ひとりごと 7か月前

2年後の世界

4月5日。  何となく自分の中では、この日付というよりは、週が明けてそのニュースが流れた4月8日の方が印象に残っているのですが、とにかく2年が経ちました。  久々に当時書いた記事を読み返していたのですが、なんというか、あの時にしか書けない文章だなと、当たり前ながら思うし、  ブログをやっていて良かったなと思う瞬間の1つでもあります。  一昨日も似たようなことを書きましたが、たった2年でいろんなものが変わりました。当時はまだ平成だったし、コロナもなかったし、もはや思い出せないくらいに日常が様変わりしてしまった。  それこそYouTube発・インターネット発の音楽が当たり前にマスメディアで取り上げられて、YOASOBIのようなアーティストが1年で紅白まで駆け上がるような光景もまだ想像できなかったように思います。  それこそ昨年のどこかのタイミングで、ヒトリエが「THE FIRST TAKE」で『アンノウン・マザーグース』を披露している世界線って全然あったと思うんですよ。ソニーだし。そういう形で着実に音楽活動が続いていく、それで良かったはずなのに。  この2年、自分自身で言えばもっといろんな変化があって、今の会社に転職する前だったし、一人暮らしもする前だし、2年前はどこで何をしているかも知らないような人が普通に自分の日常にいるし、2年前には定期的に会える友人だと思っていた人がもはや何の関わりもない相手になっていて、当時好きだったもので全然今は好きじゃないものがあるし、  そういうことを考えた時に、自分の中でヒトリエという存在が神格化されて価値判断から解放されていることはもしかしたらズルいことかもしれないな、と思います。  2021年現在フラットに見てヒトリエと他のバンドのどっちが好きか、とか、そのフラットということがもはやあり得ないし、二度と更新されることもないし、失われてしまうのではないかという恐怖に怯えることもないし、  別にどちらも幸せではないんだろうなとも。もし2年前にああいうことが起きていなかったら自分は心の底から幸せで満ちていただろうとは到底思えないし、それが嘘だとはっきりわかるような態度をそれまでの10年間に取ってきたからこそ、そう思います。  ただ、少なくとも2年経った今も一番聴いてるアーティストなのも間違いないです。  そして、歌詞の意味とかをちゃんと理解できるようになるにはまだ時間がかかるのかなという気もしています。  ライブのMCや、ブログや、歌詞そのものを含めて、あらゆる発信表現に対してすごく誠実な人だったなという印象があって、そのせいで本当だったら、もっと上手くやっていればできたであろう近道をせずに、遠回りをしていて、でも何らかのゴールには確実に近づいていたであろう道の最中でそれが途絶えてしまった。  きっとそういう形で、何も悪いことなんてしていなくても全然報われずに一生を終える人なんてたくさんいるのだろうなと思うとやるせない気持ちになります。  2年前もそうでしたが、こういうことを考えていると本当に何のために生きているんだろう、そうまでして何か意味があるんだろうかという気持ちに性懲りもなく行き着くんですけど、別に生きる意味なんてなくて、頑張ったから報われるとかもないし、別に頑張らなかったからといって幸せになれないということもなくて、  それでも、意味のある形で短い時間を走り抜けた人のことを格好良いと思う気持ちがあるから諦められないしずっと苦しみ続けている。それはそれで、失くしたくないものの1つではあるし、そうでなければならないと思います。 ...

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ひとりごと 12か月前

走る

11月になりました。  ホリデーシーズンなのでジンジャーブレッドラテを毎日飲んでいます。美味しい……。  今回は「ベリー×ベリーレアチーズ フラペチーノ」「ベリー×ベリー ホワイト モカ」「マカダミアトフィーラテ」「ウィンター ホワイト チョコレート」と5種類のドリンクが一気に追加されて、しかも全部アイスがあるので嬉しい悲鳴。ウィンターホワイトチョコレート以外は一通り飲みましたが、ジンジャーブレッドラテがなければちょくちょく飲んでたかも……みたいな感じ。そのくらいお気に入りです。  ウィンターホワイトチョコレートはコーヒーではなくココアっぽいので、すごく甘いものが飲みたくなったら……という感じ。というかもう少し寒くなったらですかねー。  去年に続いてスターをたくさん集めてモレスキンのノートが貰えるキャンペーンというかマラソンも。 https://www.starbucks.co.jp/youkou/rewards_notebook/?nid=wh_13_pc  さすがに85個は厳しいと思うんですが、ちょっとずつ稼いでます。現在26個なので、2冊セットは余裕。 --------------------  『プロジェクトセカイ』やってます。  が、ここまで難易度が高いと心が折れる……。ガルパ・ミリシタ・ユニエアとスマホ音ゲーは割と慣れていて、大半の曲は初見フルコンできる感じだったのですが、プロセカはEXPERTが他音ゲーの最高難易度クラスで、そこにMASTERが追加されているような印象。  ガルパは頑張れば六兆年以外はフルコンできそうな希望が見えたんですが、プロセカは28以上のMASTERは全部無理という気持ちしかない。EXPERTは今のところ消失以外はどうにか。ヒバナEXPERTが限界。  というか、iPadでクリアしようと思うとたぶん中指を使えるようになるしかなくて、しかし今から手癖直してまで極めるほどのことか……? という自問自答……。  とはいえどうせならwowakaさんの曲はフルコンしたいし、でもどれも絶対難易度30超えだよなー……という葛藤。

 著作権どうなってるんだろう?みたいなツイートちょくちょく見ましたが、よく考えたらガルパとかも別に全ての作曲者に個別連絡取ってるわけではなくて事務所かJASRAC管轄のはず(セカオワとかBUMPに直接収録許可取ってるわけない)なのであんまり関係ない気も。そもそもヒトリエがライブでローリンガールやってる時点で何らかのクリアはしているのでしょう。  ワールズエンドダンスホールがないのが残念ですが、まあサービスが長続きすればそのうち追加されるはず。っていうかガルパにこそ来てほしい……。 --------------------  ちょっとブログを更新するハードルが自分の中で上がりすぎている感があったので、このくらいの感じでちょくちょく更新しようかなと思ってます。できれば毎日。……というのは無理だと思いますが、そのくらいの気持ちで。  今日はこのあとは仕事をしつつオムライスと1週間分のサラダを作ります。料理、何を作るか決めるのが一番面倒。初心者向けに「土日でこれを買ってきてこれを作り置きすれば1週間暮らせます」みたいなのを毎週配信してくれるサブスクとかあったら入りたい。……と思いつつ実際あっても入らないと思いますが……。 ...

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ひとりごと 1年前

エンド

もう5月も終わりですね。 --------------------  Surface新製品がいろいろ発表されました。 Microsoftが発表した6つのSurfaceブランド製品まとめ 日本でも5月と6月に発売 - ITmedia NEWS  Surface Book 3は順当にCPUアップデート。とはいえ1年前に会社から支給されたばかりで特に買い替えてほしい理由もないのでBook 2を引き続き使います。  Surface Go 2は若干の画面サイズアップと高性能化。どちらも既にType-Cポートを搭載していたので大きな変化はなく。 [amazon_link asins='B08761H9DV' template='Original']  Surface Go、確かに初代はちょっとスペックに不満が残る部分があったので、m3モデルは気になるし、LTEモデルにしなかったことも少し後悔していたので、Go 2はかなり魅力的ではあるのですが、とはいえ10万で買い換えるほどの動機はないし、何より今はタイミングが悪すぎますよね。  外に出ないんだからSurface Goを使う必要性がほんとにない。夏くらいになったら考えます。それこそXbox Oneの時と同じようにメルカリで売って差額で買い換えるのも選択肢。  それ以外に大量に投入されたアクセサリは……Surface Dock 2、Surface Headphones 2、Surface Earbudsなど、どれも待望のアップデートではありますが、さすがに買うには至らないかなあというところ。  Surface Earbudsは良さそうですけど、今使っているAirPods Proからわざわざ買い換えるほどの優位性も特にないし……。  逆にテレワークがこのまま1年くらい続く前提なら、Surface Headphonesとか軽率に買っても良いんですが、何とも見通しが悪い時期。 --------------------  『ワールズエンド・ダンスホール』10周年。10年前。  wowakaさんのことはそれ以前から知っていましたが、やっぱり圧倒的に存在を感じて、自分の中で唯一無二の存在になったのは、この曲を投稿初日とかに聴いて、あまりにハマりすぎて1ヶ月間ずっと聴き続けた中学時代の思い出があるからだろうなと思います。  10年前に初めて聴いた時から一貫して自分の生涯で一番好きな曲だし、そうあり続けるだろうなと思います。  何度聴いても曲も歌詞も完璧。コードもリズムもそんなに複雑なことはしていなくて、にもかかわらず完成している。それ以降のボカロのテンプレートを作り上げながら全く誰も超えられていないなあと。  そしてアンハッピーリフレイン9周年でもありました。  『日常と地球の額縁』ヒトリエカバーが音源化された時に、「アンハッピーリフレイン10周年に全曲をヒトリエでカバーしたアルバムが出る」という可能性が0.0001%くらいはあるのかもしれない、と思った記憶があります。 --------------------  すっかり暑くなってきました。そろそろ自室での仕事が暑さによって辛くなってきたので扇風機を買いました。 [amazon_link asins='B071D69VK6' template='Original']  高い。こんな高いの買う必要あるのか1週間悩みましたが、ご時世的な空気清浄機能とデザインに惹かれました。  高いだけあって気持ち良い気がします。結局こういうものを衝動的に買ってしまうからお金が貯まらないのだろうな。 --------------------  Flutterを少しだけ触りました。クロスプラットフォームのアプリ開発ツール。 Screenshot_20200518-225842  チュートリアルアプリを一通り動かして実機に入れるところまで。この画面を見ても何が凄いのか伝わらないとは思いますが、自分で書いたコードがAndroidの実機で動いているのはなかなか嬉しいものでした。  まあ、チュートリアルの丁寧さと型補完の強力さのおかげか特に考えることもなく平日夜×3くらいで終わってしまったので、自分で書いた感じはあんまりないのですが。  JavaScriptに慣れていると他の言語との違いで混乱する。C# を前にちょっと見た時はJSに似ていて読みやすいなあと思ったし、Dartも割と似ていて入りやすいという評判を目にしたのでチャレンジしてみましたが、実際にはやっぱり細かいところ……(){} やセミコロンの使い方が微妙に違っていて困る。  まあ全く同じだったら使う理由がないので、ちゃんとメリットがあるからこそわざわざ新しい言語をGoogleが立ち上げたのでしょうけど。  この後はどうするか……Flutterこのまま続けてもうちょっと実用的なアプリを作るかなあと思いつつ、Web制作者が覚えるならReact Nativeの方が良いのではという気も。いろいろ試してみます。 --------------------  理由は不明なのですがブログの検索順位が先週あたりから急激に落ちたようで、ここ数ヶ月調子の良かった収益が壊滅的に落ちました。まあ状況としては1年前くらいの水準に戻っただけなのですが。  改めてこういう広告収入みたいなものの不安定さを感じました。Googleのちょっとした変更で前触れなしに収入3分の1になるとか、自由気ままな暮らしからは程遠すぎる。ちゃんと働かなければならないなあと改めて思いました。  と思いつつ何とか巻き返すためにAMP対応でもするかなあと考え中。既存サイトのAMP化ちょっと厳しすぎるので別リポジトリで作るかなあ……といったところ。  正直リモートワークは今週で終わるかなと思っています。楽観視しているわけではなく。  別にリモートワークのストレスもだいぶ軽減されてきたので延長されてもそれはそれでいいし、  かといってどうしてもリモートじゃなければ嫌だ! というほど快適でもなかったし、  家族と仕事と人間関係のストレスはリモート関係なく続く一方でどちらに転んでも死にたさも増すばかりなので、どっちでも良いかなあと思いつつ。でもそろそろスタバには行きたいなあ……。  これを機にスタバ中毒を脱して無駄遣いを減らすべきだとも思うものの、潰れてしまうと困るので支援という口実でたぶん出勤し始めたら通うだろうなあ。というよりも、それ以外に日々の楽しみがない暮らしが戻ってくるだけ。 --------------------  余談ですがこのタイトル付けるのどうやら4回目らしいです。あんまり気にしたことはないですが。たまに1ヶ月くらいの間隔で同じタイトル付けてるとボキャブラリーの貧弱さに泣きたくなりますが、実際自分の感情を1単語で括ったらだいたいいつも同じようなものだとも思います。ずっとデクレシェンドだしずっと甘えている。 ...

