真っ白なしずく access_time

真っ白なしずく #4

 部屋に入ってみると、意外と狭い事がわかった。  長机が横に3台並んでいて、向こう側に一人の女性が座っていた。  女性は、男のマントよりやや薄めの、水色に近い青のローブを身にまとっている。  年齢は20代後半か30代前半くらいだろうか。 「はじめまして。座っていいわよ」  女性は優しそうに微笑んだ。 「は、はぁ……」  とりあえず、女性の向かい側に用意された椅子に座る。  隣の椅子に青マントも腰かけた。  女性はしばらく無言で私の方を見てきた。  数秒間の沈黙の後、ようやく女性が私から目を離したので、私は少しほっとした。  女性は青マントの方に顔を向ける。 「この子が、あなたの言っていた……?」 「そうです、支部長」  この男が敬語を使うとは、よっぽど地位が高いらしい。  でも、名前すらわからない私は遠慮などしない。というより、できない。 「あのー……。  すみませんが、あなたは?」  すると女性は笑った。 「ごめんなさいね、紹介が遅れて。  私はテルス魔法神教メルクリウス魔法学会(アカデミー)若葉支部の支部長(エリアチーフ)、仙道よ」 「…………」  専門用語が多すぎて、さっぱり訳がわからなかった。 「えーと。  とりあえず、テルス魔法神教ってなんですか?」  さっぱり訳がわからないので、とりあえず登場順に問う事にした。 「テルス魔法神教というのは……簡単に言うと、テルスという神を信仰する宗教ね」 「テルス?」 「ローマ神話に登場する神の名前よ。私たちの宗教は、ローマ神話の神を信仰しているの。  日本ではギリシャ神話の名前の方がなじまれてる事が多いんだけどね」 「ギリシャ神話? って、ローマ神話とは別物ですよね?」 「厳密にはそうだな」  青マントが口を挟んだ。 「確かに、もともとは全く別の神話だ。だが、かなり早い段階で、ローマ人はギリシャ文化の影響を受け、ローマ神話の神とギリシャ神話の神を対応させる『翻訳』を行った。  そのため、ローマ神話に登場する神のほとんどは、それぞれ対応するギリシャ神話の神が決められている」 「わかりにくいけど、『リンゴ』と『Apple』が同じ、って言ってるのと同じようなものよ」  ……やっぱり、仙堂さんの説明はわかりやすい。青マントとは段違いだ。 「テルスは、ギリシャ神話で言うと『ガイア』ね。ローマ神話における最初の存在よ」  ガイア……なら確かに聞いたことがある。何となくだけど。 「でも、なんで『魔法神教』なんですか? 単なる神話の神なら、魔法は関係ないんじゃ……」 「そう。それは私たちにも謎なのよね。  わかってることは、一部の素質がある者に限り、ローマ神話の神を信仰する事で、その神から魔力を分けてもらう事ができる、ってこと。  だから、この魔法神教ではローマ神話の神を『魔法神』と呼ぶの」 「へぇ……」  ──正直、全くもって信じられない話だった。  それはそうだろう。あらゆる困難が科学で解決するこの時代に、突然「ローマ神話の神から魔力をもらえます。一部の人はそれで魔法が使えます」なんてさらっと言われて信じられる人がいたら、その人はおそらくかなりイタい。  しかし、現に魔法としか思えない能力バトルを見せられている。となると……。 「で、魔法学会っていうのは?」  ……とりあえず真偽はほっとく事にした。 「テルス魔法神教の中には、無数の派閥が存在している。  というか、ローマ神話にはたくさんの神が登場する。そして、どの神を信仰するかによって得られる魔力が微妙に異なるの」 「え?」  青マントの説明で、さらに訳がわからなくなった。  もともと意味不明だったが、輪をかけて意味不明になりやがった。 「えっと、もうちょっとわかりやすく話してほしいんですけど」  そう言いながら私は仙堂さんに目で助けを求めた。青マントはあてにならない。 「そうねえ。例えば、私はメルクリウス魔法学会に所属している。あ、魔法学会っていうのは、この神教での派閥の呼び方よ。  メルクリウス魔法学会は名前の通り、メルクリウスを属性神(フォース)……つまり信仰する神に位置付けている」 「メルクリウス?」 「ギリシャ神話だとヘルメス。英語読みの『マーキュリー』が一番わかりやすいかしら」 「それって、水星ですよね?」 「ローマ神話は、意外と身近なものの語源になっているのよ。天体、曜日、月とかに多いわね。  例えば、『6月の花嫁(ジューン・ブライド)』って知ってるでしょ?」 「はい。この月に結婚すると幸せになれるっていう話ですよね」 「ジューン(June)っていうのは、ローマ神話で最高位の女神であるユーノー(Juno)が語源になっているの。  6月の花嫁(ジューン・ブライド)は、女性の結婚生活を守護する女神ユーノーの加護を期待する風習なのよ」  ……初耳だ。それとも常識なの、これ? 「あ、話がそれたわね……。どこまで話したかしら?」 「確か……、メルクリウスが属性神になってる、ってところです」 「そうだったわね。じゃあ……」 「支部長。申し訳ありませんが、本部での会議まであまりお時間がありません」  青マントが口を挟んだ。 「ああ、そうだったわ……。仕方ないわね。  ごめんね、雫ちゃん。説明は後回しよ」

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