ひとりごと 6年前

青春と憧れと一人ぼっち

起きたら15時でさすがに死にたくなった土曜日。でした。  金曜日は大学が受験関係でお休みだったので、3連休を謳歌して家でゆっくり寝て……  いるつもりだったのですが、サークルでカラオケに行ってきまして。  結果、家を出る時間が普段と30分くらいしか変わらなかったので全然早起きでした。もうほんと大学まで2時間かかるの辛い。  正直、通学時間が理由で休日のサークル活動は基本的に無視してたのですが、さすがに先輩方の卒業も近いので、1回くらい行っておくかなー。みたいな。  先輩とのカラオケでしたが、私の好きなアニソンって結構古めの……ハルヒとかシャナとかゼロ魔とか、周りの人と若干世代がずれてる作品が多いので、割と楽しく歌えました。 --------------------  ところで少し前から炎上していたCopy__Writingと青春基地の騒動が、両者消滅で決着したそうです。  この騒動の今日までの一連の流れを網羅し、さらに魚拓まで丁寧にまとめているサイトがありました。 想定外の晒し上げをつくる!10代のメディア「青春基地」が3度の大炎上 - Hagex-day info  パクツイアカウントの@Copy__Writingの問題点は言うまでもないことですが、青春基地に関しては……個人的には、コンセプトはそんなに外れてなかったと思うし、件の高校生記者自身は、ちょっと無知すぎただけで悪いことをしたわけではないので、責める気には全くなりません。  ただ、「高校生が主体的に行動し、理解ある大人がそれをサポートする」というスタンスを装っておきながら、実際には「ゲスい大人たちが意識高い無知な高校生を利用して好き勝手する」というメディアだったのが最悪だなあ……と。  どういう意図で青春基地を立ち上げたのかはわかりませんが、「高校生」というブランドを目いっぱい利用しておきながら当人の意思を踏みにじるようなやり方は、あまりにもえげつなくて、同時に稚拙なやり方だとも思います。  ああいう「高校生が活躍できる場所(プラットフォーム)を作る」という視点は間違いなく良かったのに、それを目先の利益に捕われて台無しにしてしまったという印象が強いです。いや、この事件の対応に限った話ではなく、高校生を好きに利用してやろうという意識があった時点でダメだったのではないかなと……。  ニコニコとかボカロ界隈も似たようなところありますけど、運営側の利益を第一に考えたプラットフォームって必ずどこかしらで躓くんでしょうね。CGM目指すなら慈善事業のつもりでやるくらいがちょうどいいのでは。 --------------------  なんで「青春基地」のこと、特に高校生記者のことをここまで擁護するかといえば、  ああいう活動をしている同世代の人を見ると、何よりも、羨ましい、憧れるなぁ、と思ってしまうんですよね。  去年、SEALDsの活動を見ていたときも思っていたし、SEALDsに関する記事でも最後の方で軽く触れていましたが、  私はずっとああいう活動に憧れていたと思うんですよ。理想や目標があって、そこに向けて数人が協力して、実際にアクションを起こして、それが1つのムーブメントのきっかけになる。  「こういう方法なら話題になるんじゃないか」とか、「こういう方法なら効率的に自分の意見を伝えられるんじゃないか」とか、そういう方法論、メディアを通したコミュニケーションやアプローチについて考えるのがとても好きで、  そこに関しては、経営・マーケティングも、政治的な活動も、利益追求ではないボランティア的な活動も、もちろんアプローチの方向性は異なるけれど、手段や方法論、「どのようにそれを周知させ、成功させていくか」については共通する部分がある。  だから、例えば、Splatoonが何でヒットしたかとか、SEALDsがどうしてあそこまで話題になったかとか、それは全て、私が興味・関心を最も強く持っている領域です。    そして、さらに言えば、本当に私がしたいのは、その分析ではなくて、実践にあって。  実際にゲームやその他コンテンツを開発・発表することとか、特定の目的を持った団体の運営とか、そういうことに関わりたくて仕方がなかった。  だから、SEALDsを見た時に、コンセプトも行動力も素晴らしいけれど、やり方については(無許可デモとかトレンド占拠とか)改善すべきところが見受けられて、もし自分があの団体に関わることができていたらもっとうまく発信していけたかもしれない、と思いました。  