのかな、くらいの気持ちです。  別に自分から周りの人に対しては、ワクチン打ってなくてもご飯一緒に行くくらいなら気をつければ問題ないと思っている側だし、逆にワクチン打ったことで急にノーマスクで生活できると思っている人とはあんまり関わりたくないし、あんまり生活態度として変えるつもりはないです。  旅行とかは別にリスク低いと思ってるのでワクチン関係なく行くかもしれないけど、ライブとかはちょっと行きたくない気持ちが強い。まあでもこのあたりは世間の情勢によるんだろうな。接種率が9割超えて完全に収束して、マスクしている方が過敏すぎて恥ずかしいみたいな風潮に完全になったら付けないと思いますし。そこまで楽観視していいものなのかはわかりませんが、自分自身に強いポリシーがないのでどっちでもいい。 --------------------  そんなわけでヒトリエの東京公演は普通に見送ったのですが、配信が決定したのでそれは観ようかなと思います。両日は別にいいので2日目だけかなあ。

 正直、コロナとか関係なく今のヒトリエのライブをわざわざ会場に行ってまで観たいかと言われると別にそこまでの熱量はないなと思うので、配信があって良かったと思います。数年後、バンドのライブにおける配信という文化が完全に廃れたら、たまには行こうかな、となるかもしれません。  霜降りANN0の番組イベントも、配信あったら観たいけど会場に行くことはなさそう。仕方ないけど意外と配信のないライブも増えてきて、これからどちらの方向に行くのかはちょっと気になるところ。正直、昨年末のCOUNTDOWN JAPANが配信なし→中止の流れは割と目を疑ったので。まあ配信オンリーだと採算取れなかったのかもしれませんが……。 --------------------  都議選も投票してきました。どう考えても期日前投票行くべきだった。投票率低すぎてびっくりしますね。雨だしコロナだし上がる要素もないんですけど。  別に誰が当選しても劇的に何かが良くはなったりはしないし、劇的に悪くなったりもしないので、現職の人たちにプレッシャーをかける役割しかないんだろうなと思い始めています。そう思う方がまだ1票の価値を感じられるというか。自分の入れた候補が落選したら死票、という考えだと本当に行く意味がない。勝つとわかってる候補に入れるなら入れなくても同じだし。当選はしたけど前回よりも僅差だった、となってほしい。そういうのの積み重ねで政権交代が起きるならそれはそれで。 --------------------  7月。下半期。  6月は本当に仕事だけして過ぎ去ったという感覚しかなかったので、もう少しバランスを取れるようにしたい気持ちです。  というよりも、がむしゃらにできる限りのことをするのではなく、チームとしてのスケジュールに沿って必要な成果を出す……みたいな。こう書くと当たり前のことですが。笑  先月みたいな働き方が当たり前になると普通に過労になってしまうので、無理のない範囲で適度にやっていきたいです。  最近チーム内のいろんな人と話したりしていて気づいたのは「自分より10歳以上年上で、自分よりもずっとレベルの高い仕事をしている人が、必ずしも自分の知っているレベルのことを全て知っているとは限らない」ということです。いや、これも本当に当たり前のことなんですけど、意外と「このレベルの人ならそのうち自分で気づくだろうし、わざわざ指摘して雰囲気悪くしなくてもいいか」っていう方向に流れがちだったんですよね。それはあんまり良くなかったなと。  結果的にそれが全然的外れな指摘になってしまうこともあってそのことで数日引きずったりもしてしまうので、本当はそういうことやらずに済めば一番いいんですけど、いつの間にか言われたことだけやっていればいいグレードを超えてしまっていたので、そうも言ってられないなと……。  最近、日々の中でやらなければいけないことが多い、仕事に限っても1日の間に3つくらい終わらせないといけないタスクがあって、たぶんそれをちゃんと意識できていたら時間を有効に使えている気がしています。  そういう日々のやることを本当はもっとちゃんと整理したくて、どこかノートとかアプリとか何かしらに書き出したいんですけど、なかなか良い方法がなくて模索中。です。メモ帳アプリってなんでこうしっくりこないんだろうな……。Apple Pencilの第2世代が使えたら解決しそうな気もしつつたぶん別にそんなこともないんだろうな。でもiPad Airはちょっと気になっています。miniよりもプロセカがやりやすそうなので……。 ...