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最近の話題 2年前

HYPE MODE、ソンナコトナイヨ など

最近聴いてる曲

HYPEMODE / Reol

 れをるさん。昨年の『ゆーれいずみー』でちょっと気になっていて、Apple StoreのCMになったこれでかなり掴まれました。  ぶっちゃけ歌詞が嫌いなのと曲が好きなのは私の中で全然別というか、これも『チューリングラブ』も歌詞だけ拾ったらやってんなって思うんですが、曲に中毒性があれば外国語の曲と同じように言葉には意味のないものとして聴くことができるし。  というか不快さそのものにある種の中毒性があるんじゃないかという気がしてきました。嫌いなものを見て安心するような感覚。  このあたりの大衆心理、ワイドショーとかYahoo!ニュースのコメント欄もそうですけど、実はあれを本気で信じて共感して怒っている人はそんなに多くなくて、ああいう知能的に最底辺なものを見て「自分はあれよりはマシ」だっていう目線で見ている人も多い気がするんですよね。  ミヤネ屋も文春も、あえてレベルを視聴者に合わせるのではなくそれよりも下に置いている。好かれることではなく観られることが目的にあるのだから、憎悪と分断を煽るのは戦略として正しい。正しいからこそ、それが正しいことになってしまう今の資本主義とか自由主義の仕組みがもう破綻しているのだろうなと思いますが。  あ、別にこの曲がそこまで行ってるとは全然思ってないです。別に言うほどの不快さもないし、それを狙ってるとも思わない。  けどまあ、それを意図的にやってるアーティストも存在しているとは思いますよ。ゲスの極み乙女のユニット名・メンバーのニックネームとかも、そういう(馬鹿にされる対象を演じる)戦略に分類できるでしょうし、  欅坂46の『月曜日の朝、スカートを切られた』も、たぶん意図的ではない事故だとは思いますが、結果的に「メンバーに罪はない」みたいな内向きの団結を生み出すのに寄与したのかなと思います。

まだら / パスピエ

 不気味。この音の感じで何度も聴きたくなるの改めて凄い。  ただ、King Gnuとか米津さんとかの曲聴いてても思うけど、本質的に良い曲と良くない曲を分けるものって何なのだろうなと思うことがたまにあります。  出来がいい、ウェルメイドである、みたいなことは客観的に言えても、じゃあその何が好きで何が好きでないか。  自分の好きな音楽、ヒトリエやパスピエやブクガに共通しているのは「聴いていて気持ち良い」なんですけど、それって本来は不協和音とかを減らしてベタに四つ打ち鳴らしてくれれば成立するし、じゃあそれにとどまらずに音楽的に一歩深みを与えたような曲と単なるダンスロックの間にあるのは、優劣なのか。  そこに「新しい」「他と違う」「独創的」「実験的である」といった意味での褒めやすさはあるし、自分自身そういう言葉に頼ってしまいがちではあるけれど、褒めやすさと良さはイコールではないはず。

ソンナコトナイヨ / 日向坂46

 曲も歌詞もひたすらに古めかしい。もちろん言うまでもなくライブでは盛り上がるし人気も出ると思うけど、それはそれとしてダサいことに関しては満場一致なのでは。  サビのダンスの振り付けも何とも言えないけど、メンバー、というかこさかなの表情で全部アリになってしまっている気がする。平手さんとは違った意味でやはりセンターになるべくしてなった人という印象。  ところで、間奏の「そんなことないよー!」のところ、コール入れられる前提といってももう少し音源時点で成立する感じにならないものなのでしょうか……? 棒読みというか何というか、これならメンバー以外の声とか足した方が良いのでは……。  とはいえ、欅坂46の曲の掛け声(『アンビバレント』の「Hey!」など)も大体こんな感じで浮いてたので、それを求めてはダメなのだろうな……。  それにしても欅坂・日向坂はなんというかこの1ヶ月激動ですね。乃木坂はほとんど追っていないので欅坂・日向坂に限った触れ方になりますが……。  まず1/23に平手友梨奈さん中心にメンバー4人が脱退・卒業・活動休止。そもそも音楽番組も出るごとにメンバーが違っていたり、けやかけには基本出てなかったり、いろいろと不安定な状態が何年も続いてたので、ついに、という感じ。とはいえやっぱり残念です。  欅坂の明らかに平手さん一人に何もかもを背負わせすぎている体制はどう考えても長期的に続くわけがなかったと思いますが、  ただ、そういう不安定さ、ちぐはぐさが結果的に、他のどの48/坂道グループよりも強く同世代の感情を揺さぶるような熱狂を生み出して、その中で『サイレントマジョリティー』や『不協和音』のような、歪ながらも明らかに社会に影響を与える楽曲に繋がったわけで、  だから「早めにセンターを交代させるべきだった」とかそういう話でもきっとないんですよね。長濱ねるさんや柿崎芽実さんのことも含めて、何かが違っていたらそもそも成立していないプロジェクト。  一方の日向坂46からは井口眞緒さんが卒業。  こちらは本当に辞めなくても良かったのに、と思わずにはいられないですが、たぶん運営側も戻る道筋はある程度用意していたようにも思うんですよね。それを最終的に決断したのは本人の意志であったと信じたい。  柿崎芽実さんもそうでしたが、「ずっと変わらずにいてほしい」と思うのは無関係なファンのエゴであって、別に好きなタイミングで辞めればいいし、そこを履き違えてはいけないなとも思います。  いろいろあった坂道研修生からは3人が日向坂に加入。2人卒業して3人加入なのでとりあえず全員選抜は維持できそうで一安心。ひなあいが面白くなることは確定的なので安心して楽しみにできます。  欅坂はここからどうなっていくかの方が大変だろうなと思います。  乃木坂と日向坂に挟まれてるポジションなのがまた複雑ですよね。乃木中とひなあいが続いてけやかけだけ終わったとしても、それだけで完全にネガティブなイメージを残してしまうわけで、解散することも規模縮小することも許されない。そのことが結果的にかなり重たい十字架になってしまうのではと感じます。  松田里奈さん筆頭に2期生がガラッとイメージを変えようとしても、今までの楽曲やパフォーマンスの方向性を考えるとイメージチェンジもしづらい……。とりあえず次のシングルがどうなるか。楽曲としてはやっぱり欅坂が好きなので良くも悪くも楽しみ。
2010年代の20曲 _ ⑮欅坂46 「サイレントマジョリティー」 (2016)|レジー @regista13 #note  ところでこの記事がとても良かったです。この記事に限らず20本全て、音楽と社会に興味がある人は必読というクオリティ。 2010年代の空気を20曲で振り返る:企画趣旨と目次|レジー @regista13 #note