もちろん、それは外野だからこそ言えることだと思いますが、  それでも、そういうことも含めて。つまり、関わったことがマイナスに働くかもしれないというリスクを含めて、本当はああいう活動に関わってみたかった。責任の一部を負ってでも、主体的に関わってみたかった。できることなら、あのような動きの発端にありたかった。  SEALDsの主要メンバーの多くが同じ高校出身だという話からも、あの団体は元々、インターネットやその他の場を通じて、思想ありきで集まったわけではなく、「単なる知り合いグループが1つの思想でまとまって動き始めた」ものなのだろうと想像していて、  そういうことが、ただ、羨ましいな、と。数人で立ち上がってそういう動きをしようとして、現実世界に影響を与えてしまえたことが。  私にはそれはできなかった。  できなかった、ではなくて、しなかった、というべきなのだけど、  理由は簡単で、そういうことを一緒にする友人や知り合いを作れなかったからです。  別にSEALDsみたいな政治団体を作りたかったわけではありません。  私がしたかった、もしくは今でもしたいと思っていることは、「目的を持った何かを仕掛けて、それが目的を達成する」ということです。上に書いたように、それはマーケティングでも、政治でも、どちらでもいい。  どちらでもいい、というのは、どちらにも興味がないのではなく、その両方に強い興味と関心があります。政治にだって経営にだって、意見したいこと、試してみたいこと、が、たくさんあります。 --------------------  ブログでどの程度こういう話をしたかあまり覚えていないのですが、  私は、友人に「一緒にゲーム作ろう」と持ち掛けたことがこの2年間で4回あります。そのうち3回はシナリオとゲームシステムの両方を含めた設定案まで出しました。(それが良いものだったかどうかは置いておいて)  設定・シナリオ、BGM制作、それとプログラミングも多少はやるから、イラストと、プログラミングの一部をお願いしたい、という話を、何回も、いろんな人を相手に、持ち掛けて、  それは全て頓挫しました。  例えば、数人で夕食をしている時にそういう話の流れになって、その日の晩は「いいね、こうしよう、ああしよう」と盛り上がったのに、  翌日には全くなかったことにされる。  なぜか。相手はそれを一時のノリや冗談だと思っていたからです。  アイデアをアレコレ出している時は楽しいけれど、いざ実行に移そうと思ったら、大学の課題もあるし、遊びたいし、意外と時間ない。何よりも面倒臭い。まあ、実際にやる気なんかないよね? 単なる話のはずみだよね?    私は真剣でした。私だけがそれを真剣なプロジェクトとして進めようと思っていました。  私以外の人は、そうやって真剣に動こうとする私のことを、馬鹿にしていたのだと思います。  もしくは、しつこいなあ、迷惑だなあ、と思っていたのでしょう。なんでそんなことを大真面目に考えてるんだろうかと。冗談に決まっているじゃないかと。  私は、そうやって”プロジェクトだと私が思っているもの”が、なかったことにされていくのを何度も経験して、そのたびに酷く傷つきました。がっかりしました。  魅力的なアイデアが、アイデアのままで沈んでいくのが、私は嫌だった。でも、他の人はそうではありませんでした。 --------------------  そうは言っても、結局動かなかったのだから私だってやる気がなかったのではないか、と言われたら、そうなのかもしれません。  ただ、私は一人でできる限りのことはしてきたつもりです。  一昨年の夏はオリジナルゲームを作って公開したし、中学の時は小説を書いてWebサイトに掲載していたし、中学の頃から昨年1月まで定期的に作ってきたニコニコメドレーやボカロオリジナル曲もそうだったし、高校の頃はWebサイト制作もその1つでした。  そして、そのために、動画編集やWebサイト制作やDTMなどの技術を、自力で身に着けたことは、少なくとも私が、口だけの人間ではないことの証明の一部にはなるはずだと、思います。  そのうえで、それでも私が一人でできることには限界があって、例えばイラストはどうしても描けないし、プログラミングもすぐには身につけられない。  