ひとりごと 7年前

shut out

になりました。……と言いつつ気づいたら4日も経ってますね。  先月更新しすぎてちょっと反動でぷつりってなってました。  あと、先月ブログ書きすぎて、もう空いてる時間はとりあえずブログ書いて更新する、みたいな感じだったのですが、さすがに時間を使い過ぎな気がしてちょっと冷静になりました。  なので今月は多少ペース落ちると思います。……たぶんですが。  まぁ、長期休みになると更新が減る、といういつもの法則に従えば、どっちみち今月後半は更新するネタがなくなりそうですしねー。 --------------------  相変わらずアニメをちょこちょこ観ています。  さすがに本数多すぎたのでちょっと絞って、「ハコネちゃん」「小森さん」「ゆるゆり3期」あたりは脱落しそうな感じ。ゆるゆり雰囲気は好きなんですけどね…ちょっと平和すぎるというか……。  今期は「おそ松さん」「終物語」「ヘヴィーオブジェクト」が割と好きで、  そして「落第騎士の英雄譚」が最高に好き、という感じです。私がずっと求めていた王道ラブコメラノベアニメです……。  ハーレムアニメも嫌いじゃないですけど、個人的にはああいうメインヒロインとしっかりくっついてくれる方が好みです。元々『灼眼のシャナ』と『ゼロの使い魔』でこの手のファンタジーバトルものにハマった人間なので。  しかし、ニコニコのコメントとか見てると日常系アニメの絶賛っぷりと、ラノベ系アニメの叩かれっぷりに違和感を覚えることがあるのですが、  よく考えると日常系アニメって「悪い点を言葉にしにくい」なって気づきました。  ラノベ系のファンタジーだと、設定がどうとかストーリーがどうとかド素人でも突っ込みやすいんですけど、  日常系のアニメって何も起きないし何もないから何も突っ込みどころがなくて、  「ストーリーが単調」みたいな突っ込みも「そういうもの」だから無効になるというか。  ラノベアニメの悪いところは「設定の矛盾」「出来の悪さ」などという言葉で制作側の欠陥みたいに扱われるけど、日常系アニメは「合わなかった」という視聴者側の問題にしてしまえるのが、なんというか、  アフィブログとねとらぼに貶められないことが最重要な現代のインターネットを象徴してるとも思うし、ある種ずるいコンテンツの作り方だなぁと思います。  今期のゆるゆりとかごちうさとかは、特にそれが顕著というか、前者は数年かけてできた濃いファン層、後者はきららブランドの集大成という形で仕上がってるのが、私にとっては逆に敬遠したくなります。  ディオメディアくらい開き直ったクソアニメメーカーだとそのへんも受け入れてもらえるんですけど、でも空戦なんちゃらですら出来の悪さに本気で怒ってる人いましたからね……。私はそもそも観てないですが。 --------------------  ヒトリエの2ndシングル『シャッタードール』が発売されました、  が、私は買ってません。たぶん買わないです。  「3曲入りシングルにフォトブック特典で2500円という価格設定+完全生産限定盤でファンを煽る」という商法がどうしても納得いかなかった。  なのでiTunesで買おうと思っていたのですが、まさかのiTunes配信なし。  完全生産限定なのでデジタル配信もしない方針のようで……。  それならやっぱりCD買おうかとも考えたのですが、一度割高だと思ったものにお金を払う気にはどうしてもなれず、  おまけに3曲中2曲がインストなのに残り1曲のMVが上がったので、これはさすがに買わないなー……と。  普通に1200円程度の通常盤があったら絶対買ってたし、iTunesで750円での配信があったら(MVの上がったシャッタードールも含め)迷わず買っていたので、この点はソニミュさんに反省してもらいたいと思います。ここに書くことでもないですが。  ルームシックの前のデモ音源を含めてヒトリエのCDは今まで全種買っていたので、やや悩む気持ちはあるのですが、まあ、どっちにしろルームシック/non-fictionのリイシュー盤要らないからコンプリートは崩れざるを得ないですしね……。  『ルームシック/non-fiction』の方は、私はインディーズ時代のを両方持ってるから買わないだけなので、持ってない方はぜひ買うと良いと思います。  ……あ、『シャッタードール』も別に欲しくないわけではなく、あくまで「価格ほどの価値があると私個人は思わない」という話です。正直かなり欲しいです。 --------------------  で、『シャッタードール』のMVを観ました。  前述の事情で割とネガティブな印象から入ってしまった感は否めないのですが、個人的には「いつも通りくらいに好き」という感じです。  Aメロの早口なフレーズはかなり好きで期待が高まったのですが、サビのフレーズが、センスレスワンダーやインパーフェクションやトーキーダンスといった今までのリードトラックと比べるとややインパクトに欠けるかなあと。  サビで強調される「~していいよ ~していいよ」という繰り返しが直近の『トーキーダンス』と被ってるのも気になる。  あと個人的に『モノクロノ・エントランス』の5曲がかなり気に入ったので、そのハードルが上がってた分……というのもあったり。  ……が、モノクロノエントランスも最初に聴いた時はそんなに印象良くなかったので、何度も聴いてたら変わるかもしれません。 --------------------  ともかく『シャッタードール』が出て、今年の購入予定の楽曲がだいたい出揃ったので、  ちょっと気が早いけど「2015年のお気に入り30曲」を選び始めてます。  まあ、予想通り、ヒトリエ・米津玄師・Splatoonが跋扈する感じに……。  けどSplatoonは意外と入らないかも。ゲーム内でキャラクターや世界観も含めたデザインの一部として聴くと全曲最高なのですが、「この曲が好き!」っていうランキングになるとちょっと入りにくい、という……。  この点は『モノクロノ・エントランス』も若干近いんですけど、あっちは単曲でも全部好きなのでもう少し入りやすいです。  というかあのアルバムに関しては、発売時期の関係でカナダ留学中にずっと聴き続けていて、どの曲を聴いてもその思い出がオーバーラップしてテンション上がるという面がどうしてもあって、評価が高くならざるを得なかったり……。  まぁまだ2ヶ月くらいはあるのでのんびり選んでいきます。 --------------------  10月、特に後半にやたらとブログ更新が増えてた理由に、単純に自分の中でいろいろと考えなくてはならないことであったり、結論を出さなければならないことであったり、がいくつかあって、それを考える過程でアウトプットしたくなった、という、大したことのない話であったのですが、  まあ、とりあえずその問題は一段落した、と言っていいのかわからないけれど、そういうところに落ち着いています。  当たり前といえば当たり前なのですが、  私自身がどう思うか、どうしたいか、ということと、私がどう動くか、どうするか、ということ、それによって私以外の物事や他人がどう変わるか、どうなるか、ということは、全て、連動はしていても直結はしていなくて。  私の場合は、どうしたいか、と、どうするか、の2つを割と直結させて行動に繋げることが多いのですが、だからといってそれは、どうなるか、の部分まで関与できることは意味しなくて、  だから、最終的な結果のところに対して、私の思考の過程であったり、感情の帰結であったり、がどうであったかは、ほとんど関係なかったりする。  だとしたら、ここで考えたことや、私が悩んでいることには、どれほどの価値があるんだろうな……と考えたりします。  それは例えば、「『シャッタードール』を買わない」という私の決定が、この商法に対して何の効果もなく、おそらく1stシングルと比べて圧倒的に大きな利益をもたらすのと同じで、  私がライブイベントに対して好意的に見られないことは、ただ単に私の物事の楽しみ方の枠を狭め、得られる快楽を減らす効果しかないのと同じで、  自分の行動に対して疑問を抱えたままで行動してしまった方が、物事が進みやすかったり、うまくいったり、または、自分自身が楽になったり、するのだろうな、と。  ……もちろん、そう思ったところでそうできるわけではないのですが……。 --------------------  うーん……自分で書いておいてですけど上手く書けていない。ですね。  今大学の授業で文学について学んでいて、その中で「語り直し」という話題が出てきて。  誰かの言葉を表現して、それを伝える作業は、必ず元の言葉や元の事象から変わってしまう部分が出てきてしまう。  それはもちろん当たり前のことなのですけど、語っている側はしばしばそれを忘れがちになってしまって、  私は「このブログを読んでもらえれば自分のことを全てわかってもらえる」なんて思ってしまうこともある。  このブログでも自分の考えていることを伝えるために例え話をよく用いるのですが、例え話はあくまで例え話であって、そのものずばりを表現するのはそのものでしか可能ではないはずで、  回り道をした言葉はきっとそれだけ無駄なものが混じったり、必要なものが欠落したりしてしまう。  でも、言葉とか言語というのはその全てが例え話の一種であるはずで、  その中でどこまでの感情を、どれだけの思考を、欠けることなく、共有することができているのでしょうか。  そして、そもそも、私は自分のことをわかってほしいと思っているけれど、  相手は私のことをわかりたいとは思っていないかもしれないし、  私が伝えようと思っているほどに伝える必要は本来どこにもなくて、  そもそも他人の感情とか内面性なんてものを理解することは不可能なのだから、そう歩み寄る必要さえなくて、むしろ歩み寄ろうとする態度、同時にそれを求める態度そのものが傲慢なのかもしれない。  このブログに対して皆さんが何を期待しているのか、ということを、私自身未だにわからなくて、  わからないので自分の傲慢な欲求をぶつけることをしているわけですが、  それで「合わない人は去ってください」ということは簡単だけれど、  本心からそんなことを思っている人はブログなんてしないし、アクセス数や拍手を見たりしないし、  だからやっぱり自分のことをわかってほしいのだと思う。  それが可能なのかどうかは、別にして。 --------------------  なので、自分の中でできる限りの伝え方にさえ達していないこの記事の後半を載せるのはとても申し訳ないのですが、  でも今の私にはこれ以上うまくまとめることができそうにないのと普通に眠いのでここで切り上げます。おやすみなさい。  今月もまた私のこういう他愛もないことや、もしかしたらそうでもないことが書き連なるブログに、付き合っていただければ冥利に尽きます。。。 ...

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