ローリンガール / wowaka

 2/14で10周年だったそうです。毎日のように聴いているから逆に当時のことを思い出したりはしませんが、言うまでもなく色褪せない名曲。  ちょうど1年前の2/14に、wowakaさんのインフルエンザで延期になったHITORI-ESCAPE最終公演が行われたわけですが、  結果的にあれがwowakaさんを最後に見たライブになったんですよね。都内在住の多くの人にとってそうかもしれませんが。  亡くなった当時も思いましたが、1月と2月のワンマンをスルーしていたら一生後悔しただろうし、2月のワンマンが抽選に外れて観れずじまいだったらもっと辛かっただろうし、それも含めて運命だったのかなと思うこともあります。  バレンタインにはあんまり縁がないのに2月14日には縁のある人生を送っているような気がします。そんなことを思いつつFirestore移行をしたりしました。 --------------------  そういうわけでFirestore移行。ついに本番運用開始です。  このリニューアル作業、昨年11月からなので4ヶ月くらいかかってしまいました。  読んでいる方からすると、見た目が変わっていないのに何が大変だったのかよくわからないと思いますが、技術的に相当大変なチャレンジだったのです。ほんとに。  少なくとも明らかに速くなったことには同意してもらえるのではないでしょうか?  まだまだバグなどもあると思うので今後も少しずつ直していくと思いますが、とりあえず本公開に辿り着けて一安心です。  ただ、明らかに高速化して使いやすくなっていると思います。こういうのはちゃんと後々、SEO対策とかで利いてくる部分だと思いますし、何より細かい改善がしやすくなったので、今後もガンガン進化していけると思います。それこそプッシュ通知対応とかも。  それと同時に、せっかく読みやすくなったので記事を積極的に書いていきたいという気にもなりますね。というよりも、ここ数ヶ月はこの開発を優先してブログを書かなかった部分も大きいので。ここまでしたからにはもう少し更新していきたいです。  そう言いつつ本番運用し出したら急にGitHub Actionsがコケたり、意外とアクセス数が無料枠で収まりきらないっぽくて焦ったりしていますが。。。とはいえこの速度の快適さは捨てがたいのでしばらくこれで様子見します。今のところは全然許容範囲。 --------------------  さすがに更新しないにしても限度があるなという感じになってきました。2020年。  思うところがあってサイトトップの「n週間前」を「n日前」に変更してみたのですが、最後の更新が「2週間前」と言われてもあんまり気にならないのに「12日前」と言われると急に罪悪感が……。  というわけで頑張って少しずつ更新します。久々に最近の話題カテゴリーを引っ張り出してきました。  しばらく開発はやらないので記事を書くことに集中したいと思います。よろしくお願いします。 ...

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音楽・イベント 2年前

『UNKNOWN-TOUR 2018 “Loveless”』特別先行大音響シアター上映会

10/31に、ユナイテッド・シネマ豊洲で開催された「ヒトリエ LIVE DVD & Blu-ray リリース記念 『UNKNOWN-TOUR 2018 "Loveless"』特別先行大音響シアター上映会」に行きました。  行くかどうか迷っていたのですが、行って良かったなと心から思っています。 --------------------  自分は『IKI』『Loveless』という2つのツアーのどちらも行きませんでした。  ここ数年、ヒトリエに対する熱が一時期と比べて冷めた後でも、  行きたいと思ったライブ(HITORI-ESCAPE)には全て行ったし、  行かなかったライブにはその時に行かないという決定をするだけの理由があったから行かなかったのであって、  そのことについて後悔はない、と、この半年間、書き続けてきました。それは実際そうだと思っています。  が、『Loveless』というライブについては、行くべきだったのかもしれない。  行った方が良かった、とかではなくて、  もしあのライブに行っていたら自分は今こんな風になっていなかったのではないかということを、上映会からの数日間考えていました。  それは、演奏以上に、曲の合間のMCで、wowakaさんがすごく熱く語っていた、そんな姿を初めて見たからです。もちろん他のワンマンでも喋るし、ああいうことはよく言っていたと思うけれど、それでも『Loveless』というツアーは、そのアルバムのテーマがテーマだけに、かなり特異な空気ができていたように感じられました。  あんなにも熱を帯びて、感情を込めて、音楽のこと、愛のこと、人間のことを語るwowakaさんの姿をもし生で見ていたら自分は、wowakaさんを、ヒトリエを、信じ続けることができたのだろうか。  おそらく、そうではないだろうなとは思います。  こういうことが起きるまでずっと、いや、こういうことがあってもまだ、ヒトリエに対しての印象はずっと上下し続けていて、  最高のバンドで一瞬でも貶そうと思うなんて狂っていると思う瞬間と、絶賛しか認めない信者に唾を吐きかけたくなる瞬間が交互に訪れていて、  今年の3月から4月はちょうどそういう負の時期でした。1月、2月のHITORI-ESCAPEで心動かされたはずなのに、それでもなお、そういう風になっていたのだから、きっと意味なんてなかったのだと思います。  それでも、Lovelessというライブを観ていたら、ひょっとしたら……と思わずにはいられない、それほどまでに鬼気迫る映像がありました。  まだBlu-rayを買っていない方、特にツアーに行かなかった方は、絶対に買った方がいいです。どの口が、という話ですが。 [amazon_link asins='B07X8G82NF' template='Original' store='galeglad-22' marketplace='JP'] --------------------  このDEEPERの記事は、このブログの記事が、小さいながらもバズるという初めての経験であって、その後のこのブログの在り方にも大きく影響しました。  そして、自分にとって――もしかしたら自分以外にあの記事を読んだ人の中にもそういう方がいるかもしれませんが――、あの記事で書いたことはずっと一種の呪いになっていたのだと思います。  最近のwowakaさんの歌詞を好きになれない、という言葉を発信してしまったことで、それ以降のwowakaさんの書いた歌詞を、言葉を、真正面から受け止めることなく、上っ面だけを見て拒絶してしまったのは自分なのではないか。  ボカロ時代であれば使わなかったような語尾、言葉使い、漢字、それらだけを見て、自分には合わない、と思ってしまったのではないか、  というのを考えたのは、今回、『Loveless』の上映会の中で、一番印象が変わった曲が、『アンノウン・マザーグース』でも『日常と地球の額縁』でもなく、  『ソシアルクロック』だったからです。  100%音と映像だけに集中できる空間で聴いたソシアルクロックが、その歌詞があんなに真っ直ぐに今の社会をストレートに否定する表現になっていることに、馬鹿みたいな話ですが、今まで気づいていなかった。気づこうともしなかった。 --------------------  最近、「ずっと真夜中でいいのに。」とか「三月のパンタシア」とか「Eve」とか、  あのあたりの人気のボカロPの曲を聴くと歌詞の軽薄さに激しい嫌悪感を覚えるのですが、  きっと今の自分が新曲として『裏表ラバーズ』を聴いたら同じように好きになれないのだろうと思います。  結局その時々の人生のステージであったり置かれている環境であったりで、その人に刺さる言葉、刺さらない言葉、というものがあって、それは同じ人でも変わったりする、  それと同時に、それは聴く側だけでなく作る側に同じことが言えて、つまりwowakaさんが架空の少女を主人公に据えた箱庭的な歌詞を作らなくなったのは、そういう歌詞に本人が魅力を感じられなくなったからだろうと思うし、  すごく雑にまとめるなら、wowakaさんの方が大人になるのが早かったんだなあと思います。  ボカロを始めた頃のwowakaさんはまだ学生で、ヒトリエを始めてからは当然そうではなくなったわけですけど、  自分自身も、大学を卒業して社会人になったこの2年でも相当に意識の変化があったし、だからこそずとまよやEveさんの中身のない歌詞に全然魅力を感じられないのですが、あれが刺さる層もたくさんあってそっちがマスマーケットであるから正しいのでしょう、  一方で、wowakaさんはそうしてマスに迎合する歌詞を作るのを拒んで、  成長し、変化する自分を等身大で見せ続けることを選んでいたのだろうなと思います。  自分は何でそのメッセージを受け取ることができなかったんだろうと、それは考えます。 --------------------  考えても悩んでも意味なんかない。  別に自分が何かこの問いに答えを出してもヒトリエのライブが観られるわけではないしwowakaさんの新曲が聴けるわけでもない。  そして、そういう答えが出てもそれをどこにも返すことができないんですよ。  wowakaさんがどれだけヒトリエのライブを大事にしていたか、熱を持っていたか、それに二度と行けなくなることが自分にとってどれだけ暗い影を落とすか、それを知った後でも、  それはwowakaさんという唯一無二の人だから起きたショックでしかなくて、  だから米津さんの次のライブにも応募しなかったし、ヒトリエのwowakaさん以外の3人のライブにも今後は行かないし、メンバー3人のフォローも数年前に外して以来そのままです。    上映会は確かに素晴らしい空間だったけれど、それを素晴らしいとはとても言えません。ライブが終わった後、席を立ちながら友人同士で感想を熱っぽく語り合う人たちのことはとても信用できません。  あのライブを見た後に残るのは果てしない喪失感と虚無感、それだけでした。  あれだけ素晴らしいライブの、そのすべてが二度と取り戻せない過去の記録で、未来永劫更新されずにどんどん古びていく。前に進むことができない。  そういう絶望だけがあります。 --------------------  wowakaさんの訃報から半年が経って、直接的なショックとしては和らいできていたのかな……と思っていたのですが、  ここ何週間か……特にこの上映会の前後で、ああ、やっぱりだめかもしれない、と思います、  ヒトリエ以外の曲を聴いているだけで罪悪感を覚える。  それだけ聴いていると飽きてしまうからもちろん他の曲も聴くのだけど、申し訳ないなと思ってしまう。何かに。  そして、Eveとか日向坂とかの曲を聴いていると、こんなにも軽薄で、血が通っていない、人間を見せていない、楽曲を聴くこと、好きになることが冒涜だなと思う。それを音楽だと認めてはいけないような。  ヒトリエ以外のアーティストが売れたニュースを見ると嫌悪感を覚えるし、何を楽しそうにしてるんだろうと思う、  自分自身も、何でゲームなんかやってるんだろう、何でスタバの新商品なんか楽しんでるんだろう、自分よりも何倍も価値がある人の命が失われたことに対して何もできていないのに、何で価値のない人間が生を満喫しているんだろう。  それは結構一生変わらないんじゃないかなと思います。  別にwowakaさんが亡くなったことから目を背けて生きていくのは簡単で、現に今ままさに自分がそうやって7ヶ月もぬけぬけと生きているわけですから、そんなのはとても簡単なことです。考えなければいいので。考えずに仕事に没頭して、普通の人間のフリをして他人とコミュニケーションを取れば済む話なので。  きっとそしてこれからもそんなことは増えていくのでしょう。自分の母親がたぶん自分より先に死んで、それでいていま自分が死んでほしいと思っている父親はたぶんなかなか死なないんだろうなとか。根拠はないけれどそう思います。  ただ、そうやって生きていくことのゴールが最終的にどこにあるんだろうとは思います。wowakaさんが最終的に死ぬという結末に向かってこの10年wowakaさんを応援してきたのと同じように、同じように米津さんもそうなるし、自分の周りの大切な人についてもそうで、  そうやって自分の大切なものが全て奪われていくことを眺めるだけの人生にどれだけの価値があるんだろうか。  当然ですけど明日からは全然こんなこと考えていないかのように振る舞いますよ。それは簡単なので。  wowakaさんの誕生日の翌日であってもSurface Pro 7のレビュー記事を上げてアフィリエイト収入でお金を稼ごうとする浅ましい人間になることはとても簡単で、そして、それ以外の選択肢なんてないんです。自殺するなら別ですけど。  書けば書くほど陰鬱な気持ちになります。そして陰鬱な気持ちになるべき人間であるからそれは正しいことなのだと思います。  これ以上続けていても意味がないので切り上げますね。すみません。きっと明日起きてこの記事を読んだら後悔すると思いますが、それでもこれが本心です。 ...

