若林チルドレンが革命を起こす──『オードリーANN』(4/20・弘中綾香ゲスト)
オードリーANN、2019年暫定ベスト回は翌4/27であっさり塗り替えられてしまったけれど、個人的に記録しておきたい4/20回です。
前半のオープニングトークも圧巻でしたが、それを完全に喰ってしまうほどに弘中アナの凄さが明らかになった回でした。
弘中:Mステ以来初の生放送ですから。歴史に刻まれますよ
このボケはスルーされていましたが、結果的にその通りの放送となりました。
アップデート大学、インスタのフォローが若林1人だけ、お願いランキング、などなど、番組関連のトークも当然ながら面白かったのですが、
それを書き起こしていくと全編書く必要があるので割愛して、弘中アナのパーソナリティーに絞っています。
もう既に1週間が経ってradiko配信は終了していますが、まあ、何とか探してください。
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「結婚イコール幸せ」ではない
4/18、土曜深夜。モニタリングの春日プロポーズ企画から2日、オープニングトークでは若林の号泣の裏話、M-1本番の秘話などが語られます。ナナメ視点で物事を捉え続けてきた若林も、中学校からの同級生の結婚は純粋に喜び、春日のプロポーズの手紙も「人として正しすぎる」と絶賛。まあ、1週間経った今となってはいろいろと思うこともありますが……、
ともかく、41分のオープニングトークは終始祝福ムードで進んでいきました。
そして49分ごろ、弘中アナが登場。
若林:ちなみにまあ今日はね、いろんな話題があって、春日のモニタリングのプロポーズは……
弘中:ご結婚おめでとうございます、本当に。
春日:ありがとうございます。
若林:観た?
弘中:観ました。1.5倍速で
(弘中・若林笑)
春日:なんでだよ。それ別に要らないだろ!『観た』だけでいいだろそれ!
若林:業務の一環としてね?(笑)
弘中:そうそうそうそう(笑)
春日:『そうそうそう』じゃないよ。何を盛り上がってんだよ。
ここまでの50分のオープニングを全てフリにしてしまう一言で、開始1分で爆笑をもぎ取ってしまう弘中アナ。
ただ、このエピソードが、例えばラジオではなく激レアさんのオープニングトークとして編集されて流れていたら、または、収録前のやり取りを若林が再現する形で披露されていたら、
今まで通り、弘中アナは変な人だという認識で終わっていただろうと思います。
しかし、そうではないことが次第に明かされていきます。
若林:結婚願望あんの?ああいう話で言うと
弘中:えっとですね、それで言うと、私、結婚ってしなきゃいけないのかなって考えている方の人間なんですね
若林:あっ、そういうことね?
弘中:凄い面倒臭い人間なんですけど、あのー……昨日のモニタリングも観て、何でこうも世間は、結婚しなくてはいけないのか、または、結婚イコール幸せと考えているのか……
若林:いや、マジで?(笑)
弘中:その、一元的な、この発想に、ちょっと、『ううっ、胃もたれ……』っていう感じでした
春日:なるほどね。なんか、いろいろ……
若林:あんま、いい方向から見てないよね?じゃあ
このトーク、完全に用意してきているんですよね。結婚という世間の風潮に対して自分が元々煮詰めていた持論の引き出しから引っ張り出してきてる。
それが良い悪いじゃなくてそういう性格だっていうことが徐々にわかってきます。
弘中:え、だって、そういう風にみんなが「春日さん良かったね、けじめつけたね」っていう風に言うと、「え、じゃあ、私とか若林さん、結婚してない側の人間は、幸せじゃないんですか?」っていうことを問いたい。世の中に対して。
春日:なるほどね。
弘中:私は凄く幸せ今。結婚してないけど。
若林:ああ、そうかそうか、うん。俺もよく言われんのよ。春日が結婚したから、「若林さんも早く幸せになってください」って
弘中:そう! 今幸せですよね?
