ひとりごと 6年前

同窓会と成人式と伏線回収

この3連休で、中学・高校の同窓会と、成人式に行ってきました。つまり休めてないです。  同窓会のことは後で書くとして、  成人式の方はというと、私は中学受験をしたので、小学校以来、つまり約8年ぶりに会う人が何人もいて、もう全く思い出せないんじゃないかと思いましたが、ギリギリ面影が残っていて自分でもびっくりしました。  ……まあ、8年ぶりに会った人が、現在どうしてるかって、ぶっちゃけ知ったところで何も起きないので、特に記憶にも残っていないしあんまり話してもいないです。私の行ってる大学とか誰にも聞かれなかったなそういえば。  就職してる人がいたり、進学してる人がいたり。高校がいわゆる進学校だったので、幼稚園からの幼馴染が専門学校を出て今春から就職、なんて話を聞くと結構驚きます。そういう相手だと、高校コミュニティでは通用する私の「学生にしては普通に仕事している」というアイデンティティがゴミになるのでますます話すことないんですよね。  まあ、成人式に関しては、行く価値がなかったという結論は行かないと一生出せなくなるし、そのために行ったと言ってもいいかなーという感じです。暇だったしな。 --------------------  日曜日にあった中学同窓会(夕食)の前にちょっと空き時間があったので会場近くのPARCOで洋服を買いました。  お世辞だとは思いますけど店員さんにその日のコーデを褒められたのがその日一番の思い出です。  マフラーとかニット帽とか良い感じのアイテムを買いました。それで思ったんですけどファッションって意外と楽しいですね。  ある程度の知識というか最低限の情報があれば、自分のコーデがまとまってる・まとまってないこともわかってきて、コーデが割とかっちりとハマると出歩くのが楽しくなる。  よく知らなかったのでファッションのことを意味不明な不文律と不整合の塊だと思ってましたけど、無難な色の組み合わせを選ぶ分には意外とわかりやすい気がしてきました。気のせいかもしれません。  あと店員さんに相談しまくるのが大事だなって。ファッション初心者だということを先に打ち明けると「こいつはカモだな」と思ってくれるのでしょう。とても丁寧にアドバイスしてくれます。チップあげたい。  年始の記事の最後で「刹那的な快楽を楽しめない、そのためにお金を使う気になれない」みたいな話をしたのですけど、じゃあ私がどういうものに楽しみ・喜びを感じるかと言えば、「日々の生活が少しだけど恒久的・持続的に良くなることにお金を使うこと」だなと思って、  Surface Pro 4とかMicrosoft Band、Arc Touch Mouseみたいなデバイスもそうだし、ロフトで買ったバッグインバッグとか、あと毎日の帰りに飲むコンビニコーヒーとか、毎日聴くためにiTunesで買う音楽とか、そういう、一時的ではない楽しみ。  良い感じの言葉を使えば「QOLを上げること」が好きなんですよ。きっと。一時的なイベントとかじゃなくて、日々の暮らしがちょっとだけアップデートされるようなもの。  で、ファッションも実はそちら側に分類されるもので、そう考えれば意外と私の性格に合っているんじゃないかなーって思い始めてます。  でもまぁ一番の要因は金銭的な余裕が生まれたことに尽きるんですけど。お金が余るという表現はあまりしっくりこないけど、でもお金が余ってなかったらファッションなんて一生する気になってないと思う。 --------------------  ……と、前置きが終わったところで、同窓会の話をしますが。  まず土曜日にあった高校の同窓会ですけど、まぁつまらなかったです。いや中学の方もつまらなかったけど。  成人式の感想とも被りますけど、そもそも「同窓会でしか会えない相手」「同窓会がなければ会わない相手」って、要は「会っても会わなくても今後の人生に何の影響も与えない相手」じゃないですか。  その人たちと久々に会いました、大学の話をしました、進路の話をしました、で? だから何? としかならないわけで、知っても知らなくてもいい情報なんか一生知らないままでも差支えないですよね。  上のQOLの話にも繋がるわけですが、つまり、そういう一時的な再会そのものに価値を見出す人もいるでしょうが、私はそうではないので、後に何も残らない再会なんか無いも同然だろうと。  で、どうせだったらもっとパーソナルな話、実になる話をしたいというのが私の感覚なのですが、前回の記事でも書いたように、私の話が相手にとって実になることはあり得ないということに気づいたので、この同窓会2日間はそういう話をできる限り抑えて、作り笑いとそれらしい反応、をできる限りしました。  それを達成できていたかどうかはわかりませんし、相手が満足したかどうかは私の知る由もありませんが、ただ私にとってはそういう猫を被ったままのコミュニケーションが無価値で無意味だと再確認して、つまらなかったなぁという結論に至るわけです。  その中で、高校の同窓会で、本当に大嫌いなある2人に対してだけ、そういうコミュニケーションの形を取らずに、相手が私のことを大嫌いなのを承知した上での嫌がらせとしてわざわざ絡みに行ったのですが、  やっぱりそれが私にとっては一番楽しかったんですよねー。同窓会ではそれをしてやろうと半年前から心の中で誓っていたので、それをできたことが唯一の収穫でした。  「好きの反対は無関心」という、散々こすられすぎてそろそろ言われても何の驚きもない言葉がありますが、まあ私にとってはまさにその通りで、どうでもいい話をするくらいなら少しでも何らかの事態を動かす、誰かの感情を刺激するような話をしたいんですよ。ポジティブでもネガティブでも。だから同窓会はやっぱ面白くないなって話でした。  あ、あと一応先生方にも挨拶して、そういう人たちには多少個人的な話もしたんですけど、先生方でさえ私が今なにをしているかとか全然興味を持ってなさそうな空気が話しながら伝わってきたのでやっぱ行く必要なかったなって感じでした。 --------------------  ここからは中学の同窓会の話をしますけど、  その前に警告をしておきます。  この記事でここから書かれる内容は、とても個人的で、とても気持ち悪いものですので、  それでもいい、という方だけ、先を読んでください。  ……個人的なのも気持ち悪いのもいつも通りじゃねーかって思われると思いますけど、でも今日の記事は去年書いたあらゆる気持ち悪い記事より数段ハイレベルな、去年の記事が水割りだとすれば原液みたいな、そういうものになるので。  私自身これを公開していいのか、迷っています。ここから書くことは笑い話として流してください。途中で読むのを止めていただいて全然構いません。 -------------------- 3458 ...

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