ひとりごと access_time2015.08.17 23:51 update

1日経って

 無事に帰国しました。

 荷物検査での不手際によりお土産のメープルシロップ750mlを没収される悲劇などもありましたが、概ね問題なく帰って来れました。

 というかまぁ、行きはともかく帰りに関してはほんと帰るだけなんで別に緊張することもないですよね。

 そんなわけで日本に戻ってきました。暑い。

 何をしても汗をかく感じ。不快。カナダは気温もですけど湿度も低かったんで、基本的に汗をかくことはあんまりなかったんですよね…。走ったりしたら別ですけど。

 日本を出て数週間過ごすと改めて日本人はなんでこんなところに住んでいるんだろうという気になりますね…。

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 Splatoonも久々にやりました。

 1ヶ月半やってなかったせいですっかり腕が鈍って立ち回りもエイムもゴミになっていて泣いた。

 それでもだいぶ慣れてきました。

 ガチホコ楽しいけどたまにどのルート行っていいかよくわからなくなりますね…。特にモズク。

 バケツとかスピナーも試してみましたが、何だかんだスプラローラー安定でした。メガホンレーザー強化されたしね。

 あとデカライン高架下が予想以上に大改修されてて笑った。もはや別ステージ。

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 1ヶ月半のブランクを取り戻すようにAmazonで本をたくさん買いました。

 まずはろこどる4巻。相変わらずキャラがみんな可愛くて癒される。

 アニメ化以降のエピソードということで、アイドルモノよりも日常モノ部分が前面に出ていて、野田ちゃんやさつきちゃん、美里ちゃんといった同級生組にも様々な変化があって楽しいです。まだまだ続いてほしいなー。

 新約禁書13巻は、相変わらず話としては面白い反面、だんだんとスケールが大きくなりすぎて脳みそがついていかない部分も出てきています。旧約時代の適度な規模のお話が懐かしい…。
ただラストには最近存在感の薄かったあの人やあの人が出てきて今後が楽しみではあります。

 

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 そして大本命の「WORLD END ECONOMiCA (3)」

 結局カナダではまとまった時間がなくてノベルゲームの方は遊ばなかったんですけど。

 題材は金融というマニアックなものではありますが、展開はまさしく王道で気持ちよかったです。

 最終巻ということで主人公のハルやその他のキャラクターたちがいろいろなものにしっかり決着をつけてくれて、気持ちの良い終わり方でした。

 あと、WEEは毎回実在する事件や取引をモチーフにしているようなのですが、
3巻の題材は割と最近起こったアレだったので、私でも実感がわきやすくて何となく親しみやすかったです。

 後日談が見たい、的な感想も見ましたが、個人的にはあれで十分かなーと。本当に綺麗にまとまった素晴らしい作品だと思います。

 

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 カナダから帰ってきて1日なんですけど、

 すでにだいぶカナダが恋しくなっています。

 というより、ずっと疑似一人暮らしをやっていたので、家族と一緒の空間で過ごすことがなかなかにストレス。

 まぁ、大学寮は、個室でありながら食事の時は毎日友達がいて、食事や電気代なども気にしなくてよいという、まさに実家と一人暮らしのいいとこどりをしたような夢の暮らしだったんで、あれより快適にならないのは仕方ないんですけど…。

 私は、取り返しのつくものに対しては割と決断力をもって行動できるんですけど、

 一方で、二度と取り返せないようなものに対する執着というか未練をすごく強く感じてしまうタイプみたいで、

 その意味で、カナダの大学での1ヶ月半は、おそらく今後の人生でも二度とないと思われるほどに、素敵で充実した日々だったので、

 そこにもう戻れないことへの思いはなかなかくるものもあります。

 これが2週間とかだと、日本に帰りたいーっていう思いの中で、順応することもなく、帰ってきていたのかもしれませんが、

 6週間かけてたっぷりと順応した今となっては、日本に帰りたい理由って意外となかったな、なんて思ってしまいます。

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 そういえば、少し前の記事で「依存するほど大切なものでも、だいたいは替えがきく」という話をしたんですけど、

 あれ、単に思ったこととして提示しただけであって、

 「だから特定のものに依存するのは間違ってる」みたいな話がしたいわけじゃないんですよね。むしろ逆で。

 たとえば、私自身は客観的に見てスマホ依存と思われる程度にはスマホを四六時中触っているんですけど、

 別に私だけでなくほとんどの現代人を、スマホ依存と呼ぶことに前々から違和感があって、
それは、「スマホがなくてはならないから手放せない」という意識は一切なく、

 「スマホを使わない理由がないほど便利だから使っているだけ」だと思うからなのですね。

 アルコール依存とか、タバコ依存とかは、身体レベルで浸りきっていると思うんですけど、
スマホ依存、またはSNS依存に関しては、そもそも、わざわざ止める必要がない、という、

 電車の中、トイレ、お風呂、授業中、とか、それをしない人から見れば「こんな時まで常にスマホ持たなくても」と思う場面でも、
自分視点では「別になくてもいいけど、あるんだから出すよね」という、単純明快な思考の結果なんで、それを思考停止みたいに扱われるのは何かずれてるんじゃないかなあ、と。

 これは別にスマホに限ったことではなく、
「それがなかった場合」のifを想像するのは、思考実験としてはともかく、現実世界においては無意味でしかないよなと。

 とても親しい友人がいたとして、仮にその人と出会わなかったら、もしくはもっと良い人に出会ったら、別の人と親友になっていた可能性はあると思うけれど、

 現実では、そういう他人に出会わなかったから今の関係があるわけで……。

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 ……まぁ、一方で、「別にあなたじゃなくても良かったけどたまたま知り合って親しくなったのがあなただった」的なことをプロポーズで言ったらおそらくドン引きされるのが悩ましいところですよね。

 消極的ではなく積極的な肯定理由を探すのは難しいなと。

 そして同時に、積極的な肯定は難しいけれど、積極的な否定は簡単だったりもするのがまた悩ましく。

 「相手を嫌いな理由」としてあげる特徴は、それが他人と被っていたとしても何ら問題はないけれど、
「相手を好きな理由」は、それが他の人に当てはまってしまった時点で完全ではなくなりますからね。

 だからこそ、性質ではなく事象に好きな理由を求めることでそのあたりの思考を放棄してしまうのが最適なのかもしれません。
「こういうことをしてくれた」というのはその相手としか共有できませんからね。

 「吊り橋効果」なんていうのも、結局は「誰かを好きになりたいけど、好きになる理由がない」というのが前提にあるのかもしれません。
恋人が既にいてラブラブな人同士が吊り橋何本渡っても吊り橋効果とか起きないでしょうし。…起きないよね?

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