カウントダウン
3連休です。
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『100日後に死ぬワニ』がついに100日目を迎えました。ところどころ間を空けつつですが最後の10日くらいはリアルタイムで読んでました。
「100日後に死ぬワニ」
— きくちゆうき (@yuukikikuchi) March 20, 2020
100日目 pic.twitter.com/r0Idn9I7mR
終わり方としてはおそらく1日目から多くの人が何となく予想したものとそう外れていないと思いますが、
このストーリーを100日かけて1日ずつ積み重ねてきて、この100日目を描ききったことがあの作品の価値の全てであって、サプライズとかそういうものは必要ないんだと思うし、
仕事も恋愛も夢も全部中途半端なところで急に終わってしまうこと、伏線も何もなく必然性のない終わりを迎えることに意味がある。
最初から最後まで誠実な作品だったなあと思います。
映画化とかいきものがかりコラボとか追悼ポップアップストアとか、そういうビジネスが急にバンバン立ち上がってきたことへの複雑な感情はありますが、
1日目の時点でここまで仕込まれたプロジェクトとかではなかったでしょうから、むしろそういうビジネス的な大人の話を100日目まで一切公開せずに作品としての完結までを貫き通したところに作者の矜持があるのではないかなあと勝手に好意的に受け取ることにしました。こういう作品を生み出した人が相応の対価を受け取ること自体は当然正しいというかそうでなくてはならないし。
自分にしろ他人にしろ、人が何の前触れもなく死ぬことってもちろんあるけれど、だからといって普段の生活を変えることってできないからなあと思います。人は永遠に生きられないし、死ぬリスクを下げようとしていったら結局あらゆる社会活動をせずに家に閉じこもっているしかないけれど、それは死んでるのと一緒だから、どこかでリスクを取って生きていくしかない。こんなにコロナウイルスが流行しているのに毎日会社に行って毎週友人と会ってるのもそうだし、当然コロナがなくても会社に行く途中で車に轢かれたりとかはあるわけだし。というか、前回の記事でも書きましたけど、どうせ死ぬんだからいつ死んでも一緒じゃないかとも思うし。こういう話って考え始めるとどこに落ち着けていいかわからなくなるよなあと思います。
あと、この漫画、LINEというツールのストーリーへの組み込み方がとにかく上手いなと思いました。
既読がつく/つかないという機能自体が1つのコミュニケーションになることとか、書きかけのメッセージを作るだけ作って送信ボタンを押す前にもう一度躊躇うくだりとか、1対1のパーソナルなトークなのに他の人に送信ボタンを押されたりとか。
ちょうど2年半前に『Just Because!』というアニメでLINEがストーリー展開に組み込まれたりしていましたが、そういうLINEが空気のように当たり前に存在する世代の作品ですよね。間違いなく。
私自身、一昨年に祖母から誕生日祝いのSMSが届いた時に、返さずに放置してたら1週間後に急逝したのでそれが最後のやり取りになったということがあったんですけど、
たぶんそれってそこまで珍しい話でもないというか、
そういうコミュニケーションのハードルが下がったこと・一人の人間が1日に行うコミュニケーションの量が明らかに大きくなりすぎていることと、それに比例してコミュニケーション自体の価値が低くみられてしまう、自分にとっての他人という存在がいくらでも交換可能なものに思えてしまうような現象は普遍的にあって、
そういう意味で、今の時代に「死」を描くことと「SNS」を描くこととは、不可分になるのだろうなと思います。
──死生観をテーマにしようと思ったきっかけは?
きくち:終わりを意識したら、些細なことでもやさしくなったり、考え方がちょっと変わったりすると思っています。この作品を通して、そんなきっかけを作れればいいなと思いました。SNSは、匿名でひどいことを言う人がたまにいますが、SNSの先には人がいるわけで。仮に自分の友だちに向かってだと考えたら、そんな発言しないのでは? と思う。そういうことを考えられるようなきっかけを作りたかったんです。
【INTERVIEW】『100日後に死ぬワニ』作者きくちゆうきが語る死生観「生きることの裏には死がある」 – StoryWriter
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少しだけまたラジオを聴くようになりました。佐久間PのANN0を2週間連続で聴いたのが半年ぶり。面白かったです。
Creepy NutsとアルピーDCGはもう少し自分の精神状態が良くなったら聴けるかもしれない。なんというか、落ち込んでる時に聴くとどんどん虚しくなるんですよね。福田さん担当の番組。ああいうテンションに救われる方の人ももちろんいると思うのですが……。
アルピーDCGのLIFEのコーナーだけまとめたやつが聴きたかったのだけど2018年を最後に作られなくなっていて悲しい。他力本願ですが誰かお願いします。
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さすがに去年いろいろ買い過ぎたなーと思って抑えていた物欲が最近復活してきました。というよりも今月は臨時収入があったり給料上がったりで普通にまあ大丈夫か、という気分になっただけなのですが。
Galaxy Watch Active。1年以上前から迷っていた気がするものをついに。Fitbit Versa、電池持ち以外はあんまり褒めるところがなかったので。
あと、2018年頃はカプセルホテルに泊まりまくっていたので「充電なしで2日持つ」ということの価値が大きかったのですが、最近はそういうことをしなくなってきたので1日持てば十分かなと。しかも、Galaxy S10ならリバースワイヤレス充電できますし。
あとはActive 1と2のどちらにするかで1週間くらい悩んでいました。Active 2の方がサイズが大きいので迷いましたが、家電量販店で実際に試着してみて、小さくてもそんなに不便に感じなかったのと、
いつの間にか回転ベゼルがWatch 1にもアップデートで追加されていたので、どちらでも良いかなと。
その前に使っていたGear S2でOSの出来の良さは知っていたのである意味安心して買えました。1年ぶりのGear OSですがやっぱり使いやすいしカッコよくて良いですね。回転ベゼルも結構使いやすい。
しかし考えてみるとスマートウォッチこれで……5台目? なかなかヤバいですね。
レビュー記事……書かなきゃなあ……。
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久々に鬱ブログを書きましたが、なんというか、これこそが自分の書きたいものだよなーと思いました。ああいうものを吐き出す場所として残しておかないと意味がないというか。
書いたことですっきりしたりとか俯瞰で見れるようになったりとかはあんまりしなかったのですが、いま自分が何に怒っているのか、何で傷ついているのか、みたいなことを、言語化することには意味があるなあと思いました。
書いた次の日には全然違う結論に落ち着いたりもしますが。一つの思考の中継地点として。
ただ、自分が何で怒っているのかということを突き詰めていくと怒れなくなるという問題も発生するのですが。肉体と精神、心と頭、みたいなものって結構不思議ですよね。
「あ、今自分は疲れててちょっとしたことに過剰に怒ってしまうタイミングだな」とか、思う時はありますけど、思っても怒っちゃうんですよね。疲れてるから。逆にそれがわかっただけであらゆる負の感情を全てメタ的に処理できてしまう人はそれはそれで人間として完成されすぎてるのではとも。
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3連休だし何でもできると思っているうちに1日終わってしまった。ただの土日。辛い。
こういう社会情勢だと生きることにそれ以上の意味づけをする気が起きないんですよね。何かを作ろうとか何かをやろうとしたところで、その有無に関係なく自分や自分の大切な人が死ぬかもしれないし、そういう中で創作活動とかに励める人は本当に精神が強いなあと思わされます。。。