若林:俺はね、幸せ、今。(笑)
弘中:良かったぁー。(笑)
面倒臭いから、興味がないから、その方が面白くなるから1.5倍速で観たのでは全くなくて、
もう最初からこの、「結婚=幸せ」という世間の風潮に反抗するためにそうしている。完全に計算されています。
自分にウソがつけない
弘中:若林さんはですね、春日さんもわかっていると思うんですけど、同じ話を何度もするじゃないですか。凄い前のこととか。
春日:あっ、そう……
弘中:しつこいですよね、言うことが。本当に同じ話ばっかり。
若林:(爆笑)
春日:ああ……まあ確かにするね、うん。
弘中:私が飲み会で、初めて行った……初めてご一緒した、最初で最後の飲み会の時に、「人見知りのくせに、頑張って話してやんの」っていう……5回くらい話してますよね?
若林:それはだってほら、要所要所でこの話がいいかなっていう時に出してんのよ。そこは背負って……初めて聞く感じにしてよ、そっちはそっちで
弘中:いやいや、だって、5回6回聞いてますから
若林:ははは(笑)だから、ちゃんと5回目ですよみたいな顔をするのはやめよう、それは。それはお互いなんか紳士協定みたいにやろうよ
同じ話を何度もすることは、それがウケるのであれば良いんじゃないかと思ってしまいますし、弘中アナのトークがリトルトゥースにあまりウケなかったのもこのあたりの、オードリーの良さを否定しかねないロジックにあったのだと思いますが、
このエピソードのキモは「既に一度しているのに、あたかも初めてする話かのように語ること」「既に聞いたことがあるのに、それを初めて聞いたかのようにリアクションすること」が嫌だという主張であって、
弘中アナの価値観の根底に「嘘をつきたくない」「嘘をつく人間を信用できない」「空気を読みたくない」という信念があるのだろうなと思います。
上の結婚観のトーク自体がまさにそれで、
プロポーズ放送2日後というタイミングでわざわざ結婚自体に水を差す必要はないのだから、おめでとうと言っておけば良いのですが、それは自分の価値観に反してしまうからしたくない、できない。
春日に結婚祝を渡す時の「好感度を上げに来ました」という一言も、自分の中にある相反した気持ちの片方だけが100であるかのように偽ることができないからこそ出てくるのだろうと思います。
若林:それでさ、いや俺は全然いいんだけど、弘中ちゃん相当俺のことブサイクだと思ってるよね?
弘中:えへへへっ(笑)ひどー。
若林:いや、イケメンの俳優さん来て、なんか顔の話とか、「ね、学生時代、モテてたでしょ」みたいな話になるじゃん。
春日:まあまあ、はい、そういうことね。
若林:そしたら、「若林さんはバレンタイン……(笑)」みたいに、もう振る時から笑っちゃってるのよ
弘中:(笑)すいませーん
春日:(爆笑)
若林:いや、すいませんの前に、「そんなこと思ってないです」が一回ほしいのよ
弘中:いやいや、本当に思ってます、すいません
世間一般として、こういう流れであれば、まずは「いやいやそんなこと思ってないんですけど」と置いた上で、「ブサイクではないけどかっこよくはない」みたいな言い方で、ぼかしに行くと思うのですが、
そういうテンプレートに則った心無い返事をすることが本当に嫌だからこそ、こういう発言が出てくるのだろうなと思います。
もう本当に、自分の口から自分の心にない言葉を発するのが絶対にできないのでしょう。
若林が折り合いをつけてきた道を辿る後輩たち
他人の目を気にするのではなく、自分を監視する理想の自分、本心を偽って生きることが嫌で仕方ない弘中アナ。
同様の主旨の話をしている人たちは他にもいます。
例えば小説家でラジオパーソナリティーでヘビーリトルトゥースの朝井リョウ。
朝井:でも僕、若林さんが前に言ってたのが全く同じで、例えば……誕生日パーティーとかに行った時に、その……かつての自分がそういう場にいた時に凄い『何だよ。』って思ってたから、自分が誕生日パーティーを開けない、その過去の自分が絶対来場する、っていうのをおっしゃってたじゃないですか。
それ僕……完全に僕は講演会ができないんですけど。講演会全部断ってるんですよ今。それは、講演会を受けている高校生とかの中に、必ず過去の自分、つまり講演会なんてクソだと思っていた自分が必ずいるはずだと思って
朝井リョウ・加藤千恵のオールナイトニッポン0(ZERO)より
Creepy Nutsの一員として『Creepy Nutsのオールナイトニッポン0』を担当するDJ松永。
DJ松永:それがすっごく腑に落ちて。俺も朝井リョウも、後輩が一人もいないんですよ。R-指定は年下だけど、同じ目線だったから仲良くなれたんですよ。仲良くなるのは先輩ばかりで、朝井リョウも仲のいい小説家って年上ばっかりなの。先輩をやるのって怖くない?
