可能性
今月。11日にして10回目の更新。
これなら空けずに毎日更新狙えば良かったと思いつつ、このくらいがちょうどいい気もしています。ここまで毎日更新だったらたぶん止めれなくなってたと思いますし。
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ブログをアップデートして1日経ちました。使ってますか?って、使ってなければ今このブログを読んでいないという矛盾があるのですが。
昨日の記事でも書きましたが、このデザインには凄く愛着があって。
ここ1年くらい他の人のブログを結構読むようになってから、そこと自分のブログのデザインの温度差がずっと引っ掛かっていて、
やっぱりブログ感がないと文章がすっと頭に入っていかないんじゃないかと。
単に文章を読むだけであればそれこそ「はてなブログ」みたいなつまらないモノクロデザインの方が適しているわけじゃないですか。
でも一方でこのサイトは単なるブログではなく私のWeb製作者としてのポートフォリオ的に使いたい部分も強くて、そういう個性も落としたくなかったので、
今回のデザインは「ブログらしいデザイン」と「アプリっぽいデザイン」、「自然な見た目」と「個性的な見た目」の落としどころを上手く探れたかなと。
あと、ここ何年かずっと緑色ベースでやってたのを大きく変えましたが、JUGEM時代はコロコロ色変えてましたし、今みたいな水色だった時期もあるので、色に関してはあまり気にしていません。
何だかんだ緑とか青が好きなのが男の子って感じで嫌になったりもするのですが、かといっていきなりピンクにするのもおかしいのでw
そしてもう1つ付け加えるならば、このデザインは将来的にタブを増やす可能性を残しているわけです。スペース的には6個くらい入りそうじゃないですか?
例えば前の記事で思いついたゲーム系の記事だけ別タブにぶち込んでしまっても良いし、それこそ、これからやろうとしていることも……まあ、いろいろ。
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今の私には強くやりたいことがあって、それに向けていろいろ動いているのですが、
そういう「やりたいこと」のアイデアだけあって一つも形にできない状態がここ2年、3年、続いていて。
それがずっと自分の嫌いな部分だったし、恥ずかしい部分だったし、
今の自分が本当に嫌で嫌で仕方ないのは、流されるままに時間を浪費する無駄な人生の2年間を過ごしてしまったという部分で。
結局、このブログで時々書いていた、ゲーム作る、アプリ作る、React.jsでSPA作る、作曲する、小説書く、などといった目標は、結局一つも実行できていないまま卒業に至るわけです。
なのでたぶん私のことを口だけの奴だと思っている……いや思っているというほど何らかの印象を持っている人もいないでしょうけど笑、
まあともかくこのブログでの言動を見て客観的に判断されるのであれば、間違いなくそういう口だけ大きくて何もしない典型的なビッグマウスになるわけです。
結局、去年なんて、就活とかバイトとか誰でもやっているような至ってどうでもいいことを除けば、リリスク現場通ってSwitchで遊んでるだけのゴミオタクだったわけで。
そのことが誰にとっても悪いことだとは言いません、別にそれで人生を楽しんでいる人もいて、楽しいならいいと思うし、私だって楽しければそれを止めるつもりはありません。
でも、そういう受動的な快楽は結局やってて飽きてしまう、自分が恥ずべき人間であることを自覚して辛くなってしまうし、
そんな状態で生きてていいのかという問いもあって、他人から必要とされる、または他人から尊敬される、という邪な表現であってもいいんですけど、
とにかく自分が何か生きていて良いという肯定を与えられるのはそういうところにしかないと思うし、
そして、自分が何かできるという証明をする方法は実際に何かすることにしかないわけです。
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もっと具体的なことを言えば、年始に思いついたとあるアイデアを、ここ2週間くらい固めている作業の最中なのですが、
久々に「もしかして私は天才なのでは」と思えるものだったというのが凄く大きいんですよ。
もちろんそんなわけがないってことはわかっています。わかっているんですけど、それでも、自分の可能性を信じられないと絶対に始まらないことというのはあって、
例えば中学の頃に作ったニコニコメドレー『ニコニコ動画幻日環』は、その当時は本気で自分がしもさんの後継になれると思い込んで作ったもので、今だったらそんな勘違いは絶対にできないけれど、それがあったからこそFL Studioを買うくらいまでDTMに打ち込んで、『幻奏環』まで繋がったわけだし、
「wowakaさんみたいになりたい」という強い自我が巡り巡って自分のサイトを作るためにWeb技術を勉強して、それも動画編集も全部今の仕事に繋がっていて、
そういう衝動が今の自分を作ってることは言うまでもないんですよ。現実が見えてなかったからこそできたことというか。
でも今は自分にそういうセンスがないという現実が見えてしまっている。自分が人気ボカロPになれる可能性とか、ニコニコで有名になれる可能性とか、そんなものはないとわかっている。
そういう青春時代の全能感の喪失に関することは、この前のガールズトーク記事やラジオラジオラジオ記事で書いていたし、去年も何度か触れてきた自分の中で凄く大きなテーマの1つなのですが、
そんな自分が何か自分の可能性をポジティブに信じられている今の状態が、それ自体が凄く嬉しくて、逆にここまで具体的に何か自分ができるんじゃないかという思いを持てる瞬間って久々で、
そしてたぶん今後二度とないかもしれない。だからこそ今自分が動けなかったら、最後まで走り切れなかったら、そのことで一生後悔するだろうとも思うし。
だからこれは絶対に形にしようと思っているし、絶対に成功させようという強い気持ちを持っているわけです。
今までのReactアプリとか小説執筆は、結局、将来の自分のため、または、自分が何かやっている感を持つためにやりたいことで、それを自分がする意味を信じきれなかったから動けなかったという点がありました。
それは、受験勉強とかもそうで、本気で勉強したら自分が東大に行けるとか、それを信用できなかったから打ち込めなかったし、ReactとかUnityとか、あと大学の勉強とかいろいろなことも含めて、
結局短期的に利があることにしか本気を出せなくて、というこれももう何年も言っていることですが……。
なので今考えていることは、そういう自己満足で終わるものではなくて、これによって社会を動かしてやろうというくらいの意志を持っていることです。って、これ書いてやらなかったら本当にテラスハウスの雑魚住人みたいになっちゃうんで恥ずかしいんですけど、そのくらい自分を追い詰めていきたいなとも思っているし。
同時に、たぶんこの記事を読んで、いや読んでないにしても、私が無駄なことをしようとしてる、そんなことできるわけない、って思ってる人たちにざまあみろと言いたいという感覚はやっぱりあって。
2年以上前に書いた記事の内容になりますが、中高の時に、学校での評価軸に適さない行動ばかりしていたためにずっと見下されてきたことへのコンプレックスがあって、それは大学に入って多少は解消されたんですけど、結局就活のことでまたそういう劣等感が復活してきたりもしていて。
就活の中でそういう自分を強く否定されることが何度もあって、未だにそれに対する正解は出ていないし、受けたダメージも完全に回復したわけではなくて、面接でボロクソに言われた某IT企業のことは未だにムカついていたりもするわけですけど笑、
そういう人に対して私が何か見返す方法はやはり何かを成し遂げるしかないし、その可能性に賭けようと思えるのも自分しかいない。
今までやってきたことから言って、自分が他者から信用されるに足る人間ではないことはわかっていますが、そんな自分を信用できるのも自分自身しかいないので、頑張ります。頑張ります、と、言って、ここから自分を追い込んで、何とかします。
何も具体的なことを書いていないので本当につまらない記事で申し訳ないんですが、ひとりごとって本来そういうものなので……すみません。