そして、私だって一人で何もかもを完成させるエネルギーはありません。一人で、そこまで大きなエネルギーを必要としないものであれば、何とか最後まで進められることもありますが。  だからこそ、一緒に何かをする仲間が欲しかった。  同じ問題意識と目的意識を共有して、お互いに「これをしよう」という強いエネルギーがあって、分担しながら進んでいけるような仲間が。  お互いにプレッシャーを与え合う……というとギスギスした感じがしますが、そうではなくて、ポジティブな意味で、複数人が関わるプロジェクトは責任感や使命感が強くなるのだから、そういう相互監視さえも利用してエネルギーにしたかった。  残念ながら、そういう人と関わりを持てたことは今まで一度もありません。どんなに話が合う相手でも、やっぱり、そういうことをするのは面倒臭いと思ってしまって、乗ってこない。それがとても辛かったです。 --------------------  ……厳密に言えば、小学校の頃はいたかもしれないです。小学生の頃の私は、部活になかった合奏サークルを勝手に立ち上げて練習したり、ボランティア団体に参加していたわけでもないのに友人を誘って放課後にゴミ拾いをしたりしていました。  小学校の頃は、みんなエネルギーが有り余っていて、時間も有り余っていて、何より無知だった。だからこそ、いろんなことに積極的だった。  私だけが子どもの頃の感覚のまま成長できていないのかもしれません。  しなくていいことをする必要はない。惰性で周りの空気に流されていく方が楽だ。  そういう現実を受け入れるのが、大人になることで、  そういう現実を受け入れた人たちから見れば、青春基地やSEALDsは「無駄にエネルギーを使って非効率的なことをしている馬鹿な集団」なのでしょう。  その考え方が間違っているとは思いません。現実と付き合う上で、間違いなく最も効率的で、賢くて、快適な選択です。  でも、私はそうなりたくない。  主体性を持って生きていたい。そのために、型にはまった「誰でもできること」ではない、「自分にしかできないこと」を求めていたい。  おそらく、青春基地に参加した高校生たちも、そういう感覚を持ってあの活動に参加したはずだと思うし、  だからこそ、それを利用した青春基地運営が許せないのです。 --------------------  もしも、私の周りに、私と同じような問題意識、主体性への熱を持った人がいて、何かのきっかけがあったら、おそらくSEALDsや青春基地や、もしくはもっと別の何か、  とにかく、そういったアクションを起こす当事者になることができたかもしれない、少なくともその可能性はあったと思っていて。  では何が悪かったかといえば、私がそういう仲間を探すこと、求めることを放棄してしまったのだと思います。  それをさらに強い言い方をするなら、私は中学・高校で友人の選び方を間違えたのかもしれない。もしくは、あの中学・高校にいる限りはそんな人は見つからなかっただろうとも思うけれど。  そのことを、巡り合わせが悪かった、と言ってしまえば簡単だけど、やっぱり、巡り合おうとしなかった私に責任がある。というか、私以外に責任はない。  私の周りにいる人たちが、主体的でクリエイティブな活動よりも、受動的な快楽、安全なルートに身を委ねることは、何も悪くないし、何も間違っていないし、それを責める権利は私にはない。  私にはないのだけど、でも、私はそういう人たちと同じように楽しみたくないし、楽しむことができない。その一例として周りの人が課金ガチャで楽しんでいるのとか、アイドルビジネスのとりこになっているのを全く理解できない。コンテンツの受け手のままでいられない。  それはただ私がそういう人たちとしか関われなかったことに問題があるのだと。だって私の方がマイノリティなのだから。 --------------------  ここまで、基本的に過去形として語ってきましたが、私は一応大学2年生で、まだあと2年ちょっと、モラトリアムと呼ばれる期間が残っているので、  その間に何かできないか。ということを最近真剣に考えています。  このまま、大学の課題とバイトに追われて、たまに高校の頃の友人とスマブラをして、人間関係に何の広がりもないまま大学を卒業する。それでは良くないはずなので。   ...

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