R-指定:めちゃくちゃ怖いよ
DJ松永:責任感とか、言動をちゃんとしないといけないから。適当なことを言って、後輩に悪い影響を与えたらいけないから変なことを言えないし、その責任を背負いたくないから逃げていて。でも、若林さんもある時期までそうだったらしいんだけど、後輩を作ったら人間的に成長ができて、どうしたら伝わるのか、どうすると傷つくとか、そういう想像力が鍛えられるから、絶対に後輩は作った方がいい、っていう話をしてくれて。二人で「確かに」ってすごく納得した。この間も(朝井リョウとの)LINEで「本当に後輩作ろうね」って話して
DJ松永と朝井リョウが、人として成長するために足りないもの | オールナイトニッポン.com ラジオAM1242+FM93
このようなトークはあくまで一例にすぎませんが、
この2人、そして弘中アナの話に共通しているのは「自分が嫌いな人間と同じことを自分自身がしたくない」という強い信念です。
社会の風潮、よく考えたら絶対に良くないけれど、立ち向かうより周りと合わせた方が生きやすいからみんなが何となく受け入れてしまっているものを、すんなり受け入れることができない。
朝井リョウさんは以前ヨブンのことで「奥さんという言い方をしたくないので妻と呼ぶようにしている」と発言していましたが、これも、奥さんと呼んでいる男性全員が女性を下に見ているわけではないにしても、言葉の意味を考えたらやはり男尊女卑的な思想が根本にあるから、あえて使わない。
自分一人が変わっても社会は変わらないのだから、と諦めてしまった方が楽だとわかっていても、自分の生き方、態度によって社会への反抗を提示していたいという強い信念が見えます。
そして、このような考え方はまさしく以前の若林が考えていたことと言っても良いでしょう。
若林がブレイク直後、トラのカブり物を着けて写真を撮影されることを断固拒否したというエピソードはあまりにも有名ですが、自意識、社会への反抗、多数派への疑問、そういったものと10年以上悩みながら戦ってきたのが若林であり、オードリーANNは10年間、そういった若林の戦う姿を生々しく映し出し、
それを心の支えとしていたのがDJ松永や朝井リョウ、加藤千恵といったラジオを愛する表現者たちでした。
そして若林はそれに10年以上かけて折り合いをつけてきました。
若林の最新の著書『ナナメの夕暮れ』ではこんな話が出ています。
前作のエッセイで、スターバックスで注文の時に、「グランデ」と言えないと書いた。 何か自分が気取っているような気がして、恥ずかしかったのである。 「L」は言えるのだが「グランデ」は言えない。 自意識過剰である。 自意識過剰なことに対して、「誰も見てないよ」と言う人がいるがそんなことは百も承知だ。 誰も観ていないのは知っているけど、自分が見ているのだ、と書いた。 自分が見ているというのはどういうことかと言うと、「グランデとか言って気取っている自分が嫌だ」ということだ。 自分が見ているというのはどういうことかと言うと、「グランデとか言って気取っている自分が嫌だ」ということだ。 こういう気持ちはどこから来るかというと、まず自分が他人に「スターバックスでグランデとか言っちゃって気取ってんじゃねぇよ」と心の内でさんざんバカにしてきたことが原因なのである。 他者に向かって剥いた牙が、ブーメランのように弧を描いて自分に突き刺さっている状態なのである。
– ナナメの夕暮れ
一度聞いた話を初耳のようにリアクションできない弘中アナ、後輩に強く出られないDJ松永、講演会を開けない朝井リョウ。それは全部、心の中の自分に馬鹿にされるようなことをしたくないからでしょう。
Wの意志を継ぐ者
若林が主張し続けてきた「生きづらさ」は、決してごく一部の人だけが抱えているものではなく、この国の人々全員が抱える普遍的な息苦しさであり、そこに感化され、または直接オードリーANNを経由していなかったとしても、そうした社会の歪み、違和感に気付き、そこに異を唱える人たちがだんだんと社会に影響力を持とうとしています。
そして若林は、本人が直接それを叫ぶステージは卒業してもなお、そうした後輩たちを応援しているように見えました。
今回の弘中アナの発言も、「やめた方がいいよ」「大丈夫なの?」となだめることはあっても、その発言自体を否定したりツッコむようなことは最後までありませんでした。
若林:え、どうなっていきたいの? あの、その、自分の、未来像……未来は
弘中:私がですか? 私はですね、今さっき言ったような、こうしなきゃいけないとか、こうしないと普通じゃないみたいな、世間のそういうものを変えていきたいんです
若林:あー……価値観みたいな、常識をね
弘中:そう、うん。革命家……になる……
若林:革命家、革命家の最初だもんね
弘中:そう、そういうものを変えてくのってそうですよね?
