2年後の世界
4月5日。
何となく自分の中では、この日付というよりは、週が明けてそのニュースが流れた4月8日の方が印象に残っているのですが、とにかく2年が経ちました。

wowakaさんについて
暗い、暗いの世界から 僕に「泣いて」って言うんだ 何もないよな気がしてた 何かあったかなあ ... 続きを読む
久々に当時書いた記事を読み返していたのですが、なんというか、あの時にしか書けない文章だなと、当たり前ながら思うし、
ブログをやっていて良かったなと思う瞬間の1つでもあります。
一昨日も似たようなことを書きましたが、たった2年でいろんなものが変わりました。当時はまだ平成だったし、コロナもなかったし、もはや思い出せないくらいに日常が様変わりしてしまった。
それこそYouTube発・インターネット発の音楽が当たり前にマスメディアで取り上げられて、YOASOBIのようなアーティストが1年で紅白まで駆け上がるような光景もまだ想像できなかったように思います。
それこそ昨年のどこかのタイミングで、ヒトリエが「THE FIRST TAKE」で『アンノウン・マザーグース』を披露している世界線って全然あったと思うんですよ。ソニーだし。そういう形で着実に音楽活動が続いていく、それで良かったはずなのに。
この2年、自分自身で言えばもっといろんな変化があって、今の会社に転職する前だったし、一人暮らしもする前だし、2年前はどこで何をしているかも知らないような人が普通に自分の日常にいるし、2年前には定期的に会える友人だと思っていた人がもはや何の関わりもない相手になっていて、当時好きだったもので全然今は好きじゃないものがあるし、
そういうことを考えた時に、自分の中でヒトリエという存在が神格化されて価値判断から解放されていることはもしかしたらズルいことかもしれないな、と思います。
2021年現在フラットに見てヒトリエと他のバンドのどっちが好きか、とか、そのフラットということがもはやあり得ないし、二度と更新されることもないし、失われてしまうのではないかという恐怖に怯えることもないし、
別にどちらも幸せではないんだろうなとも。もし2年前にああいうことが起きていなかったら自分は心の底から幸せで満ちていただろうとは到底思えないし、それが嘘だとはっきりわかるような態度をそれまでの10年間に取ってきたからこそ、そう思います。
ただ、少なくとも2年経った今も一番聴いてるアーティストなのも間違いないです。
そして、歌詞の意味とかをちゃんと理解できるようになるにはまだ時間がかかるのかなという気もしています。
ライブのMCや、ブログや、歌詞そのものを含めて、あらゆる発信表現に対してすごく誠実な人だったなという印象があって、そのせいで本当だったら、もっと上手くやっていればできたであろう近道をせずに、遠回りをしていて、でも何らかのゴールには確実に近づいていたであろう道の最中でそれが途絶えてしまった。
きっとそういう形で、何も悪いことなんてしていなくても全然報われずに一生を終える人なんてたくさんいるのだろうなと思うとやるせない気持ちになります。
2年前もそうでしたが、こういうことを考えていると本当に何のために生きているんだろう、そうまでして何か意味があるんだろうかという気持ちに性懲りもなく行き着くんですけど、別に生きる意味なんてなくて、頑張ったから報われるとかもないし、別に頑張らなかったからといって幸せになれないということもなくて、
それでも、意味のある形で短い時間を走り抜けた人のことを格好良いと思う気持ちがあるから諦められないしずっと苦しみ続けている。それはそれで、失くしたくないものの1つではあるし、そうでなければならないと思います。