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ひとりごと 3か月前

お詫びと反省

まず最初にお詫びから。  6/20~6/24まで、iOSで一切このブログが表示できない状態になっていたようです。  Next.js + Vercelへのリニューアルが原因だったのですが、事後報告になってしまったためiOSの方はアップデートされたという内容の記事を読むこともできないのでただただ急に見れなくなったという……。  一旦元のNuxt.jsに切り戻しました。すみません。  原因はおそらくiOSで使えない機能(通知かPWAあたり)のエラー制御だと思うんですけど、このあたり、手元にMacがないのでデバッグがかなり厳しいんですよね……。  何よりも、今回のアップデートは自己満足という感じで、実際の機能が大きく変わるわけでもなかったので、一旦今回のアップデートは中止にします。また次の機会に……それこそNuxt V3が出たタイミングで、今回リファクタしたコード資産は活用しつつのアップデートを目指します。    いやそれにしても今回は知り合いから教えてもらえたことで気づいたんですけど、それがなかったら数ヶ月放置してた可能性もあったので本当に良かったです。まさかAndroidとWindowsで問題なく表示されていてiOSだけ落ちてるとか思いつかない……。今後はiPadでも確認するように気を付けます。 --------------------  プライムデーがありました。壊れたものの買い替えとかも含めていろいろ買ったのですが、個人的に一番良かったのがこのフィルターインコーヒーボトルです。 [amazon_link asins='B07FRJXG7L' template='Original']  冷蔵庫に入れておくだけで水出しアイスコーヒーが作れるというもので、スタバのアイスコーヒーブレンドを買ってきて飲んでみたら本当にスタバで売ってるアイスコーヒーそのもので感動しました。  これが家から一歩も出ずに作れて、しかも大容量。最高。  コーヒーメーカーもあるんですけど、元々アイスコーヒーの方が好きなのと、そんなに多くは作れないし、あまり一気に作っても冷めてしまうのでなかなか使う機会がなかったり。たまに朝とかに作ると美味しいんですけどね。    価格も、1回55gで750ml作れて、スタバの粉は250gで1500円くらいなので、お店で買うのと比べると半額くらい。普段は週4くらいでスタバに通う人間なので、月で見ると5000円くらいの節約。粉の掃除とかは若干面倒ですが、続けていきたいです。まあ何だかんだ期間限定ドリンクとか買いに週1くらいで行くと思いますが。 --------------------  Windows 11が発表されました。  Windows 10が最後のOSという発言を覆すことにはなりますが、実質的にはWindows 10の延長線上にあるものなのは間違いなく。  ここ2年くらいWindows Updateが明らかに停滞していて、新機能がほとんど提供されていなかったので、大型アップデートを新しいOSにしてマーケティングしたかった、という感じなのだろうと思います。  無料アップデートが提供される時点でWindows 10と変わらないですからね。半期ごとのWindows Updateもファイル消失バグを出して以降様子見されていたりしたので、大型アップデートが当面は自動更新にならない(既存PCへの自動配信は来年以降らしい)のも良いことだと思います。    個人的にはWindows 10凄く慣れているし良いOSだと思っているので多少の不安はありますが……スタートメニューが真ん中になってタイルがなくなるのが使い勝手としてどうなのだろうという感じ。  ただまあ秋のSurfaceはますます楽しみになりましたね! Windows 10をデフォルトで搭載していたSurface Pro 4以降、最新のSurface Pro 7まで外観はほとんど変わらないまま6年が経過しており、こちらも変化がありそうです。とは言っても現行からこれ以上何か変えるところがあるかと言われると、Pro X的なベゼルレス化くらいしか思いつかないですが……。  正直Pro 7から1年半くらい新しいPCを買っていないのでちょっと飽きてきているところもあります。