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ひとりごと 2年前

『HITORI-ESCAPE TOUR 2019 @ 京都磔磔』(9/3)感想

9/3、「HITORI-ESCAPE TOUR 2019 @ 京都磔磔」に行ってきました。  このブログがこれまでどういうスタンスでヒトリエに触れてきたかを知っていて、また、特に前回の記事を読んだ方は、  「どうせまた逆張りヒトリエ批判記事なんだろ早く死ねばいいのに」とか思いながらこの記事を読み始めたことと思いますが、  私もどうせきっとそうなるだろうと思いながらライブの開始を待っていました。  つい1時間前にあれだけヒトリエに対してネガティブなことを書き散らしていたのだから、どうしたってそういう穿った目線になってしまうし、そんなスタンスではどんなに良いライブであってもそうは感じられないでしょうし、きっとライブが終わった後には「やっぱり楽しめなかった」みたいな感想になるんだろうなと。  そんな感じだったので、特に最前の方に行ったりもせず、持っている整理番号で本来入れる時間よりもだいぶ遅れて並びましたし、  会場の照明が消え、登場SEがかかった段階でも冷静でした。  ところが、会場後方からメンバーの3人が入ってくるのを見た瞬間、それだけのことなのに、急に目頭が熱くなって。  そして、1曲目の『センスレス・ワンダー』のライブだけの前奏、そしてあの象徴的なリフが聴こえた瞬間には、もう本当に自分でもよくわからない感情が爆発して、まだ歌が始まってもいないのにほとんど泣きそうになっていました。  ライブを観てあそこまで泣きかけたことは後にも先にもないと思います。  あのライブ。あの空間。ヒトリエのライブ。もう二度と観られないと思ったそれが目の前にある。何度もライブで聞いたセンスレスワンダーが流れる。  頭でどれだけ難しいことを考えていても、どれだけ理屈をこねくり回しても、身体がその興奮を覚えている。  そこには、ライブそのものを楽しむと同時に、ライブを楽しんでいる自分がいることにも喜びを覚えるメタな視点も入っていました。  やはりここにきて良かった、いろいろ考えながらも結局ライブに行けばこれだけの歓喜を得られるのだから、自分はやっぱりヒトリエのファンだし、ヒトリエを応援し続けることになる、それはもうほとんど宿命のようなものなんだなと、  1曲目が終わった段階ではそう思っていました。しかし、そうではありませんでした。  『シャッタードール』、『日常と地球の額縁』と曲が続いていくうちに、  イントロから歌い出しまでの間、何曲目になっても、無意識のうちにwowakaさんの声が聞こえることを期待している自分に気が付きました。  ボーカルが違う。もちろんギターも1本足りないのですが、それでも演奏だけを聴けば間違いなくヒトリエのライブで、だからこそ、そこに乗るボーカルがwowakaさんのあの独特の歌声でないことの違和感が徐々に大きくなっていきました。  『SLEEPWALK』でwowakaさんのコーラス音源が乗ること、それ自体は感動的であるのに、さらに物足りなさが増していく。  『インパーフェクション』、『劇場街』、『リトルクライベイビー』、自分の好きな曲、思い入れの強い曲であればあるほど、自分の思い出の中のその曲との違いに引っかかってしまう。  3人体制でちゃんと完成したライブが披露されているのに、そこに足りないものにばかり目が行ってしまう。そんなわけがないのに、『アンノウン・マザーグース』の2度目のAメロ、「つまらない茫然に溺れる暮らし」からwowakaさんのボーカルを自然と待ってしまい、そこから別の人の声が聞こえることにショックを受けてしまいました。  『アンノウン・マザーグース』の曲中、あのシンガロング、声を出そうとしたところで、強い吐き気と息苦しさを覚えて呼吸ができなくなり、咳き込んでしまって一緒に歌うことができませんでした。それはさすがに嘘だと言われるでしょうけど本当のことです。  もうそこからは熱くなることもできません。『トーキーダンス』『踊るマネキン、唄う阿呆』でさえも心から踊ることなんてできない。『ポラリス』を聴きながら、脳内ではずっとwowakaさんのボーカルで補完し続けている。  いっそライブの途中で帰ってしまおうかとさえ思いました。ライブが嫌なのではなく、ここにいることが自分以外の全員に対して申し訳なくて、いたたまれない。  wowakaさんが亡くなった後であっても、wowakaさんが歌っている音源を毎日聴くことはできるし、ライブ映像を観ることもできる、そういうヒトリエの音楽がある日常には何も変わりない、変わらずにこの半年を過ごしてきましたが、  ただ、wowakaさんのいるライブは二度と観られない。  ヒトリエの3人でのライブを観て、wowakaさんがもういないという事実、失われたものの大きさを、もしかしたら初めて強く実感したのかもしれません。それほどまでに心が落ちています。 --------------------  こういう記事を書くことについて、どういう表現をしたら正しく伝わるのかわかりません、  どう取り繕ってもたぶん読んだ人の多くを不快にさせてしまうだろうし、水を差すな黙ってろって思う人もたくさんいるのでしょうし、それは誤解でも何でもないと思いますが、  少なくとも勘違いしてほしくないのは、ヒトリエに活動を続けてほしくないとか、そういうことは一切思っていないということです。当たり前ですが。そんな権利はもちろんないです。  ヒトリエが活動を続けることによって救われる人が大勢いる、おそらく自分以外の全てのファンがそうだろうと思いますし、それを非難するつもりも否定する気も一切ありません。  ただ、あくまでも私にとっては、そうして行われたライブでステージに立っていたのは、もはや自分にとってのヒトリエではなかった。  あの夜、磔磔にいた350人のうち349人が、シノダがギターボーカルをする3人体制のヒトリエをヒトリエであると認め、応援し、そのことに救われるのだとしても、私はそうではありませんでした。  あまりにも心が狭く、醜いことを言っていると自分でも思いますが、だからといって、この違和感を、喪失感を、衝撃を、なかったことにして、「やっぱりヒトリエのライブは最高だった」などと言うことにはどうしても耐えられない。  今の自分は、wowakaさんのいないヒトリエを応援することができません。  ヒトリエが3人でのライブをして、その中で『アンノウン・マザーグース』や『ローリンガール』を唄ったとしても、そこにwowakaさんはいない。  その不在だけがむしろ浮き彫りになっていく。  「そんなことはない、あのライブは4人でのライブだった」という人もいるかもしれませんが、  私はそうは思えませんでした。シノダさんのボーカルを聴いても、wowakaさんが乗り移っているなどとは感じられず、ただwowakaさんがいなくなったことの切なさと虚しさだけがあり、苦しさすら覚えました。  私にとってのヒトリエは、wowakaさんがギターを弾いて歌を唄う4人組のバンドであり、  それは、2019年4月5日で終わってしまったバンドで、活動継続もしないし、二度と復活もしないのだと。  6月の追悼会の後に、「ヒトリエというバンドのライブにまた行けることが嬉しい」と書いたのですが、全くそうではなかった。あの幸福と興奮に満ちた非日常空間には、やっぱり二度と足を運ぶことはできない。永遠に失われてしまった。  ヒトリエという名前を名乗ってほしくないとかそういうことでも全くなくて、ただ、あくまでも私にとっては、同じ名前で同じ曲を演奏する別のバンドだったということです。 --------------------  6月の追悼会のライブを生で観れなかった自分にとっては、3人体制のライブを観る初めての機会であったし、  メンバーにとっても、正式なワンマンライブは初めてだったはずですが、  まるで初めてでないかのように、つまり、リスタートとか第2章とかそんなものではなく、今までのヒトリエと地続きになっている、「ちょっと久々のワンマンツアー」というスタンスで臨んでいるように感じられました。  MCでwowakaさんの名前をわざわざ強調したりはせず、思い出を語って感傷に浸ったりもなく、いつも通りに。当たり前のように前を向いている。  それは圧倒的に正しく、あるべき姿だと思います。  wowakaさんが歩むことのできなかったその先の人生を、wowakaさんが生きていたらやろうとしていたことを、残された3人がやっていくわけではない。3人がそれぞれの人生でやっていくこと、の中にwowakaさんの音楽があるだけで。

