フラワー・ストーリー 第26章
「真衣……」
久しぶりに見た、母の姿。
少しぼやけてみえるけど、それ以外は全く変わっていない。
「会いたかった……」
私は母を抱きしめようと、駆け寄った。
しかし、私は母に触れられず、そのまますり抜けてしまった。
「ごめんね、真衣……私は、あなたとはもう、住む世界が違うのよ……」
「……じゃあ、私は、もうお母さんと一緒にはいられないの?」
「ううん。そんな事ないわよ……」
母は、今までで飛びっきりの微笑を浮かべた。
再会して、初めての笑顔だった。
「真衣も、私たちの世界に、来ればいいのよ……」
「……え?」
衝撃的な発言に、私は一呼吸置いて聞き返した。
「それって、つまり……」
わかっていた。
母は、すでに死んでいると。
霊魂神殿で再会した時から、すでにわかっていた。
住む世界が違う……つまり、母はすでにこの世の人ではないのだ。
「……痛いんでしょ?苦しいんでしょ?」
「ええ、ちょっと苦しいかもしれないわ……でも、一瞬よ。そうしたら、真衣はまた、ずっと、そう、永遠にお母さんと一緒にいられるわよ?」
その言葉には、惹かれた。
すでに夢人も、めぐみもいるかも知れない世界。
今さら私が生き残った所で、何ができる?
それよりも、永遠に侵されない世界で、母と幸せに過ごした方がいいのではないのか?
「さあ……用意はできてるわよ……」
母は、そういって鏡の向こう側から手招きした。
「早く、おいで、真衣……」
私は一歩一歩、鏡へと近づいた。
苦しみの無い世界へ、行ける……。
そう思ったその時、不意に私の頭に、美羽の顔が浮かんだ。
あどけない顔で、笑う美羽。
美羽は、まだ生きているのだろう。
両親を失ってからも、常に笑顔を絶やさずに、必死に自分を偽り、耐えていた美羽……。
それに、耐えられなくなった時、美羽はどうしたか?
美羽は、私に助けられた。
美羽は、私がいたからこそ、死の誘惑を断ち切った。
じゃあ、私は?
美羽には、私がいた。
私にも、美羽がいる……。
「行けない」
「……え?」
「私は、行けない!」
母の顔から、笑みが消えた。
「お母さんの事、嫌いになったの?」
その言葉は、何よりも、私の心を揺さぶった。
しかし、私の決心はそんなに弱くない。
「違う。お母さんの事は、大好きよ。
でも、だからこそ、お母さんにもらった、大切な命だよ?大事にしないといけないじゃない……」
母は、しばらく哀しそうな顔をしていたが、やがてふっと笑った。
自然な笑みだ。
「わかったわ……あなたの人生だものね。
あなたは、自由に、あなたが思うように、生きてちょうだい、真衣。
私も、見守ってるわよ……」
そういうと同時に、母の体、いや鏡が、眩しく発光を始めた。
「え、何!?」
私は眩しさで手を覆った。
《最後に、あなたにせめてもの償いをするわ。あなたを残していった、償いを……》
私の体を、光が包み込んだ。
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気がつくと、私は霊魂神殿の入り口に倒れていた。
「うっ……」
私が起き上がったとき、遠くから私を呼ぶ声がした。
「真衣!」
それは、美羽だった。
「ここにいたんだね?心配したんだよ?」
「ありがとう、美羽……」
私の目から、一筋のしずくが零れ落ちた。
「え!?なんで泣いてるの!?」
美羽は事情を知らず、ただ戸惑っている。
「私は、美羽のおかげで、今ここにいるんだよ……ね?」
「うん……あたしもだよ☆」
こうして、私たちはお互いの友情を深め、第四の魔境へと出発した。
美羽も真衣と同じように不時着し、どこにいるかわからなかったが、不思議な声が聞こえたので、その声に従って進むと真衣に会えたという。
きっと、母が、美羽を呼び寄せてくれたのだろうと、真衣はどこにいるかわからない、しかし確かにいる母に感謝した。
しかし、心の底で考えているのは、夢人の事だった。