夏にボーナスもあるので、Pro 8に何か惹かれる要素があったら勢いで買ってしまうかも……。 --------------------  6月も終わりますね。この1ヶ月は本当にあっという間でした。  仕事は6月前半は「これ本当に6月中に形にするの間に合うのか……?」と不安になりながらだったんですけど、どうにか形にすることができました。  今は仕事が楽しいので時間さえあればいくらでもやっていきたいし、実際明日は1日仕事をするつもりでいて、それは本当に自主的な気持ちなんですけど、  それはそれとしてこれだけ頑張っているんだから何らかの評価が返ってこないとさすがにしんどいなという感じはあります。そういう意味でも7月の評価面談とボーナス査定は結構大事。正直これでちゃんと評価されなかったらさすがに心折れると思います。  2021年の上半期の終わりでもあるわけですが、結構この上半期は頑張ったと言って良いんじゃないですかね。  個人アプリという目標も、まあ結局中途半端な(一応Webアプリとして公開はしたもののアプリストアに持って行ったりもせず、宣伝や機能追加もせずに放置している)感じで終わらせちゃったんですけど、とりあえずサービスとして形にできたのは事実としてあるし、  そこで勉強したスキルをそのまま4月以降仕事に持ってきていて、それを作ってなかったら絶対こなせていないタスクをしっかり打ち返せているので、凄く良いタイミングだったなと。  ブログのNext.js移行も、まあ最終的には諦めることにはなってしまいましたが、とりあえず動いて公開できる形にしたことでReactについての理解度が飛躍的に上がったし、これも仕事に即持っていきました。Reactを使うようになったというよりは、ReactとVueを正しく比較できるようになったというか。    で、それに加えて4月はブログの毎日更新を6年ぶりにやりました。1ヶ月しか続きませんでしたが、何だか懐かしい気持ちになりました。たまにやりたくなるのできっとまたいつかやると思います。しばらくは忙しすぎて無理です。  自炊も続けているし、リングフィットアドベンチャーも途切れ途切れですが一応やっているし。仕事に加えてこの2つをやっているだけで日々の充足感を得られるというか、自分ができることの最大をやっているなという気がしています。  下半期は……仕事が落ち着いたらまたいろいろやりたいですね。作りたいものはあります。上半期に仕事とプライベートで頑張れたこともあって、今の自分は何でも作れるんじゃないかという全能感を感じていて、なのでJSでブラウザゲームとか作りたいなと思っています。まあ数ヶ月後には全然違うことを考えている気もするので、聞き流してもらえればと。  ブログはとりあえず毎週ペースを維持したいですね。今日の記事がまさにそうですが、こうして --------------------  仕事だったり作業が楽しくなりすぎて気づくと4時とか5時になってたりして、もうこれ寝なくていいんじゃない?と思ったりするんですけど、それはあんまり良くないと思って無理に寝ています。  まあそもそも出勤時間も遅いのでそこまで睡眠時間自体は削ってないんですが、  こういうところは自分の体力のなさと自分の身体に対する信用のなさがむしろプラスに働いているかもしれない。  身体がしんどい時に無理やり動きたくない、というより、そこで気持ちがどんなに前にあっても無理やり動かせるほどの体力や気力はないという感覚が強くて、その感覚はひょっとしたら合宿免許の授業中に居眠りして追い出されたところで身に着いたものかもしれません。自分はルールで身体をコントロールできないんだなという。今でも日中どうしても眠くて寝ちゃうことは結構あるし。    wowakaさんのことがあってから、ぼんやりと「人は不健康な形で頑張りすぎると死ぬ」と思っているところがあって、それは別にはっきりとした因果関係というわけではないんでしょうけど、ただの偶然であるわけがないと思わないとやってられないので。  なのでこういう働き方をあんまり続けるのも良くないんだろうなと思いつつ、  とはいえ人生の中で多少の無理をする時期はあっても良いと思うので、バランス取りつつやっていきたいです。どうせずっとこういう風にはできないので。体力的にも気持ち的にも周りの環境的にも。 ...

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