ーー同じくその頃ボカロPとして活躍していた方というと、つい先日訃報が報じられたヒトリエのwowakaさんの存在も大きかったんじゃないかと思います。DECO*27さんとwowakaさんは、まさに戦友と言えるような間柄だったと思いますが、訃報を受けて音楽に向き合う気持ちに変化があったように感じますか? DECO*27:変に背負おうという気持ちはないですけど、曲を作っていると、どうしたって彼の顔は浮かんできます。なので、まったく影響がないと言えば嘘になりますね。僕らはお互いに切磋琢磨してきたし、彼はボーカロイドシーンだけでなく、日本の音楽シーンに影響を与えた人だと思いますし。でも、彼がやれなかったことは、僕にできることではないんです。だから、「僕は僕で自分がやれることをしっかりとやろう」と、改めて思いました。それが僕にできることだと思っています。 - DECO*27が語る、新会社設立で拡張したボカロPとしての未来「文化は人がいないと生まれない」
 マジカルミライでwowakaさんのための特別演出が行われても、米津さんが『海の幽霊』のインタビューでwowakaさんのことに触れても、ナブナさんがwowakaさんに捧げるアルバムとして『エルマ』をリリースしても、  それはあくまでその人たちが自身のためにそれぞれ取った行動であって、  それらの一つとして、wowakaさんがいないことの悲しみや辛さを埋め合わせることはない。 --------------------  ヒトリエが3人で活動を続けることこそが、wowakaさんの音楽が残り続け、より多くの人に知られていく、何よりの力になることは、当然疑いようがないですし、それは本当に素晴らしく、ありがたいことです、  そういったきっかけに支えられ、助けられる人も大勢いるでしょうし、それはただただ羨ましいなと思います。  wowakaさんのことを一番にヒトリエの「リーダー」として見るのであれば、wowakaさんの存在はヒトリエのライブの中に今も息づいていると言えるでしょうし、  そのライブを楽しめた人たちにとってはヒトリエはこれからも形を変えながら続いていくバンドであり、  自分にはそうではなかったのは、悲しく、悔しいとも思います。でもそれはどうしようもないことです。  もちろん、私自身も今こう思っているだけで、その先のことはわかりません、  数年後にはこんな複雑な気持ちもすっかり風化して、ヒトリエのライブを楽しめるようになっているかもしれません。  もしくは、そんなことを考えることすらなく新しい情報を追わなくなっているかもしれません。  今までは「ボカロ時代みたいな曲を作ってほしい」「ワールズエンドダンスホールを毎回ライブでやってほしい」と唱え続ける面倒臭い懐古厨として、それでも10年前にwowakaさんの音楽に撃ち抜かれ、ずっと魅了され続けた人間として、ヒトリエというバンドの未来に身勝手な期待を抱いていましたが、  そのことに対して自分が何か考えを変える機会もなければ罪を償う方法もないままに、もはやその必要もなくなりました。  wowakaさんはボカロ時代のような曲もそうでない曲ももう二度と作ることはないし、wowakaさん以外の3人のメンバーにそれを望むことを正当化する理由なんて一つもない。ヒトリエがこのツアー以降も活動を続けるのだとしたら、それは自分にとって唯一無二の特別なバンドではなくなっていくのだと思います。 --------------------
悲しい人も、踊りたい人も、4人じゃないヒトリエなんて見たくないという人も、最近曲を知ったという人も、ヒトリエの音楽に出会って必要としてくれる全員を僕は肯定します。
 イガラシさんのこの言葉が、ライブに行く前はあまりピンと来ていなかったのですが、今ならわかります。  私にはヒトリエの音楽が必要です。wowakaさんの音楽が必要です。  これまでのwowakaさんとヒトリエが生み出した数々の楽曲と、それを生み出したヒトリエの4人なしには今の自分の人生はなくて、   ...

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かんがえごと 2年前

『さらざんまい』『青ブタ』に共通する「自己犠牲の重さ」とwowakaさんのこと

 ※この記事にはアニメ『さらざんまい』および映画『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』の一部ネタバレが含まれます。ご了承ください。 --------------------  テレビアニメ『さらざんまい』が先月最終回を迎えました。  『ウテナ』『ピンドラ』『ユリ熊嵐』の幾原邦彦監督の最新作、奇抜な演出と予測不能な展開、それでいて直球なメッセージ性と、様々な方面で話題になったアニメですが、  中でも過去の幾原作品へのアンチテーゼと思えるほどの「自己犠牲の否定」が描かれている点も注目を浴びていました。  特に「自己犠牲なんてダサい」というセリフが飛び出したことは、『輪るピングドラム』のラストを考えると、衝撃的ですらありました。