春日:ぶっ壊していくってことだよね、だからね
弘中:そういう概念とか、ルールとか
若林:そのなんかやっぱ、今の日本は概念に縛られてんのまず?
弘中:そうです!
若林:結婚然りね、結婚制度然り
弘中:そう、そうです。家族の在り方とか、うん
若林:それは多様でいいじゃないかと
弘中:そうです、私は。そう思っている
若林:だから、それをなんか、壊しに行くっていう……ね?カウンターの人だね?
弘中:そうです、先頭切って行きます
若林:それはもう革命家よ、やろうとしてるのは
弘中:はい。なりたいんです
このやり取り改めて見ても圧巻で、
「革命を起こす」という弘中アナの突拍子もない発言に対して、2人とも「何言ってんの」的な反応を一切示していない。それどころか若林は合いの手で完全に賛同して発言を乗せている。弘中アナの言いたいことを全部理解した上で、さらなる言葉を引き出しています。暴走だとは思っていないことが明らかです。
「世間的に当たり前とされていることに抗う」というナナメ目線、若林本人のそれは夕暮れを迎えてもなお、他者に対して常識を押し付けることについては今も一貫して拒否し続けているように思います。
ワイドショーのMCの仕事のオファーを断り、息苦しさを助長するだけになってしまった「こいつやってんな」のコーナーをすぐに打ち切り、『しくじり先生』『セブンルール』『激レアさん』と変わり者を単に馬鹿にするだけでなく手を差し伸べ、
『日向坂で会いましょう』でも、井口眞緒のような変わり者をバラエティーのオモチャとして馬鹿にすることなく、お約束に従えない東村芽依や上村ひなのも個性を否定することなく尊重し、一人一人を傷つけないように扱う姿勢が見えます。
それはやはり、過去の自分、心の中のもう1人の自分に馬鹿にされないように生き続けることを徹底しているのでしょう。
一流のアスリートが「全ては自己責任だ」と言い切ったり。 ビジネスの成功者がビジネス書なんかで強者の論理を振りかざしたり。 マジで反吐が出る。
– ナナメの夕暮れ
一度ナナメに捉われ、それを乗り越えて、自分自身と戦った上で芸能界の中心にいる若林だからこそ、両方の気持ちがわかる。自分が成功したから、卒業したからといって、まだ卒業していない後輩たちに、自分がされて嫌だったことをそのままやり返すような人間にはならない。
そうやって、人見知り界のヒーローである若林が作ってきた細い道を、さらに広げる形で、
朝井リョウやDJ松永や弘中綾香といったカウンター側の人たちが自分の生きづらさを発信し、社会に異を唱えていく。
そうした人たちが次第に増えて行けば、確かにこの社会、世間の常識や概念といったものが少しずつ壊され、変わっていくかもしれない。
弘中アナの価値観を最後まで肯定し続けたオードリーANNと若林正恭は、これからも今の日本で当たり前とされている概念に異を唱えている人たちを、安易に否定して出る杭を打つような態度を取らずにいることで、
息苦しさを抱えた人たちの心の支えとして次の10年も機能していくことでしょう。
ダウンタウン筆頭に平成の30年間でメディアが作り上げてきた、上下関係に根差した笑い、空気を読むこと・忖度することが人間に必須のスキルであり、変わり者は馬鹿にすることでのみコミュニティに受け入れられる、
そういった悪しき風潮を徐々に過去のものに変えていき、
令和時代の新たな価値観のスタンダードを作っていくのは、若林と、若林チルドレン。そうでなくてはならないと本気で思っています。