 リアルとファンタジーを常に行き来しながらも、最終回では主人公3人が現実世界で生きていく姿が提示され、死んだ人は帰ってこないし犯した罪も消えない現実に、残された者だけが残る、そういう地に足を着けたエンディングは、一見すると、愛する者のために世界を書き換えてしまう『ピングドラム』とは対照的のように感じられます。  ただ、さらざんまいで一稀が行おうとした自己犠牲が、ピンドラのそれとは全く違って、単なる現実逃避でしかない。それがなぜかと言えば、そもそも一稀は何かを諦めて他人の為に尽くそうとしているわけではないからではないでしょうか。  自己犠牲というのは、フィクションにおいて無条件に肯定、賛美されがちな行動です。  現実世界でそういう決断を下す機会はあまりない(自分が犠牲になることで他者がその分幸せになる、というシチュエーションがそもそも少ない)こともありますが、自分の不幸を顧みずに他者の幸福のために尽くす行為を他者から非難することが凄く難しい。  ただ、他人の為に自分が犠牲になるというのは、同時に、自分が被害者であり続ける絶対的な権利を得ることでもあります。  自己を犠牲にして死ぬ側はそれ以上何か考える機会もないけれど、犠牲になって生き残った側はその後悔を一生抱えて生きることになります。  『さらざんまい』における一稀と春河の関係も、ある種それに近いところがあって、下半身不随になりながらそれについて兄を責めない春河よりも、そうさせた罪をずっと背負って生きる一稀の方が苦しんでいる。  だからこそ一稀の自己犠牲願望がピンドラのそれと違って単なる逃避でしかない、ということでもあるのですが。  誰だって加害者より被害者でありたいし、自分の境遇が不幸であると思いたい。しかし、それは逃げでしかない。  「手放すな、欲望は君の命だ。」というフレーズも、後ろ向きな破滅願望ではなく、何がしたいかという前向きな希望を持たなくてはならないという意味にも取ることができるのではないでしょうか。 --------------------  『さらざんまい』の最終回と同じ頃に、映画『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』が公開されました。 https://www.youtube.com/watch?v=R_dtHtPOpTs  『ゆめみる少女』のテーマも自己犠牲でした。  特に、「自分が犠牲になれば相手が助かる」というシチュエーションで何をどう選択するか、ということが、『さらざんまい』よりもさらに明確な形でストーリーの核になっています。  しかも特筆すべきは、咲太、麻衣、翔子という主要な人物の全員が自己犠牲を望み、同時に犠牲になろうとする大切な人を止めるという構図になっているのです。  「相手の犠牲を受け入れて自分が生きていくことを選ぶ」というのは、ある意味では自分が犠牲になるよりよっぽど辛く過酷な決断であり、  同時に、自分が犠牲になるのは、そういう決断を周りの人に強制的にさせることでもあって、  それは本当に尊いことなのかと言われると疑問符が付きます。むしろ安易に楽な道に逃げ込んでいるだけではないかと。  『ゆめみる少女』が最終的にどういう結末に着地するかは映画で実際に観て頂きたいですが、とにかくそういう、本当に相手のためになる行為とは何なのかというのを考えさせられるストーリーでした。 --------------------  『さらざんまい』『青ブタ』からも自己犠牲の話からも一旦離れてしまうのですが、  最近、周りの人が急に死ぬ可能性を想像すること、それに対する無力さに絶望することが凄く増えていて。  自分が今何をどう選択しようと、大切な周りの人が事故だったり病気だったりで急に死んでしまうことがあって、それについては因果関係とか伏線とかも何もなかったりする、  不健康な生活を送ってても別に死なない人もたくさんいるし、健康的に生活してて急死する人ももちろんいるし、悪いことばかりしていてこいつ死んだ方が社会にとってプラスの影響大きいのにみたいな人に限ってしぶとく生きていたりする、  みたいな中で、自分がこの先の人生で起きる楽しいこととかよりも、そういう人が急に死んで二度と会えなくなることの辛さの方がよっぽど大きいと思うし、自分が生きてる理由って他人との別れを経験するためじゃないんだけどな、と思うと、凄く虚しくなるというか。  そういうことを考えるきっかけになったのは間違いなく4月にwowakaさんが亡くなったことで、  まあこのニュースも「そんなこともあったなあ」というレベルに落ち着いている人の方が多いだろうとは思いますけれど、個人的にはずっと引きずっていて、  というのは、訃報があった直後にも書いたことではありますが、自分にとって、一番大切なアーティストが亡くなったんですよ。そういう言い方が適切なのかわかりませんが。二番でも三番でもなく。  それまで、例えばニュースでの痛ましい事件だったり、遠い親戚の話だったりで、誰かが亡くなるという経験はありましたし、  有名人の中でも自分がファンであった相手……任天堂の岩田前社長くらいしかすぐには思いつきませんが、そういうことで悲しむ経験も多少はありましたが、  それが本当の意味で自分の身近な人も含めて誰にでも起こり得る可能性があることを今まではちゃんと理解できていなかったのだなと。  メンバーが若くして急逝したバンドとして、今回のニュースでベガスやフジファブリックの名前がよく引き合いに出されていましたが、  逆に言えば、本当に数えるほどしかいないわけで、  そういう、「起こるかもしれないけど基本起こらないと思っていても間違いがないと思われること」が起きてしまうと、やっぱり今後もそういう風にしか考えられないというか、  あえて乱暴な言葉を使いますけど、米津さんも数年のうちにいきなり死ぬんだろうなとか、そういうことを考えるわけです。  何でwowakaさんが死んで他の人が全員生きてるんだろうかと、数あるアーティストの中でヒトリエが一番好きですっていうファンの人以外は等価の喪失感を受けなくていられるのだなあと、  そういうの全部含めてもういろんなことに対するやる気がなくなってきていて。別に自分は不幸だっていうアピールがしたいわけではなく、そういうことが起きるのが特別なことではなく人生においてごく当たり前のことだとしたら別にこれ以上生きてる必要自体がないんじゃないかなと。  現状自分の中で、この人が死んだら困る……困るというか、受け入れがたいほど立ち直れないなと思うのは、wowakaさんを除くと、弟と母親と親友1人と飼い猫くらいしかいないんですよ。  それ以外の人の死は受け入れがたいほどではないというか、もちろん悲しいけどそれによってすぐに自分の生活に影響が出るわけではないなという。会社の同僚とか従兄弟とか同級生とか。でもそれは、本当の意味で、いないと困る人を失ったわけではないので。  あと、そうですね、自分が好きだったドラマに出てた俳優の訃報とか見ても悲しいは悲しいけど別に乗り越えられるでしょうし、  凄惨な事件とか事故で人が亡くなってニュースになる、例えば自分が高齢者の運転する車に轢かれて死んだら悲しむ人は増えるでしょうけど、それは一時的な感情の動きとしての悲しみなので。  正直言えば、昨年秋に祖母が亡くなった時も、ギリギリそっちだったなと思うんですよ。今めちゃくちゃ酷いことを言っていますけど、でももしその時に感じたものが本物の悲しみだったとしたらwowakaさんの訃報は初めてではないはずなので、あれは偽物だったんだなと思います。
 まあだからといってそれを引きずってるとかそういうことはなく……、むしろ、こんなにも自分は精神的ダメージを受けないものなんだなと、怖くなりました。親や兄弟や従兄弟が泣いてる中、自分だけ一滴も涙が出てこないのとか、ホラー。自分はあの告別式の場に居てはいけない人間なんじゃないかと思ってしまいました。  亡くなったことを聞いた時も、驚きはありましたが、取り戻せないこととして事実はすっと受け入れて、その後はずっと計算で動いていたような気がします。会社休めるなら休みたいなとか、夜行バスの中で小説書けるなとか、そういう打算的な部分をゼロにできない自分が本当に嫌だし、それを考えていること自体がサイコ。無理に平静を装っているとかじゃなくて、本当に平静だったような。 flexible, fruit, flow, fly
 だから今回のwowakaさんの訃報と同じくらい落ち込むとしたらその数人の誰かが死んだ時で、それ以外は大丈夫なんですけど、  でもそういう人たちが死ぬ時には順番があって、それであれば自分が最初だったらいいのになと。  逆に自分が死んで本当の意味で悲しむ人も多分その数人しかいないだろうし、その人のために何か長生きしようとかもあんまり思えなくて。  だから例えば自分が死ねば自分の家族が助かるみたいなシチュエーションだったら全然自分が死んだ方がいい、それは別に他人のためではなくて自分の利益だけを追求してそういう選択になると思うんですよ。  自分が死ぬのってそんなに嫌なことかなあとも思うし。死後の世界とかを信じているわけでもないので、自分が今死んだとしたら、米津さんの新譜が聴けないとか、Splatoon 3がプレイできないとか、オードリーのオールナイトニッポンが聴けないとか、それを悔しく思う機会もなくなるので。  むしろ自分がwowakaさんより先に死んでいたらこういう風にならずに済んだのに、生きているせいで悔しく思う機会を与えられてしまっているわけで、生きているのが失敗だったとしか言えないですよね。 --------------------  で、まあこういうことを考えるのが普通の人間かと言えば別にそんなことはないんだろうなと思うのは、さらざんまい全編を通して燕太が取る行動……自分の欲望のために他人を傷つけたりというのを平気でできることからも見て取れて、  そういう自分本位な人間が自分の命を投げ打って他者を助けることは確かに尊いと言って差し支えないのかなあと思うと、  自己犠牲のようなものに尊さが与えられる条件は、その人に欲望があるかどうか、もっと言えば、自分が生き続けることに価値を感じているかどうかになるのかなと。  正直そういう燕太の行動には1ミリも共感できなかったし何でああいう思考に至るのか全くわからなくて、サッカーゴールを自作自演で破壊するところとか意味不明だったのですが、ただ、そういう人間もいるんだろうなとも考えます。良い悪いとかそういう話ではなくて。  これもこのブログではずっと言っていることで申し訳ないんですが、安倍首相とか松本人志みたいな人の思考回路とか行動原理とか本当に理解できなくて、何であんなことを言ったりしたりできるのかわからないんですけど、たぶんそれは一生わからないし、違う人間だからという以外に理屈のつけようがない、  というよりも、この世界には自分と違う考え方をする人間がいるという事実を受け止めないと、正しくその人たちと同じになってしまうというか、社会の多様性を認めるっていうのはそういうことなので。  だから燕太についても、そういう人間もいる、ということはわからなければならないと思うし、幾原監督も「『ピンドラ』や『ユリ熊嵐』の結末は、あくまであの主人公たちにとっての正解パターンでしかない」ということを伝えたかったのかもしれないなと。 https://twitter.com/itoi_shigesato/status/619659284435959808  つまりwowakaさんが亡くなったことについても、  こういう風に引きずってる人ばかりではないのも当たり前だと思うし、悲しいことは悲しいこととして切り分けながら、楽しいことを楽しめる方が良いと思うのですが、  それこそ震災の時の不謹慎厨みたいなことを言うつもりはなく、ただ自分に対しては、そういう楽しい思いをするべきではない……というよりもそういう全部を含めて無駄な気がしてならないんですが、  そうは言いつつも私だって、wowakaさんが亡くなってから3ヶ月経った今も別に自殺とかもしてないし普通に社会生活を送っているし、テレビ観たりラジオ観たりして楽しいこともたくさんしているんですよね。  結局自分がこの3ヶ月していることが何かと言えば、人生に対して期待しない、世界の残酷さとか自分の無力さ、それらに対する憤りをずっと抱えていることも事実としてありながら、  ただ自分がそれについて何かできるわけでもないので、wowakaさんが亡くなったという事実に対して向き合うことを止める時間を増やして、考えても仕方ないことを考える代わりにラジオを聴いたりテレビを観たりしている、それは、  快楽に興じることを意図的に避ける行為によって自分を罰したところで、それで何か世界が変わるわけではない、別にwowakaさんの死の意味が変わったりもしない、という理屈によってしています。  それは別に悪いことじゃない、というのはもちろん当たり前です。私もわかっています。  が、それってまさにwowakaさんの死を克服して過去のものとして前に進む行為そのものであるように思うし、  だから私は他の方と同じようにwowakaさんの死を乗り越えた側の人間なんですよね。実際には。  ということは、結局これだけいろいろ書いておきながら、きっと自分は母親や兄弟や親友が死んだ時もそうやって数日後にはオードリーANNやテラスハウスで爆笑している人間だと思うんですよ。  だからここまで書いてきたことは全部嘘です。すみませんでした。 ...

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ひとりごと 2年前

wowakaさんの追悼会について

6/1、新木場 STUDIO COASTで『wowaka追悼 於 新木場STUDIO COAST』が行われました。 20190601_140024  前の記事で「始発で行ってグッズを買いたい」とか書いていたのですが

*お願い* 13:00より前の時間は会場内への入場や待機、近隣での待機が不可能となっておりますので、 13:00より前にお越し頂くのはご遠慮下さい。 場合によっては開催続行が中止となる場合がございます。 http://www.hitorie.jp/news/#506322
 とのことで、NGでした。間違った情報を書いてしまってすみません。  普通に昼頃に来て並び、グッズを買って帰りました。 20190602_131835-1559464984414  いろいろ買いました。写真に映っているものの他にフォトアルバムとHOWLS初回盤も買いました(ダウンロード購入していてCDは持っていなかったため)。 -------------------- --------------------  追悼会はチケットを持っていなかったのでニコ生で観ました。
 チケット、払い戻しとか要らないから追加販売してほしかった気持ちは当然ありますが、今から追加で募集をかけるとキャパシティ的にどうしようもなくなるんだろうなというのは理解できます。  Twitterとかメルカリとかで募集かけている人もたくさんいますが、それは意味がないのでしませんし、Coyote Howlingのチケットを取らなかった自分の罪として背負おうと思います。  wowakaファンとヒトリエファンはイコールじゃないし、次がないイベントはその重みも違いますから、ツアーに行く気がなかったのに追悼会に行きたいと思う方がいることは理解できますけど、  やっぱり2019年のwowakaさんは2019年のヒトリエを愛してくれている人を求めていたと思うし、そこに応じられなかった自分が今更何か求めるのはずるいと思うので。
 追悼会の詳細が出た時点でこれは決めていたことです。  やっぱりこういうことがなかったとしたら、自分はCoyote Howlingにたぶん行ってなかったんじゃないかと思うし、だからライブが中止になったことに対して100%の熱量で悲しめないという中で、  そういう悲しめないこと自体が悲しいし、どこかで嘘が混じっているような、10年間ずっと熱烈なファンであったようなフリをするなという後ろ指を差される感覚があるし。たぶんそう思う人もいると思うんですよね。私のことを何ならヒトリエアンチだという目線で、石なんとかの亜種みたいにカテゴライズしている人もいると思うし、そう思われても仕方ないことをしてきたし。  wowakaさんの存在を忘れないとか、今になってwowakaさんのことを愛しているような素振りを見せるのは単に亡くなった人の悪口を言えないだけで、それは卑怯だと言われたら反論できない。  あのライブをニコ生で観て、もちろん感動したしただ最高のライブだという感情があって、  あの場に居合わせたかったという気持ちがないと言えば嘘になりますけど、それもやはり自分の罪に対する罰なのですから、甘んじて受け入れます。 --------------------  ちょうどwowakaさんが亡くなって2ヶ月が経とうとしている中で、未だに、wowakaさんのことを、当たり前のようにずっと話題に出し続けていましたが、  やっぱりどうしても消化しきれない、というか、消化という言い方も適切ではないと思いますが。  むしろ時間が経つにつれてどんどん辛くなっていく感覚が最近増していました。  それは、自分がこれまでの5年間、ヒトリエという存在の重きをライブに置いていなくて、音源、作品をメインに追いかけてきたからこそ、  ある程度時間が経った今も、「wowakaさんの新しい曲は二度と出ない」という事実の重みが全然損なわれずただひたすらに増えていくせいです。  パスピエとか米津さんの新曲が出るたびに「でもヒトリエの新曲は出ないんだ」と思ったし、5月、リリスクやオサカナがメジャーで売れていくのを見ても「でもヒトリエはもうこれ以上評価されることがない」と思ったし、  そういうものが全部虚しさに変換され、その都度wowakaさんがいない世界にいるという事実が実体となって現れる。  今までライブに1年以上行かなかった期間も普通にあったし、だからwowakaさんが亡くなってからの2ヶ月でヒトリエのライブに行けていないことそれ自体は別に、wowakaさんの存在はあまり影響してない。  同時に「あのライブ行っておけばよかった」もあんまりない。例えば、IKIやLovelessに行っていたとしても、別にそれで今のこの後悔や苦しみが何か薄れたりもしなかったでしょうし、直近のワンマン(HITORI-ESCAPE 2019)は行っていたし。  でもwowakaさんがいないことで時間が止まってしまったことは間違いなくて、それは毎日聴ける手元の音源からも感じられるからこそ、ずっと積もっていく。  別にwowakaさんのことがあって以降とかいうわけではなく、YouTubeでおすすめに表示されたりとかで、ヒトリエの何らかの曲は当たり前にほぼ毎日聴いていて。だから辛い。  訃報が出た直後にあれだけ悲しみに暮れていた人たちがどんどんそんなことなかったみたいにツイートとかし始めてるのも、もちろんそういう人たちもそれぞれに折り合いをつけて頑張っていることもわかりますけど、それ自体にも嫌悪感を押さえられないし、  そう言っている自分も、wowakaさんが亡くなったのに何をテラスハウスとかオードリーANNとか楽しんでるんだよっていうのをずっと思うし、ずっと突きつけられて、その問いから逃げ続けてる。全部嘘だし全部欺瞞。  思ってもいないことを書いている。思ってもいないことを口にしている。そうできている時点で何も思っていないんじゃないか。  これだけブログでは毎回wowakaさんのことを書いていて、そのことを思い出さなかった日は1日たりともないと思うけれど、そんなことは臆面にも出さずに会社の同僚や家族との会話を普通にしている。何ならその話題を出すのが恥ずかしいことだと思って避けている。それはwowakaさんのことで受けた悲しみは体面や恥を守るよりも優先度の低い存在だったという意味になりやしないか。  もう1つ、今回のことがずっと心の中に沈殿し続けている一番の理由は、  この出来事を自分の人生における教訓として受け取るにはあまりにも理不尽で、どうにも解釈できないから消化できないということにもあります。  あの日、「推しは推せる時に推すべき」みたいな薄っぺらいツイートをたくさん見ましたけれども、じゃあ仮に今まであったヒトリエのライブ全通してたら悲しみが軽減されてたのかって言われたら全然そんなことないし、  「アーティストは積極的に応援しよう」とか言われても、これが解散とか活動休止ならわかるけれどそれとは性質が違いすぎる。  「お前がDEEPER批判するブログを書いたことでそれを見たかもしれないwowakaさんに精神的なダメージを与えてwowakaさんを追い詰めたことが心労に繋がったかもしれない」と言われたら、それは一理あると思いますけれども、  かといって、自分がヒトリエのCDを毎回絶賛してヒトリエの布教に全力注いでいたらこうはならなかった、なんて考えるのもそれはそれで烏滸がましいでしょう。そんなわけはないので。私が何を考え、どう生きているかとは、全く及ばないところでこうなってしまった。  そして、じゃあ次こういうことが起きるかもしれないから、他の好きなアーティスト、米津さんとかパスピエとかリリスクとかを全力で推せるだけ推せ、って言われても、そうはできないですよね。  というのは、こんなこと書くのはあまりにも失礼だし不謹慎だしというのは承知の上で、ですけど、亡くなったのがwowakaさん以外の好きなアーティストであったらCoyote Howlingのチケット取ってたと思います。  だから、そういう、複数あるうちの1つとしてヒトリエを追っていた方が、他の人への想いを強めるのはわかりますけど、でも、私にとってはそうではないので。  一番の方が亡くなった時にそれ以外への想いによって代替することはできないし、むしろ逆で。最新のライブの思い出を上書きしたくないとすら思ってしまいます。 --------------------  私は、訃報があってからこれまでの約2ヶ月。  ヒトリエというバンドが、あの日、4月5日で終わったのだということを、ある程度の前提として、いろいろなことを考え、いろいろなことを書いてきました。  「もう二度とヒトリエのライブを観られない」「ヒトリエの音源は二度と出ない」と何度も書いてきたし、「ヒトリエの新曲は出ないからヒトリエメドレーを作るのは最初で最後だ」とも書いたし、  そうではない可能性にはあえて触れようとしませんでした。  もちろん、ヒトリエが続いていく可能性も想像はしていましたが、  それに対して、解散しないことが何らかの救いになるという意味の言葉を安易に発することがどうしてもできませんでした。  それが救いになるということすら冒涜のような気がしていたし、それ以上に、  そういうことが告知された時に、自分がそれを100%喜べるのか、ということについて、自信がなかった。  それは、直近ではなく、もっと先の未来で待っていることに対してです。  ヒトリエが解散せずに進んでいくとして、新メンバーが入るのか、サポートメンバーを入れるのか、3人でやっていくのか、という選択肢はあるにせよ、  どんな形であれ、バンドが続いていく以上は、次のライブか、1年後か、わかりませんが、おそらくwowakaさん抜きで制作された新曲が披露される時がいつか来るでしょう。それを受け入れられる自信が私にはありませんでした。  もっと言えば、ヒトリエがこの先も活動を続けていくのだとして、もちろん直近1年でそれが起きることは考えにくいですが、  例えば、3年後、5年後、「wowakaがいなくなった後の曲」がどんどん増えていって、「wowaka時代の曲が1~2曲しか演奏されないヒトリエのライブ」がいつかやってくるかもしれない。それに自分は堪えられるのだろうかと。  それはちょうど、2015~16年頃、VOCALOID時代の楽曲を全くやらなくなったヒトリエのライブに堪えられなくて足が遠のいてしまったように。そして、それはひょっとしたらそれ以上に残酷なことで。  これがwowakaさんが自分の意志で脱退したものであれば、もちろんその変化も当然のものとして肯定しなければならないと思います。  新メンバーの加入直後は単なるカバー、ともすればコピーバンドのように感じられるかもしれないライブが、新しいグループの形を試行錯誤しながら探る中で、このメンバーでしかあり得ないライブの完成形を体得する過程。  赤い公園、パスピエ、lyrical school、CY8ER、など、そういう一時的な痛みを乗り越えて新たな進化を遂げたグループをいくつか知ってもいます。  でも、ヒトリエについては、「wowakaさんのいない体制での新しい完成形」を見たくない、という思いも、正直あって。ずっと何かが欠けたままでいてほしい、という複雑な感情を抱いてしまいそうにも思いました。 --------------------  そして、6/1のライブがあって、期待と不安が半々だった想像が、現実のものとなり……、  「そういった不安は6/1のヒトリエのライブを観て全て吹き飛ばされた」と書くのは、嘘になるのでできません。  そう書く以外に、ヒトリエファンに納得して頂ける形でこの記事を落ち着ける方法が見当たらないんですけど、でも、できません。  「少なくとも解散はしないと思います」というシノダさんの言葉を聞いた瞬間に、ハイテンションになるようなことは決してなかったし、そうなったか……という、何とも言えない、嬉しいだけではない、複雑な気持ちに包まれました。  でも、それから1日、2日経った中で、  ヒトリエというバンドのライブにまた行けるという事実がだんだんと実感を伴ってきて。  『踊るマネキン、唄う阿呆』や『トーキーダンス』、もしかしたら『ワールズエンド・ダンスホール』で、頭を空っぽにして踊れる機会が、あのhitori-escapeで最後にならなかったんだなとか、  追悼式の会場で、ヒトリエのライブくらいでしか顔を合わせる機会のない高校時代の友人と会って、別れ際に「もうこうやって会うことも少なくなるけど…」なんて言っていたのですが、そうではなかったんだなとか、  それが喜びでなければ何なのかと。   ...

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ひとりごと 2年前

地上

lyrical schoolの全校集会に行ってきました。  ライブも当然ながら、MCも中学校の体育館ということで独特の雰囲気があって面白かったです。  メジャーレーベル移籍発表後に出てきたCONNECTONEの高木さんの雰囲気が普通に校長先生っぽすぎて一人でずっと爆笑してました笑  その後の一人ずつのコメントで、初っ端から大号泣しているyuuさん、サプライズもありながら、それだけメンバーにとっては悲願だったのだろうなあとも……。  久々にちゃんと観たライブも盛り上がってました。新体制後の楽曲オンリーだったのも何らかの決意表明のようでもあり、ただどうせなら『プチャヘンザ!』でhimeさんの即興ラップやってほしかったけどなーという思いもあり。 lyrical schoolがビクターに移籍、アルバムリリースも決定 - 音楽ナタリー  メジャーアルバム、また新曲オンリーなのでしょうか。『NOW!』『GIRL'S QUEST』『秒で終わる夏』とか音源化されてない曲多すぎるから、そっちを収録してほしいんだけどなあ……『ブランニューガール』などのグループ内ユニット曲も含めて。あと当然ながら旧体制曲も新録してほしい。 https://twitter.com/Minan1205/status/1129621417039843329  まあリリスクの過去を考えたら、当然メジャーデビューを手放しには喜べないわけですけど、とはいえいつまでも地下でやっていても先はないので、進んでいくしかないのでしょうね。  ライムベリーの解散ということもあった中で、この2年間ひたすらポジティブなニュースが続いているのは本当に凄いことだと思います。  あと、大きな発表というアナウンスがあった時に、もちろん本命はメジャーデビューだろうなと思ってたんですけど、対抗は新メンバー加入かなと思ってました。  これもずっと書いてますけどメンバー変更なしで2年っていうのはまあまあ長いと思っていて、いつ誰が卒業してもおかしくない状況ではあるし、限られた時間の中でどうなるか……という感じ。やっぱりhinakoさんのことがどうしても引っかかる…… --------------------  昨夜は『ナインアワーズ赤坂』に宿泊しました。初めて。  同じ会社が運営していて何度も泊まったことのある『ドシー恵比寿』『ドシー五反田』と比べると、サウナもないしシャワー室も狭いしという使いづらさはあるのですが、  寝る場所が圧倒的に快適でした。  ドシーはただのカプセルで窮屈だし2段積まれているので登りづらいのですが、ナインアワーズはカプセルユニットが独立していて上がりやすいし、中もそれなりに整っていて快適。  サウナを求めないならナインアワーズの方が良いなあという感じでした。 -------------------- https://www.youtube.com/watch?v=Ywq4XR0G4Qk  昨日発見したこれを昨日から常に無限リピートしています。  『まりっか'17』の制作チームにアニメEDを発注するというのが凄いし、それでちゃんと評価されているのが何だか嬉しい。  ゴッドタンの佐久間Pなんかもそうですが、  実力があっても活動しているジャンルの規模で知名度が低い人たちを起用することでその人たちが潤うというのは理想的なカルチャーの在り方だと思うし、  今は深夜アニメもとっくにメインカルチャーの側に来ているわけだから、こういう垣根を超えて良いものを広めていく試みはどんどん増えてほしい。  ぶっちゃけそういう誰かが引き上げない限りは売れないんですよね。それこそUNISON SQUARE GARDENとかもアニメタイアップあってこそだと思いますし、  そういう機会が存在することで、どんなジャンルであっても「良いものを作っていればいつか売れる」が間接的に成立する世の中であってほしいと思います。  まあこういうことを考えていくと、wowakaさんとヒトリエについては、「いつか売れる」という希望すら取り上げられてしまったことへの虚しさが募るのですけど。 --------------------  本日は『ワールズエンド・ダンスホール』9周年、『アンハッピーリフレイン』8周年です。初音ミク・巡音ルカ オリジナル曲 「ワールズエンド・ダンスホール」  wowakaさん、ヒトリエ、というアーティストに対しての感情は、本人たちの変化と連動して常に揺れてしまい、そこに愛だけを持って見ることができなくなっている時期もありましたが、  「一番好きな楽曲は?」と訊かれたら『ワールズエンド・ダンスホール』だと答えることはこの9年一度も変わっておらず、今後も一生変わらないだろうなと思いますし、  それに関してはwowakaさんの訃報も全く関係なく、自分にウソをついていないということも言えます。一番好きなアーティストにヒトリエだと答え続けるのは、もちろんそうしますけど、それはああいうニュースがあったから好きなフリをしているんでしょと突っ込まれたら100%では反論できないですよね。 --------------------  5月ももう終わろうとしています。いろいろやりたいことはあるのになかなか……頑張ります。さしあたっては6月頭のヒトリエメドレー、GWで止まっているWordPressのFirebase移行記事の続き、の2本を軸に。その先も考えていかなければと思っています。 ...

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解説記事 2年前

『裏表ラバーズの最初の音でwowaka&ヒトリエメドレー』

裏表ラバーズの最初の音でwowaka & ヒトリエメドレー』を投稿しました。

作るまでの流れ

 元々、wowakaさんの10周年に寄せてwowaka・ヒトリエメドレーを作る構想はあって、半年前に予告していたのですが、HOWLS発売後に、ちょっとヒトリエに対して熱を持つことができなくなり、制作を中止するという話をしました。  発表したのは4/7でしたが、3月には大体決めていました。  その後、wowakaさんの訃報があって……それから2週間くらいは、当然作る気がありませんでした。  そもそもメドレーを作るという行為自体が原曲に対する冒涜のように思える部分もあって、それを今やるべきことなのかというのもありましたし、  訃報の直前までこういう書き方をしておきながらメドレーを作ることの整合性が取れるのか、  もっと直接的に言えば、「wowakaさんが亡くなったからといって急にヒトリエのことを大好きであるかのように振る舞うのは卑怯だ」という。  それは、生前にすべきことをしなかったことに対する自分の中での贖罪、一方的な自己満足にしかならないし、本当にそれをすべきなのか。  そういうこともいろいろ考えたのですが、  今の自分が、wowakaさんとヒトリエに対して持つべき態度として、  wowakaさんとヒトリエの存在を残すこと、一人でも多くの人に知ってもらうこと、その存在を思い出す機会を増やすこと、以外は全てどうでもいいし、  そうしたいという思いは嘘でも自己満足でもないと思ったので、作ることを決めました。  もう1つ、このメドレーの製作を断念した理由の1つに、「wowakaヒトリエメドレーを作るなら決定版と言えるものを作らないといけない」という勝手な思い込みがあったことが挙げられます。  『アンハッピーリフレイン』のVOCALOID曲は全て入れたいし、各アルバムからも3~4曲入れたいし、『ヒトリワラッテ』『and I'm home』なども入れたい、アレンジも過去最高のものにしなければならない……。  そういう自分で決めたハードルを超えられるほどの熱量が出なくて折れてしまった、というのが正確なところでした。  しかし、再始動してからは、限られた時間であることも逆にプラスに働き、  「とにかく作ること、ヒトリエを知るための接点の1つになること」を何よりも優先すべきだという切り替えを行うことができたので、一気に作りやすくなりました。  同時に、アレンジに関しても、裏表音源であれば余計なことに頭を使わずに済むので作りやすかったというのが正直なところです。

動画について

 歌詞を表示したのは、このメドレーは原曲に興味を持ってもらうこと、原曲の思い出を呼び起こすこと、だけが目的だからです。歌詞の良さを知ってもらいたい。  ヒトリエのMVをほぼそのまま使ったのもそのためで、wowakaさんがこの10年をどのように生きていたか、どれだけ行き急いでいたのかを感じられる動画にしたかったのです。  『センスレス・ワンダー』『リトルクライベイビー』あたりのMVの表情はちょっと不意に見ると泣きそうになります。

アレンジ・音源について

 とにかくヒトリエの楽曲の雰囲気を再現することを目指したので、コードアレンジや別のメロディーを足すことはせずに、原曲の要素を抽出することに注力しました。  過去作ではドラムもなしで裏表の音だけを使っていましたが、今回、ヒトリエ楽曲を再現するにあたってドラムがないのはさすがに厳しかったのでドラムは普通に打ち込みました。  あと、一部でローリンガールの最初の音も使っています。それはただのピアノじゃないかというツッコミはあると思いますが、短い音しか取れないのでメインに据えるのは無理でした。『グレーゾーンにて』『アンノウンマザーグース』だけでしか使ってないので許してください。

構成について

 元々、製作に1~2週間しか取れないこともあり、「代表曲に絞って15曲くらい、だいたい3~4分のミニメドレーにしよう、もし評判が良ければ曲を増やして作り直そう」という気でいたのですが、  いかんせん思い入れのある曲が多すぎて、絶対に入れたい曲だけを入れていった時点で7分強にはなっていました。  (『5カウントハロー』『後天症のバックビート』『深夜0時』が構成上のバランスで後から加えた曲です)
    裏表ラバーズ / アンハッピーリフレイン グレーゾーンにて。 / アンハッピーリフレイン るらるら / ルームシック・ガールズエスケープ インパーフェクション / WONDER & WONDER コヨーテエンゴースト / HOWLS ハグレノカラー / IKI ローリンガール / アンハッピーリフレイン アンチテーゼ・ジャンクガール / イマジナリー・モノフィクション リトルクライベイビー / IKI ポラリス / HOWLS SisterJudy / ルームシック・ガールズエスケープ 5カウントハロー / WONDER & WONDER 後天症のバックビート / DEEPER 深夜0時 / モノクロノ・エントランス アンハッピーリフレイン / アンハッピーリフレイン センスレス・ワンダー / WONDER & WONDER ワンミーツハー / DEEPER フユノ
...

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